○side:S・S ファウラルにて

 その日。私、千本木桜はファウラルの中心地にあるトーラス専門店に来ていた。


「買っちゃった……」


 少しの後悔と共に、わたしは自分の右手にある深い茶色のほうきを見る。トーラスの免許を取ったその興奮のまま、ついつい自分用のトーラスを買ってしまった。色は、本当は可愛いピンクにしたかったけど、17にもなってそれは子供っぽいかと断念。代わりに、ひぃちゃんがよく褒めてくれるわたしの髪色に似た色のトーラスを買ったのだった。しかも、1つ80,000nもするたっかいやつ。相場の倍近い値段がした。

 まぁ、ね? もっと高いのは100万エヌを超えてるけどね? 色々カスタマイズされたやつとか。でも、私が後悔しているのは色についてでも、値段についてでもない。興奮した状態で買ってしまった、自分自身についてだ。


「トーラス、ここファウラル以外じゃほとんど使えないんだよね……」


 空飛ぶ箒、トーラス。確かに燃費は悪いけど、地球で言うスクーターとか自転車的な使い方が出来ると思っていた。何より、魔法少女っぽくてカッコ可愛いし。でも、講習の時にハルハルちゃんに聞いてみると、


『多分、ほとんどの場所で使えないわ』


 と、バッサリ夢を切られてしまった。理由は、主に2つらしい。1つは気象。ファウラルはめっちゃ大きいドームみたいになっている。例え外が嵐だろうと台風だろうと、いわゆる気象現象と呼ばれるものが存在しない。だから高い所の風も安定していて、飛び回るのに不自由しない設計になっている。

 でも、外は違う。四六時中変わる風向きに合わせて常に重心を安定させないといけない。弓道やってたし体幹にも自信はあるけど、トーラスの上でバランスを取るのはファウラルでもかなり苦労した。もし風なんかあったらそっちにばっかり気を取られて、多分操縦に集中できなくなっちゃうと思う。


『しかも、町の外には飛行生物が結構いるじゃない? お母さんがお店で使ってる特注品ならともかく、普通のトーラスだと逃げきれなくて、パクッといかれるわ』

『お、おぉう……』


 赤竜、青竜、キリゲバ……。たくさん空飛ぶ動物に襲われてきたわたしは、それを聞いて身が震える。地上に居ればなんとか迎撃出来るだろうけど、ただでさえ姿勢が安定しない空中で襲われるようなことがあれば、逃げることしか出来ないと思う。で、飛行速度で負けるから食べられる。そういう話らしかった。


「使える場所が決まってて? 使うにもかなりの燃料費がかかって? なのに、謎のこだわりで高いトーラスを買ったわたし……。はぁ……」


 目的を達成するまでは良いんだけど、達成した後で後悔するってこと。私はよくあった。基本、考えるのは苦手なタイプだし。だからこそ、こういう時に大切なのが気持ちの切り替えだと言うことは分かっている。


「よしっ。逆に言えば、ファウラルに居る間は夢にまで見た空飛ぶ箒に乗れるんだもんね! 使い倒してあげるから、覚悟しててよ~!」


 陸の相棒がポトトちゃんなら、このトーラスは空の相棒になる。名前は……茶色い木っぽいから『チャッキー』にしよう!

 ひとまず魔石を入れる場所に手持ちの10,000金貨を入れてみる。500円玉くらいの大きさの金色のお金がフォルテンシアの最高貨幣らしい。お店の人の話では、チャッキーだと1時間くらいは空を飛べるらしい。


「80,000+10,000n分。全力で飛んで見せるっ!」


 意気込んだわたしは、目的地を考える。でも、どこに行くにしたって理由が欲しい。今のわたしにとって一番大事なのは……。


「ひぃちゃんのハーフバースデー。お祝いしてあげたいんだよなぁ……」


 9月11日。それがひぃちゃんが目覚めた日で、誕生日だとわたしは思っている。フォルテンシアに来たのが突然だから、突然、地球に帰される日が来てもおかしくない。しかも、地球と違ってフォルテンシアだといろんなところで死がちらつく。この前の迷宮なんて、多分……ううん、かなり危なかった。死滅神のひぃちゃんが居なかったら射殺とか圧殺とか、抜け出せなくて餓死なんかも十分あり得た。

 だから、お祝い事は出来る限りしてあげたい。もちろん、一緒にひぃちゃんの誕生日を迎えられるのが最高なんだけど、念のためだよね。

 そう思って、実はエルラに居たあたりからちょっと無理をしてでもお金を稼いでいる。一番お給料が良かった大幸おおさか君のバイトに失敗しちゃったのが痛かったけど……。


「少なくとも、こうやってチャッキーを買っても余裕があるくらいには、お金はある!」


 ケーキは絶対に喜ぶから買ってあげる……あ、メイドさんに作ってもらうのも良さそう。これで、みんなでお祝いも出来る。わたし、もしかして天才?

 あとは何をプレゼントするかだよね。アクセサリー? でもひぃちゃん、あんまり飾りっないんだよね。服のセンスもちょっとあれだし。私とメイドさんとでなるべく服を買わせないようにして対策してるけど、それでもたまに「見て!」とか言って買ってくる服は、正直、終わってる。


「ま、そういうところも可愛いんだけど。アクセサリーがダメだとすると、あとは……」


 少し考えて、そう言えばこの前、町の外に出て行なう狩猟系の依頼をした時に乗り合わせた女の人が、ガラス細工の話をしていたことを思い出す。


「ひぃちゃん。メイドさんがチョチョさんのグラス売ったって知って、結構ショック受けてたよね……」


 なんならあの時、ちょっと泣きそうになってたし。可愛いひぃちゃんの顔を思い出すと、ついつい頬が緩んじゃう。


「うん、決めた! グラス、良さげなのがあったらそれにしよう」


 場所は確か、ファウラルの北東部にある『コッコ通り』沿いのお店だったはず。可愛い名前だから覚えてる。今いるのが中心地に近いカイティ通りだから、馬車だと多分、3時間はかかる。


「でも、今のわたしにはチャッキーがいるもんね? 行こう、チャッキー!」


 変換器の出っ張りを「0」に入れると、トーラスが勝手に地面と水平になってくれる。うん、こういうところはちゃんとファンタジー!

 あとは椅子に座るように横向きに腰掛けて、安全ベルトを装着した後、空中でバランスを取る。横乗りの場合、お尻の付け根辺りで乗った方が姿勢は安定する。


「ハルハルさん達が被ってる帽子と、キャルが居れば完璧なんだろうけど」


 言いながら変化効率を「1」にして、ゆっくりと浮上していく。うん、動作も問題なし。早く飛びたいし、さっさと変換効率を「2」に入れて上昇の速度を速める。基本的に、トーラスは真下に浮上する力を放っているらしい。その力の強弱を魔素の変換効率で調整する乗り物だ。そこに、各企業の姿勢制御システムだったり、操縦補助システムだったりが付随するとかなんとか。


「オタクモードのメイドさんも、可愛いよね」


 好きな漫画やアニメについて語るしずくと同じ顔をして話すメイドさんの顔を思い浮かべていると、もうそこは低速飛行帯だ。


「チャッキー、全力で飛ばすよ~!」


 変換効率を「2」から「2.5」を飛ばして一気に「3」にしたわたしは、つかの間の飛行体験に没入する。いつか夢見た「魔法使いサクラ」。地球に居た頃、あり得ないと諦めた夢が、今こうして叶っている。世知辛いことも、死にかけたことも数えきれないけど。


「やっぱりわたし、ここフォルテンシアに来て良かった!」


 速度による正面からの強い風で興奮の熱を冷ましながら、わたしはコッコ通りを目指すのだった。

 まさかこの後、私が良い感じと思ったグラスがトーラスに負けないくらいの値段がするなんて思わなかったよね。おかげで、もう少しだけ、依頼をこなさなきゃならなくなってしまった。

 で、ようやくグラスを買って。ひぃちゃんの働く姿を見に行くついでに、約束通りルゥちゃんのお店に行ってみたら。


「あら、サクラ。スカーレットちゃんを迎えに行ってあげて? 誘拐されたらしいから」


 なんて言われて。


「……うん? ゆ、誘拐?!」

「そうなの。さっきハルハルから聞いたんだけど――」

「ルゥちゃん、わたしのトーラス、お願いしますっ」


 今思えばルゥちゃんのいたずらだったんだろうけど、とにかく。ルゥちゃんに荷物を全部預けてデッドリンって建物に急いで行ってみれば。


「サックラさんっ! サクラさ~ん! えへへ~、迎えに来てくれたね?」


 べろんべろんに酔ったひぃちゃんが居たのだった。ていうか魔素酔いって、本当に酔うんだ。ってことは、ひょっとしてメイドさんも食べ過ぎればこうなるのかも? ちょっとだけ、見てみたい。


「千本木。スカーレットちゃんの教育、どうなってるんだ? こんなの、誰に何をされてもおかしくないぞ?」

「うーん。これは、ひぃちゃんがりない、ちょっとお馬鹿さんなせいだから」

「あ~! ばかって言ったわ? 謝れ~!」


 高そうなソファの上で、子供っぽく駄々をこねるひぃちゃん。かと思えば、長いまつげの目をしばしばさせて、大きなあくびをする。そして、案の定、寝息を立て始めた。

 可愛いけど、めんどくさい。普段は凛としてるのに、結局、決まらない。そんな残念な親友をおんぶして、私は宿に帰ることにする。


「うちの子がご迷惑をお掛けしました。ほら、ひぃちゃん。帰るよ~?」

「うむぅ……? ショウマさん、サハブさん……。ご馳ほうはまぁ……」

「いいんですぁ。こちらも、狂人病を治す手がかりがあったもんでぇ」


 背がめっちゃ高い長身族の人……サハブさんだったかな? が大丈夫だと言ってくれる。酔ったひぃちゃんが狂人病を治す手掛かりになった? ううん、酔う前に話していたことが手掛かりなったのかな?

 とにかく、お礼とお詫びもそこそこに、私は急いでデッドリンを後にする。だってそうしないと、絶対、ひぃちゃんは吐くから。で、その後に、多分泣く。さらに翌日冷静になって、迷惑をかけたことと羞恥にもだえるんだろう。


「なのに、食べることだけはやめないんだよね~……。ほんとに、困った子だなぁ。ほれほれ」

「んむぅ……。すやぁ……」

「ふふっ。だらしなくて、可愛い顔。大好きだよ、ひぃちゃん」


 迎えに行かされた手間賃として、背中で爆睡するひぃちゃんのぷにぷにのほっぺたを堪能するわたしだった。

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