○再会ねっ

 翌朝。ポトトの声で目を覚ました私は素早く身支度を済ませる。ワクワクしてなかなか寝付けなかったのが嘘みたいに、すっきりとした寝覚めね。メイドさんの姿がないけれど、新聞でも取りに行ったのかしら。着替えはいつものように枕元に置いてあった。


「サクラさん、起きて! 朝ごはんよ!」

「んん……? ひぃちゃん、おはよう……。朝からテンション高いね、珍しい」


 それはそうよ。だってこれから、フォルテンシアで初めての友達に会いに行くんだもの。もうしばらく会えないと思っていたから、とんだサプライズだわ。

 寝癖で髪を跳ねさせながら大きなあくびをしているサクラさんを催促していると、


「おはようございます、お嬢様。朝食はどうなさいますか?」


 メイドさんが帰ってくる。手には新聞とパンが入った袋が提げられていた。


「私が作るわ! この中身……サンドイッチね、待ってて!」

「かしこまりました。こちら、前掛けエプロンです。それでは、わたくしがサクラ様のお世話をしておきま――」


 メイドさんから前掛けと手提げをひったくって、私は宿の1階にある調理場へ。宿『シャゥググ』の調理場は備え付けの調理器具が揃っていて使い勝手が良かった。髪をまとめて、前掛けの紐を結んで。手を洗ったら調理開始。

 まずは手鍋にお湯を沸かしてピュルーの卵を入れて煮立たせる。その間に、パンに切り込みを入れて、手で割いた葉野菜パリを挟む。次に、袋に入っていた金属製の箱を開ける。そこにはメイドさんが用意した具材が入っているのだけど、


「ブルの尻尾煮ね!」


 甘辛く煮た繊維質のお肉がほんのりと甘いパンとの相性抜群なのよね。少しだけ味見をしてみると、新鮮なパリの瑞々しさに負けないよう、かなり濃い味付けがされていた。このほろほろとろけるような食感も最高よ! フォークを使ってパリを乗せたパンの間に挟むと、それだけでおいしそう。だけど、もう少し我慢。

 鍋の火を止めて、ピュルーの卵を取り出す。水にさらして冷ましている間に、召喚者由来の最強調味料『マヨネーズ』を準備する。マヨネーズに並々ならない情熱を持つ召喚者が多いらしいわ。かくいう私も、色んな意味で大好き。


「これさえ使えば、失敗もごまかせるし……っとと」


 ボウルの中に瓶のマヨネーズを入れて、殻をむいた卵を投入。フォークで潰しながらマヨネーズと絡むようによく混ぜる。後は、薄く切った甘酸っぱ果物ティトと出来上がったマヨえ卵を乗せるだけ。


「見栄えも大事だから……」


 旅客船ヴィエティのレストランで学んだことね。見栄えも料理の味を決める。美味しそうに見えるよう、食材の位置を調整しながら乗せて……完成!

 パンの香り。パリの食感と水気。ティトの甘酸っぱさで口を新鮮に保ちつつ、マヨ和え卵を楽しむ。食べ進めると、パンの谷に沈んだ尻尾煮が登場して、味の変化になるはずよ。自分で言うのもなんだけど、見た目だって完璧だわ。

 ポトト用の調味料を工夫した特別なサンドイッチと合わせて計4つ。出来上がったサンドイッチを2つずつ2枚のお皿に乗せて、どうやって部屋まで運ぼうかという話になる。だけど。


「ふふんっ。ライザ屋で鍛えた私の給仕技術スキル、舐めないで」


 私は片手で2枚のお皿を運ぶ術を学んだ。スキルじゃなくて技術の方ね。人差し指と薬指、親指の上を使って、片手でお皿を2枚持つ。こうすれば、片手で手提げを持つことも出来る。完璧ね。

 4階にある自室を目指す。調子に乗らないように、慎重に、慎重に……。どうにか部屋にたどり着くと、手提げを肘に移動させてドアノブを回す。


「戻ったわ」


 バルコニーに置かれた丸テーブルを囲むメイドさんたちの姿がある。メイドさんがケリア鉱石製の透明な茶器を使って紅茶を注ぐ横で、サクラさんがポトトの世話をしていた。時機タイミングもぴったりそうね。

 私に気付いたメイドさんが紅茶を注ぐ手を一旦止めて、遠方から迎えてくれる。


「お帰りなさいませ、お嬢様♪ 準備は済ませております」

「どうかしら、メイドさん、サクラさん! 今回は上手くできたと思うの。見た目にもこだわってみたわ!」

「待って、ひぃちゃん嫌な予感しかしない。あ、ほら足元! ひぃちゃんの寝間着があるって! わたしが行くから待っ――あっ」


 ……見た目はともかく、サンドイッチはとても美味しかったわ。




 そして現在。私たちはとある小さな船の中にいた。青を基調とした優美な外装と違って落ち着いた色合いの木造船は、恐らくドドの木製ね。中央に置かれた大きな机。その机を囲うようにある、皮張りだけどふかふかのソファ。

 紅茶を頂く私の隣で、2人の金髪さんが話している。


「うふふ、そんなことがあったんですね」

「はい、お嬢様はすぐに調子に乗られるので。そこが可愛らしくもあるのですが。宙を舞う食材を落とさずに回収するのは一苦労でした」

「あのみんなが怖がる死滅神様が朝食をひっくり返しそうになるなんて、誰も思わないでしょうね。うふ……うふふふ!」


 1人はもちろんメイドさん。そしてメイドさんと楽しそうに話すもう1人の美人は、


「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃない、アイリスさん」


 ウルセウの冒険者ギルドの職員で、私の担当をしてくれた受付さん。同時に王国ウルの第2王女でもある女性、アイリス・ミュゼア・ウル。私の大切な友人、アイリスさんだった。

 そんな私たちから少し離れたところに、


「見て、ひぃちゃん! もうディフェールルがあんなに小さくなってる! 高いたっか~い!」

『クルル……クルルル……!』


 興奮したように窓の下を見つめるサクラさんと、部屋の隅で身を震わせるポトトが居る。ポトトはきっと、飛べない彼女ポトトがいるはずのない場所にいるから怯えているのね。

 ここまで言えばわかるかしら。サクラさんの言葉を受けて、私も丸い窓を見下ろす。そこには小さくなった扇状の国ディフェールルと、ゲバ山脈が見える。

 そう、私たちは今、空の上にいる。そして、私たちが今乗っている船は飛空艇。その名も『ミュゼア』だった。

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