○死神少女とメイドとポトト。そして――
異食いの穴で別れる時にサクラさんが言ってくれた『愛してるよ』という言葉。あの時できなかった返事を、数年越しに行なった私。
「私も。あなたのことを、愛しているわ。サクラさん?」
だけど、サクラさんから返って来たのは、沈黙だった。その沈黙を、私は拒絶だと受け取った。
「え、えぇっと……。そう、よね。ええそうよ。これはあくまでも、約束を果たしただけというか。だからサクラさんは重く捉えてくれなくて良いの」
思ってもいないことを声にして、今にも泣きだしそうな思いをひた隠しにする。……でも、サクラさんへの想いをすぐに捨て去ることなんてできなくて。
「あ、だけど、しばらくの間、あなたを私の中の“特別”にさせて欲しいわ。迷惑もかけないし、なるべく早いうちに忘れようとするから――」
「ダメ」
言い募ろうとした私の声を遮る人が居る。もちろん、サクラさんだ。
「だ、ダメ……? えぇっと、それじゃあ頑張って、今すぐあなたのこと諦める――」
「怒るよ、ひぃちゃん」
ゆっくりと首を振ったサクラさん。彼女がなぜ怒ろうとしているのか、私には分からない。だけど、ここでとりあえず謝ると、サクラさんを本当に怒らせることになってしまうのは、これまでの経験で知っている。
必死で言葉を探す私に、サクラさんが大きくため息を吐く。
「はぁ……。っていうか、今すぐ諦められちゃうくらいなんだ? わたしへの、ひぃちゃんの想いって」
「……え?」
「そっか~。わたし、てっきり、ひぃちゃんにはベタ惚れされてるって、思ってたんだけどなぁ~……ちら?」
唇を尖らせて、そっぽを向いてしまうサクラさん。一瞬、何を言われたのか分からなくて、彼女のことを見つることしか出来ない私。そのまま、互いに沈黙が続くこと、少し。徐々にサクラさんが赤面し始めて……、
「うん、ごめん! やっぱ今の無しっ!」
しゃがみ込んでしまった。
「え、えぇっと? それって、どういう――」
「ステイ! そのままステイだよ、ひぃちゃん! 今ちょっと、わたし、嬉しいと恥ずかしいが一緒くたになって、人に見せられない顔してると思うから!」
近づこうとした私に両手を突き出して「来ないで」と、サクラさんが態度で示す。
「だ、だけど! サクラさんは私のこと、もう嫌いになったんじゃ――」
「大丈夫! ちゃんと、ひぃちゃんのこと、好き! 大好きだから! 指輪ありがと! あ~、もうっ! 良い大人が何言ってんだろってやつだ! 忘れて〜!」
照れて赤くなっているのだろう顔を隠して、早口でまくし立てるサクラさん。
──恥ずかしがり屋なのも、相変わらずなのね……。
サクラさんの相変わらずな可愛らしい一面にほっと息を吐いた私は、しゃがみ込でいるサクラさんに静かに歩み寄る。そして、俯いたまま自分の顔を隠す手を強引にどけた。すると、どうかしら。恥ずかしさのあまり潤んでしまっている茶色い瞳と、至近距離で目が合う。
――この目も、やっぱり、変わらない。
恥ずかしくて今すぐにでも目を逸らしたいくせに、絶対に私を見逃してくれない。まっすぐな目。サクラさん本人の在り方を何よりも示してくれるこの目が、私は大好き。
そうして、真正面から私のことを見てくれるサクラさんと目を合わせて、私は大事なことを確認する。
「サクラさんは、私のこと。今でも好きでいてくれているのよね?」
私の言葉でさらに顔を赤くしたサクラさんが、視線をさまよわせて。やがて、観念したように小さく頷く。
「う、うん……。でも、ひぃちゃん。急にどうしたの――」
私は、何かを言おうとしているサクラさんの唇と、自身の唇を重ねる。人目もあるし、さすがに恥ずかしいから、一瞬だけれど。
「これで、良いかしら?」
さっき言われたこと――私の想いがどれくらいなのか――伝わったかしら。聞きながら立ち上がった私を、呆然とした顔で見つめるサクラさん。そのまま数回、私の行動と言葉の意味を
「う、うん……」
小さく
茶色い髪の毛からのぞいているサクラさんの耳や首は、熱を帯びる
「ふふっ、何を今さら。前は、サクラさんの方からもっと濃厚な
「じ、自分からするのとされるのは違うの!」
私をキッと睨みつけて、涙目で抗議してくるサクラさん。その姿は、どこか幼くて。
「……ふふっ、あははっ!」
「ちょっ、なんでそこで爆笑?!」
だって、ね? 顔や身体つき、仕草が少しだけ大人びただけで、それ以外は本当に、私のよく知る「サクラさん」なんだもの。さっきまで身構えていたことが馬鹿みたいに思えた私は、思わずお腹を抱えて笑ってしまう。
「うふふ! 結局サクラさんも、サクラさんなんじゃない!」
「何をぅ?! これでもわたし、誰かさんのために色々、勉強して、成長して――」
「ぷふっ、あははっ!」
「人の話を聞け! 笑うな~、ばかひぃ~!」
最後まで子供っぽく反発してくるサクラさんの力ない声は、人々の雑踏の中に消えて行くのだった。
と、この時になってようやく。
『クルル! クルールッルー!』
ポトトが、巨体を揺らしてやって来る。あなた、今までいったいどこで何を、なんて思っていたら。
「人前でお嬢様になんてことをさせるのですか、この
ポトトのすぐ隣に、呆れ顔のメイドさんが居る。メイドさんのことだ。きっと、空気を呼んで、ポトトを引き留めていてくれたのでしょうね。目線でメイドさんに感謝を伝えると、目礼が返って来たのが、何よりの証拠かしら。
「いや、チューしてきたのひぃちゃんで……って。メイドさんも変わらないなぁ……って、わわっ」
気が抜けたように笑って立ち上がったサクラさんを、今度はメイドさんが強く抱きしめる。
「お帰りなさいませ、サクラ様」
「……うん、ただいま、メイドさん」
『クックルー!』
「ポトトちゃんも! ただいま!」
メイドさんと、ポトト。それぞれをぎゅっと抱きしめて、全員で再会の喜びを分かち合う。
「それではお嬢様。積もる話もあると思いますので、お店に入りましょう。……何より、店員の
「何それ地獄?! 早く言って下さいよ、メイドさん! 恥ずかしくて死ねる~……っ!」
再び羞恥心で顔を赤くするサクラさんに、私は問いかける。
「ねぇ、サクラさん、聞いてくれるかしら? 私が知っている、死神少女とメイドとポトトのお話」
話したいことが、たくさんある。あなたが居ない間に積み上げた物語が、たくさんあるの。あなたが私を生かしてくれたことで知れた命が、たくさんあるのよ。そう言った私に、サクラさんが笑顔で頷く。
「もちろん! ひぃちゃん達のこと、たくさん教えて! だけど、まずは……行こっ!」
言って、当たり前のように私の手を引いてくれるサクラさん。
「あっ、待って――」
彼女に導かれるまま、私たちは良い匂いが立ち込める焼き肉店へと足を踏み入れる。席に着いたサクラさんに話すのは、彼女が居なくなってから、私が
同時に語られるのは、ずっと、ずっと私たちのそばに居た、召喚者の女の子の物語。大切な人を失って絶望した少女が、それでも再び立ち上がり。生きて、生きて、再び
死神少女とメイドとポトト。そして、召喚者の女の子サクラさんの話は、お店が閉まったその後も続いたのだった――。
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