○キャル好きが鍵なのね?

 ファウラルの行政を担う貴族とその家族が住む宮殿。先日、ルゥちゃんさんが私を誘拐したその場所でサハブさんは“医師”をしているらしい。私の想像だと医師ってお薬を渡したり患者さんの診察・治療をしたりするだけだと思っていたのだけど、病気の仕組みの解明なんかもするらしかった。


「1年前あたりかんら、ちらほらと狂人病の患者さんがえ始めたんですぁ」


 訛りのある話し方で、サハブさんは自分が見てきた状況を語る。1年前というと、確かチョチョさんの奥さんであるベオリタさんが狂人病にかかった頃と同じね。つまり、ベオリタさんは、最初期に発症した人たちの1人だったのでしょう。


「けんど、半年前辺りからは日に1人、2人、報告が上がってくるようになっとるんですぁ」


 狂人病患者の増加を憂慮したファウラル政府は、専門家集団を結成。サハブさんはその専門家集団を取りまとめる責任者でもあるらしい。ありていに言えば偉い人ね。

 ひとまず各地の冒険者ギルドと協力して狂人病についての情報を集めたサハブさん達。だけど、いかんせん情報が少ない。調査は遅々として進まなかったらしい。


「ポーション以外の根本的な対処法、感染経路、病気の発生源……色々調べているうちに、患者さんにはとある共通点があることが分かったんですぁ」

「共通点……?」


 聞き返した私に、一度頷いて見せたサハブさんが共通点を語る。


「キャルが好きってことですぁ」

「なるほど、キャルが好き。……うん? キャルが、好き?」


 あまりにふわっとした共通点で、思わず2回言ってしまった。キャルが好き。それって、フォルテンシアの全人類に言えることなんじゃない? あんなに可愛い生物を嫌いな人なんて、居るのかしら。


「どうだ? スカーレットちゃんも狂人病に罹ったってことは、キャルが好きなんじゃないのか?」

「私? まぁ、そうね。好きと言っても、見かけたらとりあえず撫でて餌をあげるくらいしかしていないけれど」

「うん、大好きみたいだな」


 微笑ましい。そんな顔で私を見るショウマさん。なんだかむずがゆいからやめて欲しいわ。でも、キャルが好きなことと狂人病がどうつながるのかしら。しかも、キャルと迷宮がどうつながるのかも分からない。

 考え込む私に、サハブさんが順を追って説明してくれる。


「キャルが好き。キャルが大好きな人が狂人病患者に多かったんですぁ。それこそ今、死滅神さまが言ったような行動をするくらいの人がなぁ」

「……? その言い方だと、キャルに近づくと狂人病に罹る、みたいに聴こえるわ?」


 でも、そんなはずはない。私以上にキャルを溺愛している人なんて、ごまんといる。だけど、増えたとはいっても狂人病に罹った人はごく少数だ。つまり、キャルを好きなこと以外に何か条件があるんじゃないかしら。


「キャルが大好きな人の中には、スカーレットちゃんみたいにキャルに不用意に近づく人も多いんだ」

「私みたいに、不用意に……?」


 あの可愛さを前に警戒しろという方が無理な話でしょう。今回は、私は悪くないと思いたい。キャルが可愛いのが悪いんだわ。

 私が1人で言い訳をしている横で、ショウマさんが説明を続ける。


「そう。そして、キャルも人と同じで千差万別。中には気性の荒い子もいるんだ。近づいたらひっかいてくるような、やんちゃな子がね」


 そう言えば居たわね。撫でようとしただけなのに腕をひっかいてきた、にっくき黒キャルが。あの、人を馬鹿にしたような態度は今でも忘れていない。リアさんと引き合わせてくれたことには感謝しているけれど……って。


「もしかして、それが原因なの?」


 キャルに引っかかれること。それが狂人病に罹った条件なのか聞いた私に、サハブさんは100点満点中の50点をくれる。


「正確には、病原を持つキャルに嚙まれたり、引っかかれたりすることで狂人病を発症することがあるんでねぇか。それが、おいら達の見解なんですぁ」


 普通に生活をしていれば、人から人へ感染する様子がないことは、チョチョさん達を見ていれば分かった。つまり、原因は普通以外……何か特別なことにあると考えたわけね。そして、サハブさん達はキャルに目星をつけた、と。


「でも、そうだとすると、迷宮とキャルの関係は何? 確かに迷宮の中にはキャルを含めた小動物が迷い込んでいた。だけど、迷宮を破壊したのはついこの間。時機が合わないわ?」


 私の反論に、サハブさんはゆっくり首を振る。


「思い出して欲しいのは、ハゥトゥさんのことですぁ」

「ハゥトゥさん……? どうしてここで彼女の名前が……いえ、そうね。彼女は迷宮から脱出できていたわ」


 そう。あの迷宮は、運が良ければ外に出られる。


「じゃあ、迷宮から逃げ出したキャルが各地に逃げて、狂人病を広めたということ?」

「それも、半分正解……いや、80点だ、スカーレットちゃん」


 少し甘めの採点をしたショウマさんに、私は目を向ける。


「迷宮内に充満していた病気のもとになる空気は〈病気/小〉だった。でも、狂人病の効果は〈病気/大〉。サハブさんの研究が本当だとするなら、病原が変異したことになる」


 病原が、変異……? 私にとって話が難しくなってきた。眉根を寄せて無理解を示す私に苦笑しつつ、ショウマさんは続ける。


「で、俺はこう思ったんだ。食物連鎖の過程で毒が濃縮・変質していったんじゃないかってな」


 ショクモツレンサ。サクラさんとの勉強会で出てきた言葉ね。色んな生き物が支え合って生きていることを示す言葉、だったかしら。動物が食べたり、食べられたりすることを指すことが多い、なんて言っていたように思う。


「毒が濃縮……? そんなこと、あるの?」

「珍しいことでは無いですぁ、死滅神さま。昔から、研究者界隈ではよく知られとります」


 私が知らないだけで、知る人ぞ知ることらしい。とにかく、迷宮内の毒を持ったキャルが逃げ出した、というよりは……。


「迷宮から命からがら逃げて弱っていた小動物を、他の動物が食べて毒を体内に持った。さらにその動物をキャルが食べた。その過程で毒が濃縮・変容したということ?」

「そうだ。偉いぞ、スカーレットちゃん」


 知恵熱のせいで熱くなってた頭で必死に自分なりの答えを出した私に、ショウマさんが満点をくれる。嬉しいけれど、やっぱり子供扱いはしないで欲しい。私は肉体的にも、精神的にも完成したホムンクルスなのだから。


「ギルドの報告なんかを見ていれば、ちょうど1年前くらいにあの迷宮の報告が上がってくるようになっていた。そうですよね、サハブさん?」


 ショウマさんの確認に、サハブさんが「はいさ」と頷く。少ない手がかりの中、迷宮が出現しただろう時期と狂人病の発生時期。2つの間に関係があるのではないか。サハブさんがファウラル政府にその報告をしたのが2か月前。

 調査に向かうとしても、迷宮は危険度が高い。だから、ショウマさん達精鋭ぞろいの徒党が迷宮に行くことになった。


「サハブさんの報告は、もちろん周辺各国にも伝えてある。狂人病の解明はここ最近、どの国も躍起になっていたから、俺たちはユート達と鉢合わせたわけだな」


 確かに、ユートさん達もショウマさん達も、話し合いでは無くてじゃんけんで先行する徒党を決めていた。元から魔石そのものが目的ではないのだとしたら、納得できる気もする。もちろん、遠征にはお金がかかるから、もとは取りたかったでしょうけれど。


「なるほど。そうして迷宮に行ってみれば『毒』『動物』『脱出経路』。推測を確かな物にする要因があったわけね……」


 話をまとめると、迷宮内で発生していた毒に侵された動物が逃げ出した。けれど、毒で弱っていたから他の小動物に食べられた。もちろんその動物も毒で弱って食べられて……。そうして食物連鎖の中で濃縮された毒は変容してより強力な毒になった。

 そして、動物の中でも、人の生活に近い位置に居るキャルが、濃縮されて強力になった毒を運んでいた、と。言われてみれば、黒キャルは尻尾が残り1本しかなかった。毒で『体力』を減らされて、何度も死んだと考えれば納得だわ。もしかすると、もうあの黒キャルは毒で死んでいるかもしれない。そう思うと、なんだか複雑ね。


「サハブさん。キャルが狂人病の仲介者になっているっているあなたの予想、合っていそう?」

「この前迷宮から持ち帰った資料の研究・調査の結果待ちだけんど、そうだろうなぁ」


 小さな点を見逃さずに、つなぎ合わせる。研究ってきっと、そんな作業の繰り返しなのね。1つの点も見逃せない、神経を使う日々。地味な作業だから、日の光が当たることなんてそうそうないでしょう。ひょっとすると、死ぬまで成果が出ないこともあるんじゃないかしら。それでもなお、黙々と頑張るなんて。メイドさんが研究者さん達を心から尊敬する理由が、よく分かった気がした。

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