○ポトトが運ぶもの

「ひぃちゃ~ん! 大丈夫~?!」

『クックルー!』


 頬を上気させたサクラさんと羽を広げたポトト。2人が息を切らしながらこちらに走ってくる。


「では改めて、帰りましょう。お嬢様」

「……ええ、そうね。ここは寒いもの。だから、少しだけ」


 私はイチさんとの約束通り、ケーナさんの遺体をイチさんと寄り添う形にする。そして、そばに落ちていたフリステリアの蕾をイチさんの身体に乗せた。ただの自己満足でしかないけれど、多少は温かくなってくれることを祈るわ。

 この作業をしているうちに、サクラさん達が合流する。


「何があったの……って、もしかして」


 倒れたまま動かない2つの死体を前に、サクラさんが一歩たじろぐ。正直に、伝えないと。私が何が起きたのかを伝えようと口を開いたところで、


「はい。お嬢様が死滅神としての務めを果たされました」


 メイドさんが代わりに言ってくれた。私が恐る恐るサクラさんを見ると、茶色い瞳と目が合った。そして、


「……そっか。お疲れ様、ひぃちゃん。ケガ、してない?」


 そう微笑んでくれる。なぜか泣きそうになって、私は思わず目を逸らしてしまった。

 そうしているうちに、鎧を着こんだ衛兵さんたちが複数駆けつけてくる。


わたくしが衛兵の方に説明しておきます。“死滅神の従者わたくし”がいますし、お嬢様が死滅神であることはさすがに知っておられるでしょう。ただ、召喚や〈鑑定〉される可能性もあること、一応お伝えしておきます」

「そうね。ありがとう、メイドさん」


 衛兵さんたちに説明しに行ったメイドさんにお礼を言って、見送る。

 悔しいけれど、この国の風土的に魔法生物であるイチさんを殺したことは不問でしょうね。逆に、ケーナさんを殺したことの方が重大だった。

 都市内での殺人は、どの国でも禁じられている。だけど、唯一、死滅神だけはその法に縛られない。人々もそれが必要だと知っているから、許してくれる。だからこそ、私は命に対して真摯でなくちゃいけない。そして、私の足元に積み上がった命が許容量を超えた時、人々によって殺される。それが、死滅神わたし


 少しして、説明を済ませたらしいメイドさんが戻って来る。やっぱり、と言うべきかしら。私が糾弾されることは無いらしい。後で衛兵さんたちが遺体と死体を取りに来るらしかった。


「……これからどうしようかしら」


 働き口を失って、これだけ大きな事をやらかして。メイドさんの言う通り、死滅神であることも公になりつつある。果たして誰が私を雇ってくれるのかしら。飛空艇と転移陣。そのどちらの情報も無い。

 途方に暮れる私に、サクラさんが思い出したように言った。


「そう言えば。ギルドの受付さんがひぃちゃんを探してたよ? めっちゃ美人さん! その人が手際よく指示してくれたから、わたし達も間に合ったんだ~。ね、ポトトちゃん!」

『ルゥッ! クルルクククルル!』


 サクラさん達が間に合ったのは、そのギルド職員さんのおかげみたい。感謝を言いに行くべきかしら。そんなことを私が考えていると、


「すみません、ポトト。同じことを、もう一度言って下さい」


 メイドさんがポトトに確認する。時折、こうしてメイドさんが〈言語理解〉でポトトの言葉を確認することはよくあった。今回もそれね。


『ルゥ? 『クルルクククルル』……?』

「……! そうですか、ありがとうございます」


 ポトトの言葉に少しだけ目を見開いたメイドさんだったけど、すぐに頬を緩めたように見える。そして、私に向き直った彼女は、


「お嬢様。明日にでも、ディフェールルの冒険者ギルド支部へ向かいましょう」


 そんな提案をしてくる。


「良いけれど、どうかしたの?」

「はい、どうやらお嬢様のご友人が会いに来て下さっているようです」


 知り合いではなく友人。そう聞いて私に思いつくのは現状、2人しかいない。ついでに、メイドさんは友人では無いわ。友人というよりは、家族に近い関係かしら。同じ種族だしね。

 話を戻して、私が友人と言って思い浮かべるのは2人。そのうちの1人サクラさんがここに居ることを考えると、もう1人は……。


「え、嘘でしょ?! まさかっ!」

「はい、そのまさかです♪」


 確かにと別れる時、すぐに会いましょうと言っていたはずだけれど、まさかこんなに早く会えるなんて。


「すぐに会いに行きましょうっ!」


 はやる気持ちのままメイドさんの手を取ったのだけど。


「お嬢様。今日は色々と汚れてしまいましたし、疲れもあるでしょう。折角ご友人に会われるのですから、万全の状態を整えることこそ、たしなみでは?」


 メイドさんの言葉に、改めて自分の格好を見る。イチさんの血と瓦礫の粉塵ふんじんで汚れた上に、汗だってかいた。髪も少し乱れていると思う。こんな状態で会うのは、失礼よね。……いいえ、私が嫌だわ。


「むむぅ……。言われてみれば、そうね」

「でしょう? というわけで、サクラ様。その受付の方に明日伺うと、伝言をお願いできますか?」

「わ、分かりました……?」


 状況が飲み込めていないサクラさんに伝言を任せて、私は一足先に宿へと戻る。さすがポトト。人との出会いを運んでくるのは、いつだってあなたポトトなのね。

 こうして訪れたとの再会が、手詰まりになりつつあった現状を大きく打開してくれることになる――。

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