○宝剣の行方

 実はポルタを訪れた理由は帰省の他にもう1つあった。それは、サクラさんの武器を買うこと。知っての通り、ポルタは“職人の町”。武器や調理器具など、品質のいい金物かなものが造られることでも有名だった。


「その多くは魔物と戦うために冒険者ギルドや諸外国に輸出されますが、町にも当然、出回っております」

「なるほど、なるほど……。どうせなら和弓わきゅうも欲しいんですけど、持ち運ぶと目立つし邪魔なんですよね~」


 私の後ろで、メイドさんとサクラさんが話している。まずは剣からかな~、と言うサクラさんの声が聞こえたところで、


「着いたわ。多分ここだと思うのだけど……」


 ライザさんに教えてもらった武器屋さんに着く。大通り沿いとはいえ、こぢんまりとした佇まい。木製の建物の扉をゆっくりと開いてみる。


「ごめんなさい、誰かいるかしら?」


 外観から想像できる狭い店内。小さな魔石灯だけが照らすお店は薄暗くて、なんとなく隠れ家的なイメージがあるわね。木箱や壁に所狭しと並ぶ武器たち。奥には受付と思われる台があって、従業員さんらしき妖精ようせい族の女性が腰掛けていた。


「いらっしゃい! おっ? 女の子の冒険者さんかな。今日は何を探しに来たの? あ、ワタシはリーリュェ。ここの店主なんだ!」


 お店の雰囲気とは違って、明るく話しかけてくれるリーリュェさん。身長は15㎝くらいかしら。瞳は青色、黄色い髪を1つに編み込んで背中側に垂らしている。妖精族最大の特徴であるきれいなはねが2対4枚生えていて、リーリュェさんがふわふわと宙を漂うたびに燐光りんこうが舞った。

 種族スキルである〈飛行〉で空を飛びながら、私たちに要件を聞いて来るリーリュェさん。『妖精のいたずら』なんて故事があるように、妖精族の人はおおむね好奇心旺盛な人が多いと聞く。噂や未知の物事、人に対して興味をよく示すと言われていた。

 リーリュェさんも例に漏れないみたい。彼女の好奇心に満ちた問いに答えるのは私じゃなくて、サクラさんだった。


「あ、初めまして。センボンギ・サクラです。実は武器が欲しくって」

「ふむふむ。どんな武器が合うのか知りたいから、〈鑑定〉しても良い?」

「あ、はい、大丈夫――」

「いいえ、結構です」


 サクラさんが了承しかけたところで、メイドさんが割って入る。ステータスは、その人の全てが書かれていると言って良い物。考えなしに〈鑑定〉を許すものじゃないものね。

 不思議そうな顔で黙ったサクラさんに代わって、今度はメイドさんがリーリュェさんと交渉を始めた。


「彼女が求めているのは剣と、あれば弓です」

「弓と剣? 変わった組み合わせだね。『筋力』とか分かる?」

「100は超えていません。剣は護身用、主に使うのは弓の方です」

「予算は?」

「おおよそ20,000nです」


 顎に手を当てながら、頷いているリーリュェさん。


「じゃあまずは弓からかな。うーん……。だけど、うちはどちらかと言えば金属系の武器が多いから、植物製が普通の弓はあんまりないんだ」


 ちょっと待ってて。そう言って編み込んだ金髪を尻尾のようになびかせながら、店の奥に引っ込んだリーリュェさん。残された私たちは、手近なところにある武器を見てみることにする。


「女性の鍛冶師さんなのね。てっきり、筋力に恵まれる男性かと思ったわ。あの小さな身体でどうやって武器を造るのかしら?」


 中央の箱に入っている槍を触りながら、私は感想をこぼす。槍って結構重いのね。それに長いから扱いにくそうに思うのだけど……。


「恐らく、仲介業者の方でしょうね。腕のいい職人の方とお知り合いなのだろうと、ここにある武器からも分かります」


 メイドさんが棚に置いてあったナイフを見ながら、答えてくれる。あえて店を狭くしているのも、武器を振るわれないためだろうと補足していた。


「どう、サクラさん? いい剣はあったかしら?」

「う~ん……。これがアイリスさんが持ってたやつに重さとか形が似てるんだけど……。ちょっと地味かなって。きれいでも、可愛くもないし」


 立てかけててあった剣を鞘から抜いて、サクラさんがこぼす。別荘に居た時は、倉庫に置いてあった錆びた剣とアイリスさんが持っていた護身用の剣で修行編? をしていたサクラさん。その際、技術が上のアイリスさんが倉庫のなまくら剣を使い、サクラさんが手入れの行き届いた護身剣を使ったらしいわ。

 サクラさんが今見ているのは、全長80㎝くらいの剣。装飾のないつか、細身の刀身は60㎝くらい。そんな良く言えば無骨な両刃の剣だった。


「さすがに王族が使用している物と、市販の物を比較はできません。性能以外は妥協すべきかと思いますよ?」

「むむむぅ……。ディフェールルで見たメイドさんのナイフとか、アイリスさんの剣みたいに、綺麗なやつが良かったんですけど……」


 きれいな剣。それでふと、私は思い出すものがあった。


「メイドさん。ヒズワレアはどうしたの?」


 宝剣ヒズワレア。リリフォンからディフェールルに向かう道中に襲ってきた賊……確かマルさんが持っていた武器ね。成敗した後、持ち主に帰すためにとメイドさんが持っていたはずの剣について、尋ねてみる。


「ああ、あの剣でしたら厄介の種になりますし、いくつかの約束のもと、ディフェールルの議会に引き渡しました」

「なんですって?!」


 主人の私が知らない間に失われていたヒズワレアに、思わず声を上げてしまう。問い詰めようとしたところで、はたと気づく。あの剣を奪ったのはメイドさんで、それをどう扱うのかもメイドさん次第。彼女ときちんと話し合ったのはディフェールルを発った後だったし、私がヒズワレアの扱いをとやかく言う筋合いは無いわよね。

 代わりに、メイドさんの意図を知ることくらいはするべきだわ。


「……約束って?」

「1つ目はヒズワレアの受け取りを必ず公表すること。2つ目はディフェールルでお嬢様を雇った雇用主の情報を可能な限り開示すること。3つ目は、有事の際に融通をしてもらうこと。以上です」


 い、いつの間に。


「なお、これらは“死滅神の従者”として行ないました」

「は、はぁ……? そう、なのね? 分かったけれど、これからはそういう大切な決定も相談して」

「善処します♪」


 鈍く銀色に光るナイフを手に、努力はすると明言したメイドさん。……今はこれで満足しましょう。


「お待たせ。やっぱり弓は店頭にある分しかないし、正直、今の君にお勧めできる物じゃないから力になれないかも。運よく最終手段の伝手つてもあるから、明日、良かったらまた来てくれない?」


 リーリュェさんのお願いにサクラさんが頷いて、武器の話は持ち越しになる。その代わりに少し安くすると言ったリーリュェさんの勧めもあって、サクラさんはさっき見ていた剣を買った。念のために人気ひとけの無い場所で素振りしていたサクラさんの感想は、


「イケる! けど、やっぱり可愛くない~……」


 だった。

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