○半年ぶりの? 救世主!
光を失った、真っ暗な世界。ポトトがどこに居るのかも、分からない。生臭くてヌメヌメした肉の感触だけが私の全身を包んでいる。胃へと押し込もうとするシャーレイの喉の力はものすごい。私の全身は圧迫されて、骨という骨がきしみを上げている。呼吸しようと膨らむ肺。だけど、シャーレイの喉が圧迫してくる。当然、上手く呼吸が出来なくて、数十秒で私の意識は飛びそうになる。もしここで意識を手放せば、それこそ待っているのは死だけだ。
私を恨んで殺そうという人に殺されるのであれば、まだ良い。だってそれも、死滅神の役割だと思うから。だけど、こんな形で死んでしまうのだけは絶対に嫌だわ。私にはまだ、やりたいことがある。サクラさんをチキュウへ帰す手がかりになるかもしれない“異食いの穴”も目の前。なのに……。
「だ、め……」
そうして私が意識を手放す、直前。不意に、全身を締め付ける力が弱くなった。同時に、シャーレイの全身を強い衝撃が襲っていることが分かる。2度、3度。大質量の物体がぶつかるような重く鋭い衝撃がシャーレイを襲うこと、4度目。再び私の全身が圧迫されたかと思えば、肉の壁を滑るような感触があって……。
「きゃっ!」
ポンッと音が出そうな勢いで、私はシャーレイの口から吐き出された。続いて、
『クルッ?!』
羽毛が濡れて細くなってしまっているポトトが吐き出される。そこまでは良かったのだけど……。
「へぶっ、わぷっ、きゃぅ?!」
これまでシャーレイが食べた物が勢いよく大量に飛び出て来て、私の顔面にぶち当たる。固形の物からぶよぶよの液体に近いもの。魚はもちろん、恐らく人だったものまで。多種多様なものが飛び道具となって襲ってくる。そうして空中で、シャーレイが吐き出した物の雨あられに見舞われていた私を、お日様の香りが包み込んでくれた。
「レティ!」
「め、メイドさん?!」
顔は分からない。けれど私の顔を包む大きな胸と服の匂い、その声からメイドさんだとすぐに分かる。空中で私を抱えたまま落ちて行くメイドさん。そのまま2人して冷たい水の中へと吸い込まれる。抱き着いたままだとお互いに泳ぎ辛いと判断したのでしょう。すぐにメイドさんは私から身を離した。
着水で激しく泡立つ水面。シャーレイの体液が洗い流されたのがよく分かる。それに、私が水中に落ちたのはこれで2回目。水中に居るとは言え、前よりもかなり冷静に物事を見て、考えられていた。
――まずはブーツを脱いで……次は、服!
ブーツの紐を緩めてブーツを脱ぐ。これでまずは、水を蹴る力を得る。続いて水を吸って重くなった上着の前ボタンを緩めて、必死で脱ぎ去った。その後は全力で、足をバタバタさせる。と、ようやく身体が浮上する感覚があった。水面まで、もう少し、もう少し……。
「ぷはっ……。メイドさん、ポトト、大丈夫?!」
顔だけを水面から出して、2人の姿を探す。ポトトは……大丈夫そうね。運よく近くにあった陸地まで吹き飛ばされていたみたい。よく見れば陸地の近くには何
ポトトは無事。だけど、メイドさんの姿はどこにも見えない。もしかしてと思って潜ってみれば、居た! 目をつむったまま、静かに水底へと沈んで行っている。
――気を失ってる?!
「ユリュさん! ユリュさーん!」
きっと無事なはずのユリュさんを呼ぶ。すると、ものの数秒で水面を舞う美しいユリュさんの姿が見えた。
「死滅神様!」
「ユリュさん! 私は大丈夫だから、沈んでいるメイドさんを助けてあげなさい!」
「あぅ……。は、はい」
抱き着いて来たユリュさんに命令をして、早急にメイドさんを救助させる。一方、私の目は自分に向かってくる小さい方のシャーレイの姿を捉えていた。首元にメイドさんがつけた傷があるから、間違いない。私を丸飲みにした大きい方のシャーレイが何者かと戦闘している間に、高純度の魔石を持つ私とメイドさんを食べてしまおうという算段でしょうね。
「もう、容赦はしないわよ」
目が血走っていたから理性がほとんど無いことは分かっていた。食欲のまま私を飲み込もうと口を広げて飲み込もうとするシャーレイに対して、
「さようなら」
私は〈即死〉を使用した。
ビクンと全身を硬直させたシャーレイは勢いそのままに水面を滑っていく。動かなくなったシャーレイが、お腹を上にして水面へと沈んだことを確認した頃。メイドさんを陸にあげたユリュさんが私の救助に来てくれた。彼女に捕まって陸に上がった私はひとまず地面に腰を下ろし、もう1体のシャーレイを見遣る。
――一体誰が助けてくれたの……?
シャーレイのお腹の中に居た時に感じた衝撃。あの質量は、例えスキルを使っても普通の人では出せないはず。きっと巨人族の人が助けに来てくれた。そう思っていたのだけど、違うみたい。少なくともギードさんのような巨体は見当たらない。その代わりにシャーレイが見つめる先に居たのは、小さな人影1つだけだ。
驚くことに、その人は水面に立っていて、特徴的な青色の尻尾をゆらゆら、ゆらゆら、揺らしている。そして、ヒカリゴケの光を返すのは、これまた宝石のように美しい青色の角だ。体長30mを越える巨大なシャーレイを前にしても堂々としているその人……少女は、肩口辺りで無造作に切られた水色の髪を風に揺らしていた。
「嘘……嘘よ……」
どこか見覚えのある彼女の姿に、私は釘付けになる。そんな私の存在なんか気にしないとばかりに、水面に立つ彼女は腰を低くする。右側面にぐっと溜めたこぶしから、危険を察したのでしょう。シャーレイが先に仕掛ける。その巨体を使って、少女を押しつぶそうと迫る……と見せかけて、全力で逃げ始めた。先の攻撃で、敵わないと察したのでしょう。逃走までの判断の速さは、さすがと言うべきかしら。
身構えていた少女は、拍子抜けしたように水色の瞳を瞬かせている。そして構えを解いて、シャーレイを許してあげたのかと思えば……違った。
1歩。
少女がたった1歩水面を蹴った。それだけで、ユリュさんが呪文で作る水柱よりも高く水しぶきが上がる。同時に移動の余波で巻き起こった突風が、私たちを襲った。
「「「「きゃぁっ!(クルゥッ!)」」」」
濡れそぼった体に風は
水色髪の少女は2歩、3歩と水面を蹴って、あっという間に逃げ出したシャーレイに追いついてしまう。
「キュルルルゥーーー!!!」
シャーレイは少しでも少女のこぶしの威力を殺そうとしたのでしょう。深く水中にもぐって、あわよくば逃げおおせようという算段でしょうね。
――だけど、圧倒的な力の差を前にすれば、どんなずる賢さも意味を成さない。
「ん」
可愛らしい声を漏らした少女が、握ったこぶしで水面を叩く。すると、周囲一帯の水が水しぶきとなって吹き飛んだ。そうしてむき出しになった乳白色の水底には、のたうつ哀れなシャーレイの姿があって。
「んっ」
再び振るわれた少女のこぶしで腹部が破裂。さらに勢い余ったこぶしが地面に触れると、少女を中心にして水底が巨大なひび割れを起こしたのだった。
周囲に魚肉をまき散らしながら、真っ二つに粉砕されてしまったシャーレイ。少女は吹き飛ばされた周囲の水が戻ってくる前に近くの水面にくるりと着地し、どやっ、と言わんばかりに尻尾をぶんと振る。
「さ、さすが
人族でありながら、メイドさんですら引いてしまうほどの圧倒的な力を持つ少女。
「も、もし私とポトトが吐き出されていなかったらと思うと、ぞっとするわね……」
頬に水とは違う冷たい汗が伝うのを感じながら、それでも私は、私たちを助けてくれた少女へと手を振る。
「ティティエさーん! 久しぶりー!」
本当に気づいていなかったみたい。細かくなった水しぶきが霧となって虹を映し出す中。半年ぶりに再会することになった
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