○この感じ、久しぶりね
大迷宮の第3層“死者の階層”へと続く洞窟。幅5mくらいの、緩やかな流れがある川を私たちはゆっくりと下っていた。いま乗っているこの舟は、洞窟の前で舟を売っていた商人さんから買った物だ。1
天井や壁に生えたヒカリゴケが黄緑色に照らす、薄暗い洞窟内。私は右隣りに座るティティエさんの左手を握って、お
「改めて。久しぶりね、ティティエさん!」
『ん、久しぶり』
「キリゲバを単独で倒せるように修行をしていたのよね?」
『そう。でも、まだ』
「まだ倒せていないのね……。大迷宮にはどうして?」
『強い敵、居る。倒す、強くなる!』
私とユリュさんの間くらいの、つつましやかな胸の前でこぶしを握るティティエさん。どうやら大迷宮にも修行の一環として来ていたみたい。さらに言えば、
「で、洞窟の前でたまたま会うことが出来たわけね。行き違いにならなくて良かったわ」
『確かに。無駄足、時間の無駄』
「ふふっ、そうね」
〈念話〉を使って会話するこの感じ、久しぶりね。“
『舟、速い。あの子のおかげ?』
そう言ったティティエさんが水色の瞳で見るのは、前方で舟を引っ張ってくれているユリュさんだ。2人は初対面。人見知りのユリュさんはティティエさんに挨拶をする前に、水の中に飛び込んでしまっていたのだった。
「そう。あの子はヒレ族のユリュさん。メイドさんと同じ“死滅神の従者”の女の子よ」
『鱗、きれい。良い子』
固さも質感も違うけれど、同じ
場所にもよるけれど、川の流れ自体は12時間で次の町へ行けるくらい。
「12時間で100㎞だから、1時間で、えぇっと……」
「8㎞ほどですね」
隣り合わせで座る私とティティエさんの正面、ポトトを膝に置いて座るメイドさんが計算の補助をしてくれる。メイドさんは今、濡れ
……っと。話を川の流れの速さに戻しましょう。
「そう、8㎞! でもユリュさんのおかげで今なら30㎞ちょっとは進んでいるはずよ」
メイドさんをマネして指を立てながら言った私に、ティティエさんが微笑んでくれる。
『スカーレットのために頑張る。ユリュ、やっぱり良い子』
「ええ、私の自慢の従者だわ!」
敏感な耳ヒレで私の褒め言葉を拾ったらしいユリュさんが、私たちの方を振り返って笑顔で手を振る。そんな彼女に手を振り返しつつ、私はティティエさんとのお話を続ける。
「護衛の件、今回も引き受けてくれてありがとう」
『ん。問題ない』
そう、この洞窟の先にある第3層には厄介な魔物が多いと聞く。私とメイドさんが、魔物を寄せ付けやすいホムンクルスである以上、戦闘は不可避になるでしょう。その点、フォルテンシア最強の種族と言って良いティティエさんが居てくれたのは、まさに『
「2層と違って水場が少ないと聞くからユリュさんの戦力も半減だし。サクラさんも居ないから、正直、戦力に不安があったのよね」
『ん? サクラは?』
「今はリアさんとお留守番中なの。あ、リアさんっていうのは……」
思えば、
「……それで、そのレイさんが実はリアさんだったの」
『驚き……。でも、運命。それで?』
「その後、魔法使いの町ファウラルに行ったの。あ、ティティエさんは乗ったことあるかしら? 空飛ぶ
『無い。どんな感じ?』
等速で流れていく天井の魔石灯。小さく揺れる舟の上。ティティエさんと2人、肩を並べて、別れてから今に至るまでの話をする。欲しい時に、欲しい相槌をくれる聞き上手なティティエさん。彼女が相手だと、ついつい会話が弾んでしまう。きっと、こうやって相手を想いながら受け答えできるところが私やユリュさんに欠けている大人の配慮というやつなのでしょう。
『スカーレットの旅、大変。でも、楽しそう』
「ふふっ! ええ、あの時一緒に行こうと言った私の誘いを断ったこと、後悔するが良いわ。……なんてね」
『む、相変わらず生意気。分からせ、必要?』
「私の半年の成長を舐めないで欲しいわね。今ならティティエさんにだって負けない……きゃー!」
私が話している途中で、ティティエさんが私の脇腹をくすぐってくる。
「きゃっ、あははっ!」
『脇腹が弱点、変わってない。……余裕』
「お嬢様、ティティエ様。舟が揺れますので、ほどほどに」
「はーい」『分かった』
クシでポトトの羽毛を
「……って。分かってはいたけれど、ティティエさん。戦ってばかりね?」
『強くなる、大事』
根元が太く、先端に行くほど細くなる立派な尻尾を振りながら、ふんすっと鼻を鳴らすティティエさん。
私と同じで「旅」をしていたはずなのに、旅の目的や、それぞれの事象に対する感じ方によってこうも「思い出」って変わるものなのね。戦いだってそう。確かに私たちも色んな戦いをしたけれど、私たちの相手は大抵が人。一方、ティティエさんが相手にしているのは冒険者さん達が総出で挑むような強大な生物が多い。
たった半年。されど半年。あの日別れてからのお互いの違いを楽しみながら、私はティティエさんとの語らいを続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます