○こんな偶然って、あるのかしら?
サクラさんが剣を手に入れた翌日。ライザ屋さんにもう1泊する可能性があることを伝えて、私とサクラさんはリーリュェさんの武器屋さんを訪ねていた。
「弓の
「正直、
今日はサクラさんが率先して扉を開く。昨日の今日だしお店の雰囲気はそのまま。薄暗い店内の床や壁にたくさんの武器が置いてある。
そして、
「いらっしゃい! 待ってたよー!」
ぶつかってしまうんじゃないかってくらいの速度で飛んで来て、私たちを迎えてくれるリーリュェさん。好奇心に輝く青い瞳に編み込んだ金髪が印象的な、
「一応、弓を
そう言われて奥を見れば、昨日は誰も居なかった受付に1人の女の子がいる。台に突っ伏しているけれど、特徴的な少しぼさぼさの赤銅色の髪には見覚えがあって――
「テレアさん?」
「……んあ? あれー? お母さんと抱き合ってた子だー……」
眠そうに半分閉じた赤茶色の瞳を向けてきたのはテレアさん。まさか彼女が職人さんだったなんてね。なんて、私が
「テレア? テレア……。どっかで聞いたような……」
サクラさんがうんうん唸って頭を抱えている。
「一応、初日に宿の受付に座っていたはずよ? ライザさんの娘さんね」
「あ、うん。それは覚えてる。ひぃちゃんと
か、壊滅的……。多分、褒められてはいないわよね。
「それより! どんな弓が良いのか、書いてみて!」
小さな手でサクラさんの手を引くリーリュェさん。手のひらに乗る大きさだからでしょうけど、その一挙手一投足が愛らしいわ。
リーリュェさんに促されて受付台まで行く私たち。台を挟んでテレアさんが見つめる中、サクラさんが理想の弓――ワキュウの形を描いていく。
「いつも使うやつの長さが確か7尺3寸だから、大体2m20㎝だっけ? で、形がこんなで、
「なにこれ?!」
サクラさんが書いていく絵が本当だとすると、人より大きな弓を扱うことになる。それこそ、長身族の人が使ってようやく、って感じに見えるわ。弓本体も奇妙に2回湾曲している。しなやかな木材を使ったとしても、どうやってその『反り』を作るのか、皆目見当もつかないわね……。
「実用品というよりは、芸術品に近い? 乗馬、乗鳥して使うには不便だから、立って使うのかも?」
リーリュェさんもサクラさんの武器に興味津々の様子。しきりに飛び回りながら、設計図を見ている。テレアさんはただ静かに、見守っている。……寝ては、居ないはずよ。そうして3分くらいでワキュウの設計図が書き上がる。
「できた! こんな感じで、
恐る恐る、その茶色い瞳を上目遣いにしてテレアさんを見るサクラさん。
「なるほどー……。ちょっと、おもしろそー?」
「じゃあ、テレア!
興味は示してくれたみたいだけど、テレアさんの食指は動かないみたい。
「さすがにこんなもの、作れないわよね……」
「まあ、フォルテンシアに無い武器と技術だろうしね。そもそも竹も無いだろうし、詳しい作り方自体、わたしは知らないから。それじゃ、失礼しま――」
「ちょっと待って」
椅子から立ち上がろうとした私たちを呼び止める声がする。だけど、鋭くて短い声だったから誰が言ったのか分からない。声の出どころを探す私とサクラさんに、同じ声がもう一度聞こえてくる。
「創造神たるアタシを煽るなんてー、いい度胸だねー?」
その声の出どころは、テレアさん。間の抜けた話し方なのは変わりないのだけど、これまで聞いていた声とはまるきり違う。それに、何より。聞き捨てならない文言があった。
「創造神……? テレアさんが?」
「あ~っ! そうだよ、ひぃちゃん! 創造神、創造神の名前が『テレア』だった!」
私の呟きに、サクラさんが声を上げる。それはちょうど先日、飛空艇で話していたこと。私以外の4大神の名前を聞いた時に『テレア』という名前があった。
「そうだよー? “創造神”テレア様だー。
まさに「どうだっ」と言う顔で胸を張るテレアさん。私と同じか少し低い身長、かつ、椅子に座りながらだから、威厳は無いけれど。
「これで納得だよ! あんなダッサい服、どこで売ってるんだって思ったけど、手作りだったんだ~! 良かった、フォルテンシアの美意識に一安心!」
「おいこらー、失礼だぞー」
変なところで喜んでいるサクラさんと、服装をけなされて怒るテレアさん。そんな2人をよそに、私も1人、納得する。私を死滅神だと知って、全く恐れなかったライザさん。それどころか、娘だと言い切ってくれていた度量も持っていた。死滅神たる私に対するライザさんの豪胆さは、娘も同じ神だったからということね。
私を初めて雇ってくれた人の娘が、私と同じ神だった。だから、私も遠慮も恐れも無い、働き方の勉強を受けることが出来た。……果たしてこれは、本当に偶然?
――教えて、メイドさん。あなたはどこまで知っていたの?
今はとりあえず、同じ神として、改めて自己紹介をしておかないと。
「テレアさん。私はスカーレット。“死滅神”の、スカーレットよ」
「んー? 知ってるー。お母さんに聞いたからねー」
……それは、そうよね。ライザさんがこんな大切なこと、言わないはずがない。あまりに浅慮だったわ。
「まー? 『スカーレットには良くしてやって』とも、言われてるしー? でもなー? 服、馬鹿にされたしなー?」
ちらちらとサクラさんを見るテレアさん。
「あ、それは、ごめんなさい。……うん、センスは人それぞれだもんね」
「そうよ、サクラさん。テレアさんの服は決して、ダサくないわ。むしろ字体と文字の配置の良さが分かってこそ、よ。私も今日、着ているもの」
「嘘、だよね? って、ほんとに着てるしっ。折角ディフェールルで服、買ってあげたのに~……」
私が上着のボタンをはずして服を見せると、この世の終わりみたいな顔をして、項垂れるサクラさん。……え、それくらいなの? サクラさんにとって、この服ってそんなにダサいの?!
「よーし。同業で、
「やった! 珍しくテレアがやる気だ! ワキュウ、どんな武器になるんだろう? 楽しみだなぁ!」
しかも知らない間に、テレアさんがサクラさんの弓を作ってくれる話になっているし。サクラさんじゃなくて、リーリュェさんが小躍りしているし。
「もう、何が何だか分からないわ……」
そこからニホンの武器『ワキュウ』をゼロから創る作業が始まる。素材に始まり、使用感、使い方まで事細かないテレアさんがサクラさんに聞いていく。そうして得た情報から、テレアさんの知識を基に弓を形作っていく。
意外、と言ったら失礼かしら。彼女のものづくりに対する熱意は尋常じゃなくて、それこそ職人さんみたい。フォルテンシアに無い素材は創れないから、似た物を創って。サクラさんの知識の穴を、テレアさんとリーリュェさんの知識で埋める。私からすればほとんどが何の話か分からなかったけれど、徐々に形になっていくワキュウの姿はずっと見ていられるものだった。
そうして、昼食も忘れて没頭すること半日。
――ついにサクラさん専用の武器『ワキュウ』が完成したのだった。
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