○後悔は、してないわ

 ショウマさん、サハブさんと狂人病について話した、その日の夜。


「なるほど。彼らと話していたために、お嬢様は仕事を放棄されたのですね?」


 ベッドに正座する私の目の前で、メイドさんが腕を組んで眉を逆立てている。


「えへへ~、そうの~」

「しかも、調子に乗ってお菓子を食べ過ぎて魔素酔いをした挙句、酔っていると」

「そう! 正解、メイドさん! 満点をあげるわ?」


 ぽわぽわする思考で、メイドさんと話す。ショウマさん達と話していた時から頭が熱かったけれど、知恵熱では無かったみたい。


「なんと、だらしのない……」

「ルゥちゃんさんには~、悪いことをしたから~、謝らないと~……」


 誘拐されて仕事ができなかった私は、ルゥちゃんさんに謝らないといけない。お金を払ってもらっているんだから、きちんとお仕事をしないと。役目を果たさないのは悪いこと。だから、謝らないと。


「わたしがルゥちゃんお店に行ったら、ひぃちゃんが居なくなったって聞いて焦ったよ~。無事で良かった」

『クルッ!』


 私の代わりにポトトの毛づくろいをしているサクラさんが、酔った私を迎えに来てくれた理由を教えてくれる。確か、ショウマさんとサハブさんからハルハルさんに連絡が行って、お母様でもあるルゥちゃんさんまで連絡が行ったのだったかしら。


「迎えに来てくれてぇ、ありがとぉ、サクラさん」

「篠塚君に『スカーレットちゃんの教育、どうなってるんだ?』ってどやされたんだけど。ひぃちゃん、何したの?」

「別にぃ? 何も言って無いし、何も言ってい!」


 座っているのがしんどくなってきたから、ベッドに仰向けて倒れこむ。勢いで身体がちょっと跳ねて、楽しい! ベッドの上で、打ち上げられた魚のように跳ねてみる。……楽しい!


「……吐くのもめんどくさいけど、これはこれでめんどくさ?!」

「そう言わずにぃ。サクラさんも一緒に跳ねてみましょう? 楽しいわよ?」

「ウザ絡みまで……。ほんと、酔っぱらったおっさんみたい」


 なんて口では言いながらも、サクラさんも一緒にベッドで跳ねてくれる。


「はぁ……。サクラ様。お嬢様を甘やかさないでください」

「えへへ~。甘々なサクラさん、らぁい好き!」

「う~ん、いい笑顔! めっちゃ可愛いけど、酔ってるんだよね~……。あとこれ、全っ然楽しくない」


 メイドさんと違って甘やかしてくれるサクラさんは、本当に大好き! 隙を見て隣にあった体に抱き着く。


「捕まえた! んふふぅ、良い匂い……」


 嗅いでいると脳が溶けてしまうような甘い匂が、私の鼻の中に充満する。……あれ? 私の知っているサクラさんの匂いじゃない。それに筋肉の無い、誰よりも柔らかいこの抱き心地は……。


「あぇ? リアさん? どうしてここに~?」


 いつの間にか忍び寄っていたらしいリアさんが、私の腕の中に納まっていた。リアさんのきれいな紫色の瞳に映る、だらしない顔をした人は誰かしら? 私にそっくりだわ。


「スカーレット様?」


 何かを尋ねるように、ねだるように、リアさんが聞いて来る。少し前まではこうして眠ることも多かった。最近はめっきり減って、私の方が少し寂しかったくらい。


「ふふっ! やぁらかいわ、リアさ――はむっ?!」


 私の頭の後ろに腕を回したリアさんが、自分の口で私の口を塞いでくる。口の中にぬるりと入りこんで来るリアさんの柔らかい舌。体臭と同じくらいの甘さが、私の口内に溢れる。リアさんの接吻は、本当に気持ちが良い。私の弱い所を的確についてくる。


「じゅるっ……。スカーレット様、もっと――」

「ではありません、リア。離れなさい」

「そうだ、そうだ! それ以上は『15禁』! ……って、それだと全員大丈夫になっちゃうからとりあえず『18禁』!」


 メイドさんとサクラさんが、リアさんを引き離してくれる。相変わらず、求めれば全力で応えてくるリアさん。特に私とメイドさんに対しては、かなり強気で攻めて来ることが多い。どうしてかしら。

 と、不意にどっと疲れが押し寄せて来る。身体を過剰に満たす魔素が心地よい熱となって、強烈な眠気に変わる。まだお風呂にも入ってないし、着替えてすらいない。このまま眠るなんて、はしたないし、だらしない、のだけど……。


「もう、むり……。すぅ……すぅ……」


 抗いがたい微睡みの中へと意識を投じる。


「あっ、ひぃちゃん寝ちゃった……」

「サクラ様が時間をかけて用意した贈り物は、明日にお預けですね?」

「それを言うなら、メイドさんもですよね。ようやく技師さんが見つかったのに……」

「そうですね。全く、お嬢様は本当に手の焼けるお方です。……ポトト、わたくしたちがお風呂に行っている間、お嬢様を頼みましたよ?」

『クルッ! ルククク!』


 メイドさんとサクラさんの声が遠ざかっていく。代わりに近づいてきたのは、よちよちとベッドを歩くポトトの気配と、多分、リアさんだ。


「おやすみなさい、スカーレット様」


 そんなリアさんの声と、私の額に柔らかな感触があった後。魔石灯が消えて、部屋に暗闇と静けさがやって来る。頭の横でポトトが座った安心感がとどめとなって、私の意識は完全に落ちるのだった。

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