○愛ゆえに

 翌朝、9時過ぎ。私はメイドさんと一緒に馬車に揺られていた。目指す先はチョチョさんの自宅兼工房があるという一軒家ね。予定通り、ポトトとサクラさんには宿でお留守番をしてもらっていた。


「最近、あまりポトトと触れ合っていない気がするわ……」

「いつも寝る前に毛づくろいをしてあげているではありませんか。むしろお嬢様は、わたくしにこそ寵愛ちょうあいを向けるべきなのです」

「……そうね。シロさんの件でも頑張ってくれているし、今度、何でも言うことを聞いてあげるわ」

「おや、えらく安請け合いしましたね? ……楽しみです♪」


 メイドさんは安請け合いだというけれど、いつも助けてもらっているんだもの。働きには報酬を与えるべき。私に出来る範囲で、全力で恩に報いましょう。

 鳥車では出ない速度で走る個人用の馬車に揺られること1時間。高い運賃を支払って、馬車を下りる。と、そこは既視感のある場所だった。


「ここって……」


 私が見渡す町並みは、つい先日、白髪の奴隷であるレイさんと出会った通りだ。ここで降りたということは、チョチョさんの家がこの近くにあるということよね。

 そして、白髪奴隷であるレイさんと、奴隷として買われたシロさん。


「まさか。……まさか、ね?」

「お嬢様、こちらです」


 メイドさんの先導に従って、私も歩き出す。今回は死滅神としての肩書きを使った方が、何かと融通が利くはず。そう言うわけで、今日の私は仕事用の黒いドレスを着ていた。もちろん、メイドさんはメイド服姿よ。


「荒事は無いわよね?」

「チョチョ様の目的次第ではありますが、恐らく」


 と、見えてきたのは高い塀に囲まれた大きな家。ぐるっと回るだけでも10分はかかりそう。工房があると聞いたけれど、それにしても大きい気がする。


「チョチョさんって、私が思っている以上にすごい職人さんなのかしら」

「それは、間違いないでしょう。少なくとも彼が作った作品は、1つ300,000nはくだらないそうです」


 さんじゅうまんえぬ。どれだけ配達依頼をこなせば稼ぐことのできる金額なのかしら。手の込んだ作品には、相応の価値があるのでしょうけれど……。


「それにしたって限度があるんじゃない?」

「最高額では小さなグラス1つに15,000,000nが付いたとか。ジィエル政府が買い取ったそうですよ?」

「あれね。私たちが汗水たらして働いている意味を問いたくなる金額ね」


 だけど、これで納得だわ。チョチョさんはとんでもないお金持ちだったのね。

 まさにグラス御殿とでも言うべき家の正面に回ると、これまた大きな両開きの門が迎えてくれる。そして、門の前には家を守る衛兵……いいえ、傭兵さんが居た。ひとまず彼らに要件を話す。大抵の人は「死滅神が会いに来た」と言えば対応せざるを得なくなる。

 今回も例にもれず、5分くらいすると玄関の門が開かれて、私たちはチョチョさんのもとへ案内されるのだった。




 場所を移して、平屋建ての大きな家の客間。4人掛けの机に私とメイドさん、そして、短身族の男性チョチョさんの3人が座っている。それぞれの前にはメイドさんが淹れた緑色の紅茶である『緑茶』が置かれている。浅く焙煎ばいせんさせただけの緑茶は、茶葉本来の渋みと甘みが特徴よ。


「ついに、か」


 それが、私たちと顔を合わせたチョチョさんの第一声だった。


「ついに、と申しますと?」


 カップで静かに緑茶を飲む私に代わって、メイドさんがチョチョさんに尋ねる。


「俺の行ないが死滅神様に露見した。だからここまで来たんだろう?」


 その声には諦めと、どこか安堵のようなものが感じられる。


「まさかあの時見かけたホムンクルスのお嬢ちゃんが、死滅神様だったなんてな……」


 懺悔ざんげするように、チョチョさんが独り言ちる。やっぱり、リリフォンでドドギアたちに私たちを襲わせたのはチョチョさんみたいだった。


「これも当然の報い、だな」


 そう言って、項垂れるチョチョさん。眉間に刻まれた深いしわ。輝きを失って、白く染まった髪。40代と聞いたけれど、もう少し老けて見える。奥さんのために多大な苦労を重ねたことが、良く分かるわ。

 緑茶で唇を湿らせた私は静かにカップを置いて、切り出す。


「さて。いくつか聞きたいことがあるのだけど、良いかしら?」


 チョチョさんがゆっくりと頷いたことを確認して、私は自分がなすべきことを確認する。


「まずは、そうね。奥さんはまだ元気なのかしら?」


 チョチョさんがこれまで守って来たもの。積み重ねてきた努力が実っているのか。それを確認する。私個人としてはシロさんの安否を真っ先に尋ねたいけれど、今は死滅神としてここに居る。いつも以上に礼節には気をつけないといけなかった。

 私の問いが意外だったのか、チョチョさんは落ちくぼんだ灰色の瞳を見開いた後、小さく笑う。


「ああ。妻……ベオリタは生きている。今は寝室だ」


 いや、今もか。と、チョチョさんは少し自嘲しながら言う。彼と連れ立って寝室に行ってみると、拘束具がつけられたベッドの上で角耳族の女性が静かに寝息を立てていた。


「器具は暴れないように、かしら?」

「そうだ。ポーションの効果が切れると、暴れようとするからな」


 『知力』の低下による判断力の低下。やはり奥さんは狂人病に侵されているみたい。もう少し話を聞いてみれば、2年ほど前からベオリタさんは狂人病に侵されているみたいだった。


「以来、ポーションで騙し騙し治療法が見つかるまでの時間を稼いで来たんだが……」


 ここ最近は、ポーションを飲ませる間隔が短くなってきているみたい。前は3日に1回だったポーションも、今では1日2回は飲ませないといけない。正気で居られる時間も、ごくわずかだということだった。


「苦しそうに暴れて、手枷で腕や足を痛めるベオリタを見ると、思うんだ。いっそ殺してやった方が良いんじゃないかってな」


 そう考えるようになった時に、死滅神が来た。痛みも苦しみも無く、死を運ぶことが出来る私が。チョチョさんが見せた安堵の表情には、これ以上悪事を冒さなくても良いという意味。また、奥さんを苦しみから救ってあげられるという意味も含まれていたみたい。


「だけど、まだベオリタさんは生きている。そして、チョチョさんはベオリタさんに生きていて欲しい。そうね?」

「ああ。だが、かれこれ2年だ。もう……。もう、良いのかもしれないな」


 疲れ切った顔で、それでも愛おしそうに、ベオリタさんの茶色い髪を撫でるチョチョさん。口では諦めを語りつつも、やっぱり諦められないのでしょう。だからこそ、交渉の余地がある。


 ――あるべき場所に死を運ぶのが、私の役割。


 チョチョさんがフォルテンシアの敵か、否か。ベオリタさんを苦しみから解放してあげるべきか、否か。慎重に見極めるために、場所をもう一度客間に戻して、私はもう少しだけ、チョチョさんと言葉を交わす。


「チョチョさん。あなた、ホムンクルスの奴隷を買ったわよね?」

「それも知っているのか。……やっぱり死滅神様に悪いことは隠せないのか」


 と、チョチョさんは暗に肯定する。今回はメイドさんのおかげで分かっただけなのだけど、今は流しましょう。実際、職業衝動があれば、抹殺対象が行なっていたフォルテンシアへの敵対行動が全て分かるしね。


「奴隷の子は今どこに?」

「外を散歩させている。ゆくゆくは殺してしまうつもりだったから、せめてもの償いとしてな」


 散歩、ね。これで、町で見かけた散歩中の奴隷――レイさんこそがシロさんだとほぼ確定した。既視感があったのも当然よね。私やメイドさんと同じで、シロさんもまた、フェイさんの細胞を使って作られているんだもの。私やメイドさんと似ている部分があって当然だった。

 それにしても、やっぱりチョチョさんはシロさんを殺そうとしていた。その目的は恐らく……。


「奴隷のホムンクルス……シロさんから魔石を取り出して、奥さんの細胞を持ったホムンクルスを新しく造ろうとした。間違いない?」


 そう。チョチョさんは奥さんの代わり……代替品を作ろうとしたんじゃないのか。それが、私が昨晩導き出したチョチョさんの目的だった。



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※「サクラ」のイメージ画像がある近況ノートへのリンクです。ご興味がありましたら、覗いてみて下さいね。

https://kakuyomu.jp/users/misakaqda/news/16817330655671483390

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