○今日は……魚の塩串焼き!

「ライザさんってもしかしてあなたのお母さん?」


 そんな私の問いかけに、書く物を探す手を止めた赤銅色髪の女の子は


「そうだけどー?」


 のんびりとした声で答えた。これでようやく、彼女の正体がライザさんの娘さんだと判明する。自分の予想が当たるって、こんなに気持ち良いのね。


「それよりお客さんー? ここに名前とー……。そだ、宿泊予定日数を書いてー?」

「あ、そうね。ごめんなさい」


 どうやらインクを染み込ませた棒――『ペン』を見つけたらしい女の子が名簿を示しながら言って来る。


「1泊1,600nでー、厩舎きゅうしゃは400nだよー」

「なるほど……。宿泊予定の延長は出来る?」


 私の質問に女の子が頷いたことを確認して、ひとまず2日とだけ書いておく。名簿を書き終えると、次は食事の話。ライザ屋さんでは夜が1,000n、朝が500nだけど、今日の夜の分はもう頼めないから、明日の朝ごはんを頂こうかしら。

 ライザさんのご飯も美味しいのだけど、と考えていたら『妖精のいたずら』ね。


「おや、テレア。お客さんかい?」


 厨房へ続く扉からライザさんが出て来た。日々の力仕事で鍛えられた足腰、印象的な赤銅色の髪。少し黒い肌。間違いない、死滅神と知ってなお、私に働くことを教えてくれたあのライザさんだった。


「うん? そーだよ。あと任せて良いー?」

「馬鹿たれっ! 今は食事時で忙しいんだ!」


 受付の女の子ことテレアさんの頭に拳骨を落とすライザさん。結構痛そうな音がしたけれど、大丈夫かしら?


「ごめんね、うちの娘が――」


 そう言って宿泊予定客である私を見たライザさんとようやく目が合う。そして、大きな顔の割につぶらな赤い瞳を見張ったかと思うと、


「スカーレット!」


 ドスドスと音が立ちそうな足取りでやって来て、グイっと私を抱き寄せた。太い腕とは裏腹に、私を抱く力はそっと柔らかい。


「久しぶりね。帰って来たわ、ライザさん」

「馬鹿だね。こういう時は、ただいまって言うの……っ」

「ふふっ。そうね、ただいま、ライザさん!」

「むー。アタシの時ですら、そんなに感動しなかったのにー」


 私とライザさんの再会に、受付の椅子に座って頬を膨らませるテレアさんだった。




 ライザさんの計らいで、お金さえ払えば夕食を頂けることになった。そういうわけでポトトを厩舎へ、鳥車を厩舎の前にある置き場に置いた後。私、メイドさん、サクラさんは食堂の机を囲っていた。


「ライザさん、この子が私の友達、サクラさんよ! とっても可愛くて、頼りになるの!」


 少し無理を言って来てもらったライザさんに、サクラさんを紹介する。


「センボンギ・サクラです。……忙しそうなのに、ひぃちゃんのわがままに付き合ってもらって、ありがとうございます」

「良いんだよ! 今は旦那が頑張ってくれてるからね。それより、サクラだね? あたしはライザ。スカーレットと仲良くしてくれて、ありがとうね!」


 そう言って、握手を交わすサクラさんとライザさん。


「あまり上品なおもてなしは出来ないけど、料理だけは自信がある。楽しんで行きな」

「はい! ありがとうございます!」


 夕食時と言うのもあって、一言二言交わした後にライザさんとは別れる。料理が来るまで、サクラさんにここの厨房と、町の外にある畑で働いていたことを話す。途中、メイドさんによってお皿を割ったこと、思い上がりをしていたこと、窓から落ちたことも明かされる。……あれ、こう思うと、ポルタでの思い出って半分以上失敗なんじゃないかしら。ま、いいわね。

 そうして思い出を話しているうちに運ばれてきたのは、Aセット。内容は、川魚の塩串焼き、緑豆りょくず由来の発酵食品『ミソ』を使ったスープ、そして横に長いパン、通称『長パン』、付け合わせにサラダが添えられていた。


「惜しいっ! もうちょっとで和食っ!」


 サクラさんがいつものようにちょっとよく分からないことを言っているけれど、ともかく。料理と、作ってくれた人に失礼が無いように。


「「「頂きます!」」」


 早速、3人そろって夕食を頂く。まずはサラダね。かかっているのは果物系の少し酸味の効いたライザ屋自家製のタレ。瑞々しい野菜たちともよく合うのだけど、……やっぱりね。ほんのり甘い長パンとの相性も抜群。サラダも長パンも、すぐに食べ終えてしまう。

 次に頂くのは、ミソスープ。まろやかなコクが特徴のミソが、冷えた身体によく染みわたる。入っている具材はなにかの海藻と、ポルタ特産の甘い野菜アール、それからシャックね。シャックは白く半透明で細長い葉がる野菜。生で食べれば辛味、焼けば甘味、煮ればうまみが出る、使い所の多い野菜よ。料理全般に使われることが多い印象ね。

 そして、このミソスープにはミソ、アール、シャックの甘みが滲みだしていて、美しい調和が出来ている。大鍋で煮込んだのでしょうけれど、ミソは扱いが難しい調味料。丁寧な仕事が伺えるわ。


「うわっ、かぼちゃ、玉ねぎ、わかめっぽいの……ちゃんと味噌汁だ! 豆腐が恋しいなぁ~」


 どこか懐かしむようにサクラさんが言っている。ニホンの食べ物の味に近いのかしら。お口直しのためにミソスープを少し残して、最後に頂くのは川魚。


「メイドさん、この魚はなんて言うんですか? 日本ではあゆに近いんですけど」


 串をもって魚を食べるサクラさんが、口の周りに塩をつけながらメイドさんに尋ねる。魚の油でつやめくサクラさんの赤い唇が、妙になまめかしい。

 一方、魚を串から外し、おはしで丁寧に口に運ぶのがメイドさん。口に含んでいたものをコクリと飲み込んでから、サクラさんの問いに答える。


「恐らく、ギンクロメかと。ですが、そもそも魔物にならない限りは魚を個別で呼ぶことはほとんどありません。なので、わたくしも詳しくないのです」

「私も船で食べた『アルウェント』くらいしか魚の名前を知らないわね。あれも魔物だけど」

「なるほど、これも文化の違いか~」


 っと、こうしちゃいられないわね。魚が冷めてしまう。メイドさんにならって魚を串から外し、準備は完了。……いざっ!

 パリパリに焼けた皮を割ると、白い身がおいしそうな湯気を上げている。早速一口頂くと、まず訪れるのは塩味。あなた、出身は川でしょう?! と驚く私の口に訪れたのは凝縮された魚の甘さ。塩で焼くと余分な水分が抜けてうまみと脂が濃縮されるとメイドさんが語っていたけれど、まさにその通りね。噛まずともほぐれる身、そうして否が応でも滲み出してくる、海の魚とは違った淡泊な魚の香り。塩気を含んだ脂はより甘さを引き立てて、口の中を優しく包みこむ。つまりは、


「美味しい!」


 思わずこぼれる感想と笑顔。魚を食べた後のミソスープもまた絶品。もともとスープにある塩味が魚料理によって消されて、スープ本来の甘みを前面に引き出してくる。これは普通に食べていたのでは味わえない、ならではの味わいね。スープを残しておいて正解だったわ。


「「「ご馳走様(でした)!」」」


 今日もおいしくて暖かいご飯を頂いた私たちだった。

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