○この感じ、久しぶりね

 大迷宮の第3層“死者の階層”へと続く洞窟。幅5mくらいの、緩やかな流れがある川を私たちはゆっくりと下っていた。いま乗っているこの舟は、洞窟の前で舟を売っていた商人さんから買った物だ。1そう10,000n。前に買った舟よりも1回り大きいものを買った理由はもちろん、ティティエさんを乗せるためだった。将来的にはサクラさんとリアさんが乗ることも想定してあるわ。

 天井や壁に生えたヒカリゴケが黄緑色に照らす、薄暗い洞窟内。私は右隣りに座るティティエさんの左手を握って、おしゃべりに興じる。


「改めて。久しぶりね、ティティエさん!」

『ん、久しぶり』

「キリゲバを単独で倒せるように修行をしていたのよね?」

『そう。でも、まだ』

「まだ倒せていないのね……。大迷宮にはどうして?」

『強い敵、居る。倒す、強くなる!』


 私とユリュさんの間くらいの、つつましやかな胸の前でこぶしを握るティティエさん。どうやら大迷宮にも修行の一環として来ていたみたい。さらに言えば、鉱黄宮こうおうきゅうで死滅神が破壊神を殺したという情報があったから、わずかな可能性にかけて会いに来ようとしてくれていたらしい。


「で、洞窟の前でたまたま会うことが出来たわけね。行き違いにならなくて良かったわ」

『確かに。無駄足、時間の無駄』

「ふふっ、そうね」


〈念話〉を使って会話するこの感じ、久しぶりね。“まじない師”という珍しい職業ジョブを持つティティエさんの言葉には、不思議な力が宿ってしまうらしい。だからティティエさんは滅多なことがない限り、意味のある言葉を発することがない。その代わり、触れている相手に言葉を届ける〈念話〉というスキルを使って、意思疎通をしているのだった。


『舟、速い。あの子のおかげ?』


 そう言ったティティエさんが水色の瞳で見るのは、前方で舟を引っ張ってくれているユリュさんだ。2人は初対面。人見知りのユリュさんはティティエさんに挨拶をする前に、水の中に飛び込んでしまっていたのだった。


「そう。あの子はヒレ族のユリュさん。メイドさんと同じ“死滅神の従者”の女の子よ」

『鱗、きれい。良い子』


 固さも質感も違うけれど、同じうろこを持つ者として何か感じる部分があるのでしょう。時折水面にのぞくユリュさんの尾ヒレを見て、顔をほころばせるティティエさん。彼女がさっき言ったように、今も船はそれなりの速度で進んでいる。

 場所にもよるけれど、川の流れ自体は12時間で次の町へ行けるくらい。


「12時間で100㎞だから、1時間で、えぇっと……」

「8㎞ほどですね」


 隣り合わせで座る私とティティエさんの正面、ポトトを膝に置いて座るメイドさんが計算の補助をしてくれる。メイドさんは今、濡れねずみになって細くなってしまったポトトの羽毛を【フュール】で乾かしてあげているところだった。ねずみは尖った鼻先と真ん丸なお尻、モフモフの尻尾を持った小動物の総称を言うわ。代表的なのは木の実を食べて生活するホホバリー。普段はもふもふの毛でおおわれているけれど、水にぬれると途端に細身になる。その様を濡れねずみと言って、今のポトトはまさにそれだった。

 ……っと。話を川の流れの速さに戻しましょう。


「そう、8㎞! でもユリュさんのおかげで今なら30㎞ちょっとは進んでいるはずよ」


 メイドさんをマネして指を立てながら言った私に、ティティエさんが微笑んでくれる。


『スカーレットのために頑張る。ユリュ、やっぱり良い子』

「ええ、私の自慢の従者だわ!」


 敏感な耳ヒレで私の褒め言葉を拾ったらしいユリュさんが、私たちの方を振り返って笑顔で手を振る。そんな彼女に手を振り返しつつ、私はティティエさんとのお話を続ける。


「護衛の件、今回も引き受けてくれてありがとう」

『ん。問題ない』


 そう、この洞窟の先にある第3層には厄介な魔物が多いと聞く。私とメイドさんが、魔物を寄せ付けやすいホムンクルスである以上、戦闘は不可避になるでしょう。その点、フォルテンシア最強の種族と言って良いティティエさんが居てくれたのは、まさに『ぬし前に休息地帯』。運が良かったわ。


「2層と違って水場が少ないと聞くからユリュさんの戦力も半減だし。サクラさんも居ないから、正直、戦力に不安があったのよね」

『ん? サクラは?』

「今はリアさんとお留守番中なの。あ、リアさんっていうのは……」


 思えば、牢獄島ろうごくとうフィッカスでティティエさんと別れてから、まだ半年と少ししか経っていない。だというのに、リアさんと再会した町ジィエル、ルゥちゃんさんが居た魔法使いの町ファウラル、死滅神の町イーラと、いろんな経験をしたように思う。


「……それで、そのレイさんが実はリアさんだったの」

『驚き……。でも、運命。それで?』

「その後、魔法使いの町ファウラルに行ったの。あ、ティティエさんは乗ったことあるかしら? 空飛ぶほうきトーラス!」

『無い。どんな感じ?』


 等速で流れていく天井の魔石灯。小さく揺れる舟の上。ティティエさんと2人、肩を並べて、別れてから今に至るまでの話をする。欲しい時に、欲しい相槌をくれる聞き上手なティティエさん。彼女が相手だと、ついつい会話が弾んでしまう。きっと、こうやって相手を想いながら受け答えできるところが私やユリュさんに欠けている大人の配慮というやつなのでしょう。


『スカーレットの旅、大変。でも、楽しそう』

「ふふっ! ええ、あの時一緒に行こうと言った私の誘いを断ったこと、後悔するが良いわ。……なんてね」

『む、相変わらず生意気。分からせ、必要?』

「私の半年の成長を舐めないで欲しいわね。今ならティティエさんにだって負けない……きゃー!」


 私が話している途中で、ティティエさんが私の脇腹をくすぐってくる。


「きゃっ、あははっ!」

『脇腹が弱点、変わってない。……余裕』

「お嬢様、ティティエ様。舟が揺れますので、ほどほどに」

「はーい」『分かった』


 クシでポトトの羽毛をいているメイドさんにたしなめられて、私たちは大人しく座り直す。そこからは、私がティティエさんの話を余すところなく聞いていく。個体数自体は決して多くないキリゲバを探す、ティティエさんの旅路。その道中で会った、巨大な緑龍りょくりゅうとの死闘。続いて訪れた海岸での、白鯨はくげいとの喧嘩。自然発生した迷宮に単独で挑み、数百という魔物を突破して迷宮を破壊してみせた話。


「……って。分かってはいたけれど、ティティエさん。戦ってばかりね?」

『強くなる、大事』


 根元が太く、先端に行くほど細くなる立派な尻尾を振りながら、ふんすっと鼻を鳴らすティティエさん。

 私と同じで「旅」をしていたはずなのに、旅の目的や、それぞれの事象に対する感じ方によってこうも「思い出」って変わるものなのね。戦いだってそう。確かに私たちも色んな戦いをしたけれど、私たちの相手は大抵が人。一方、ティティエさんが相手にしているのは冒険者さん達が総出で挑むような強大な生物が多い。

 たった半年。されど半年。あの日別れてからのお互いの違いを楽しみながら、私はティティエさんとの語らいを続けるのだった。

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