○許すかどうかは別の話
「奴隷のホムンクルス……シロさんから魔石を取り出して、奥さんの細胞を持ったホムンクルスを新しく造ろうとした。間違いない?」
じっと目を見て言った私の問いに、チョチョさんは黙ってしまう。
恐らく、チョチョさんが行なおうとしたのは、前任の死滅神ことフェイさんが試みたことと同じ。奥さんの細胞から健康な身体を持ったホムンクルスを生み出そうとしていたんだと思う。ケーナさんの実験そのものが、まさに、チョチョさんが欲していた技術だったんだわ。
「だからあなたは、私という良質な魔石を持つ完成されたホムンクルスを欲した。そして、ディフェールルではホムンクルスの研究を行なっていた人物に協力もした。合っているかしら?」
「……本当に、全部知っているんだな」
少し遠回しな言い方だけれど、素直にチョチョさんは自分の悪事を認める。
「あくまでも、保険だった。妻が死んでしまった時の……」
必要が無ければ私も、シロさんも、殺すつもりは無かった。そう、チョチョさんは語る。これは嘘ではないでしょう。実際、シロさんには可能な限りの自由を与えているし、きちんと衣食住も与えているように見える。
「そう。それなら、良かったわ」
「良かった……? どういう意味だ?」
「つまり、奥さんのベオリタさんを治すことが出来れば、チョチョさんは
一応最後の確認として、メイドさんの方を見て見る。優雅に緑茶を飲んでいたメイドさんだけれど、私の視線に気が付くと、小さく微笑んで頷いてくれた。
「ベオリタを治す……? そんなこと、出来るのか?」
自分が顔を上げて、私を見たチョチョさん。その顔は喜びというより、
「出来るかどうか、分からない。だけど、試してみる価値はあると思うわ」
言いながら、私は事前にメイドさんから受け取っていたあるものを机の上に出す。サクラさんのくすぐり攻撃を受けても私が隠し通した、状況を覆す……かもしれない一品。正直これに頼るのは遺憾だけれど、使える物は使っていきましょう。
「それは……?」
橙色の液体が入ったケリア鉱石製の四角い瓶を見て、チョチョさんが疑問を口にする。そんな彼に、私はドヤッと言い放つ。
「疑いようのない、世界最高のポーションよ!」
それはオオサカシュンが持っていたポーション。通常、フォルテンシアには存在しえない回復力を持つ代物だった。
1時間後。
「あれ……?」
寝室のベッドで眠っていたベオリタさんが目を覚ます。明るい茶色の髪の毛と、毛足の長い毛におおわれる耳がぴくぴくと動いている。
茶色っぽい瞳がゆっくりと動いて、ベッドの傍らに居るチョチョさんと私たちを見つけた。
「あなた……。私、また……?」
「ベオリタ。調子はどうだ?」
ベオリタさんが起き上がるのを支えながら、チョチョさんが尋ねる。そうして支えないといけないぐらい、ベオリタさんの身体はやせ細っていた。
ベオリタさんが言った「また」というのは、また自分が暴れてポーションを飲まされたのか、ということでしょうね。とても申し訳なさそうな顔でチョチョさんを見た後、ベオリタさんは健気に笑う。
「ええ、いつもよりもずっと身体が軽いわ。だから、そんな心配そうな顔をしないで?」
「すまない……」
愛おしむように、チョチョさんの縮れた髪を撫でるベオリタさん。彼女の言葉に、チョチョさんが謝罪の言葉を返している。チョチョさんは自分がしていることを奥さんにまだ話していないらしい。シロさんに会わせることもしていないそうよ。
妻に隠し事をしている事。そして、自分の我がままで治療をしているのだという負い目。その2つが、チョチョさんの謝罪には含まれていそうだった。
「それで、えぇっと……あなた方は?」
突然押しかる形になった私とメイドさんを見ながら、ベオリタさんが尋ねる。
「初めまして。私はスカーレット。“死滅神”よ」
「
私とメイドさん。2人でスカートをつまみながら、挨拶を済ませる。私たちの自己紹介にベオリタさんは大きく目を見開く。だけど、すぐに何かを察したように笑って、
「そうでしたか。私の方こそ、初めまして。ベオリタ・ヘルウェイ。“市民”です」
ベッドの上から失礼します。そう言って、腰を折る。その時に見えたのは、ふさふさの尻尾。ゆっくり左右に揺れる尻尾は、残念ながら手入れが行き届いているようには見えない。けれど、不摂生なんてことは無いわ。病床に
っと。そろそろ話を進めないとね。
「改めて、身体の調子はどうかしら? 実はいつもとは少し違うポーションをあなたに使ったのだけど」
私の言葉で、ベオリタさんが調子を確かめるように鎖につながれた手足や、毛玉がある尻尾を動かす。
「……はい。やはり、いつもよりも数段身体が軽いような気がします。最期にこうして情けを頂けること、とても嬉しく思います」
ベオリタさんが、今度は深々と頭を下げる。……『最期』、それに『情け』、ね。どうしてみんな、私が殺しに来たと思うのかしら。
「残念だけど、今日はベオリタさんを
私の言葉が飲み込めていない様子のベオリタさん。そんな彼女に、チョチョさんが改めて事情を説明する。意外だったのは、チョチョさんが自分の行なっていた悪事も明かしたこと。私を襲わせたことや、非人道的な研究に手を貸していたことなんかも、洗いざらい全てね。
「黙っていて、済まなかった」
そう言って、チョチョさんは心労で白く染まった縮れ毛の頭を下げた。
終始黙ってチョチョさんの話を聞いていたベオリタさんだったけれど。
「ふぅ。……そう。分かったわ」
静かに息を吐いて、土下座をするチョチョさんを見る。
「他の女の子が家に居ることは、分かっていたの。まさか奴隷の子だったなんて」
そのベオリタさんの言葉に、土下座をしたまま顔だけを上げたチョチョさんが「どうしてそれを?!」という表情を見せる。
「私は耳族ですよ? 身体機能が落ちようとも、五感……特に嗅覚には自信があります」
他の女の匂いをかぎ取っていた。そう、ベオリタさんは語った。そして、今度は深いため息をついた後、
「もう他に隠し事はないわね?」
と、改めて笑顔でチョチョさんに尋ねる。……なにかしら。たまにメイドさんが見せる笑顔と同じで、視えない圧のようなものを感じるわ。
チョチョさんも圧を感じたのでしょう。私の方をちらりと見た後、チョチョさんは言い辛そうに浮気をしていたことや、深酒をして
「本当に、申し訳ない」
最後に手足を地面について頭を下げる『土下座』と言われる姿勢を取ったチョチョさん。寡黙で職人気質で、奥さん想いな人なのかと思っていたけれど、私の勘違い……?
「女の敵は殺すべき、かしら?」
ベオリタさんに殺すべきかどうか聞いてみたけれど、彼女は首を振る。
「いえ、死滅神様。落とし前は、私の方でつけさせます」
落とし前。確か、償いをさせるという意味だったかしら。まあ、一応部外者である私が夫婦の問題に首を突っ込むのも野暮と言うものよね。……未だに笑顔を保っているベオリタさんの顔が怒りに代わる前に、私たちはお暇しましょう。
「えぇっと……。それじゃあ私たちは失礼するわ。宿『シャーラウィ』に泊まっているから、3日後、また会いに来て?」
そこで問題が無さそうだったら、奴隷であるシロさんを引き渡してもらう。そういう取引だった。もちろん、いくら規格外のポーションとは言え狂人病が治ると決まったわけではないし、そもそも私たちが嘘をついている可能性もある。
今、シロさんを私たちと引き合わせない理由はそういった、騙されている可能性を考えての保険だろうというのが、メイドさんが語った推測だった。
「了解だ」
と、土下座をしたまま言ったチョチョさん。……びっくりするくらい格好悪いわね。しかも気のせいかしら、少しだけ震えているように見える。その震えの原因は、私ではなくベオリタさんでしょうね。
「それじゃあ、また。お元気で。それから、お幸せに?」
「はい。この度は私たち夫婦の問題に巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」
私の言葉に、ベオリタさんが深々と頭を下げたのだった。
ベッドから動けないベオリタさんに代わって、傭兵さんに連れられた私とメイドさんは家を出る。馬車を待つ間、私とメイドさんとで話す。
「チョチョさんはともかく、ベオリタさん、良くなっていると良いのだけど……」
「そうですね。ベオリタ様はどうしてあのような男を伴侶に選んでおられるのでしょう?」
「そうね。短身族と角耳族の間に子供が出来るわけでもないし……。恋愛って不思議だわ」
深酒、喧嘩、奴隷の闇取引、襲撃依頼。果ては浮気までしていたチョチョさん。
だけど、ベオリタさんの面倒を根気強く2年も見ていたチョチョさんの愛もまた本物なんじゃないかしら。それが分かっているから、ベオリタさんもチョチョさんの不貞行為に目を瞑って、これからも一緒に居ることを選んだ。……だけど、不貞行為を許すのかは別の話なのでしょう。
「――! ――!」
「――……」
遠く、チョチョさんの家の方から、女性の怒鳴り声と男性が謝る声が聞こえてきたような気がする。きっと今頃、怒り狂ったベオリタさんがチョチョさんを締め上げているのでしょうね。
「……ポーション、本当に効いたのかしら?」
「人を狂わせるのは病気だけではない、ということでしょうね」
「メイドさんが言うと重みが違うわ、重みが」
「あら、レティ。どういう意味ですか?」
宿に戻るための馬車に乗り込みながら、私たちはベオリタさんの狂人病が治っていることを祈るのだった。
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