○むっつりさんだったのね
予想通り、ティティエさんが居た時よりもゆっくりとなった第3層での旅路。私たちが前回も滞在した“異食いの穴”からおよそ100㎞地点にある名もなき集落。そこに到着した時には、11日が経っていた。
「今日ここで泊まって、明日の早朝には異食いの穴へ向かう。みんな、大丈夫かしら?」
アッセを建材として建てられた集落の入り口を示す門と柵。その脇に鳥車を止めた私は、同道している全員を見て尋ねる。およそ全員が首を縦に振る中、ピンと手を挙げて意見があることを示した人物がいた。
「どうしたの、リアさん?」
「はい。今日は10月の16日です。期日の20日までは時間があります」
「ええ、そうね」
「スカーレット様は、サクラ様と一緒に居たい。そう思っています。リアも同じです。なら、もう1日、2日。ここに居ても良いはずです」
私だけじゃない。自分もサクラさんと少しでも長く一緒に居たい。だからこの集落にあと数日はとどまることができる。そう主張するリアさん。
「う~! リアさん!」
「はい、サクラ様。ずっと一緒です」
嬉しかったのでしょう。サクラさんが満面の笑みで、リアさんに抱き着いて頬ずりをする。リアさんもサクラさんの抱擁を受け止めて、されるがままになっている。大丈夫かしら。リアさんを求めればどうなるかなんて、サクラさんも知っているでしょうに……。まぁ、それはひとまず置いておいて。
確かに、リアさんの主張は、私としても受け入れてあげたい。私だって、サクラさんとは少しでも一緒に居たい。けれど、そうできない事情があった。
「出来れば私もそうしたいわ、リアさん。だけどやっぱり、急がなきゃいけないの。そうよね、メイドさん?」
「はい」
私の言葉と目線を受けて、メイドさんが説明を引き継いでくれる。
「
「うん。気が付いたら制服のまま森の中に居て、ガルルに襲われて。……で、ひぃちゃん達に会った」
リリフォンのすぐそばにある霧深い森、フェイリエントの森でのことを振り返るサクラさん。私たちとの記憶に違いがないことを確認して、改めてメイドさんは先を急ぐ理由を語る。
「問題は、サクラ様が目覚めるまでにどれくらいの時間を要していたかが不明なことです」
「……なるほど。サクラ様がフォルテンシアに来た日。それは分からないんですね、メイド様」
そんな風にメイドさんが言いたいことを先回りしたのは、シュクルカさんだった。
「そ、その通りです、シュクルカ……。あなたが普通だと、逆に気持ち悪いですね」
「え? セクハラをしてもよろしいと? では遠慮なく――きゃんっ?!」
「耳の人。うるさいです」
メイドさんに飛びかかろうとしたシュクルカさんの尻尾を、ユリュさんがぎゅむっと掴んだ。おかげで2人の間でいつもの
「人が飲まず食わずでどれほど眠っていられるのかは不明ですが、水が無ければ人は5日と持たないと聞きます。逆に言えば、5日程度は持つのです」
邸宅でメイドさんとこの話をした時、残された日数的に見てももう手遅れなんじゃ、と思った私。だけど、出会った時のサクラさんに衰弱した様子が無かったこと。脱水の様子もなかったことから、長くても意識を取り戻すまでの誤差は2日程度だろうと言うのがメイドさんの見解だという。
それを改めてリアさんとサクラさんに説明したメイドさんは、要点を整理する。
「つまり、サクラ様がフォルテンシアに来た日付が2、3日なら前倒しできてしまうのです」
「えっと。今日が16日だから……」
「10月の17日目。明日がサクラさんがフォルテンシアに来てちょうど1年と言う可能性もあるの」
それゆえに、急がないといけない。定かではないけれど、異食いの穴に入って出てこなかった人は全員がフォルテンシアに来て1年未満だったと聞く。
「正直、今すぐにでも出発したい。だけど、さっきまでのアフイーラルとの戦いで結構消耗しているでしょう?」
尋ねた私に、サクラさんが小さく頷く。私が想定しうる中で最悪なのは、サクラさんがチキュウに帰れなくなることじゃない。サクラさんがリズポンとの戦いで死んでしまうこと。まずはリズポンに勝たないと、話にならない。
「だから、今日は。今日だけは、ここで休んで、一緒に居ましょう?」
今日ここに滞在することこそが、実は「もう少し一緒に居たい」と言う甘えを実現しているのだと、私はリアさんに言って聞かせる。
正直に言えば、異食いの穴に行ってみたけどあの透明な壁を突破できなくてリズポンに挑戦できなかった。あるいは、「実は1年経っちゃってた、てへっ」の展開を期待していなくもない。
私は、サクラさんとずっと一緒に居たいもの。私自身が仕方ないとそう思える理由でチキュウへの帰還方法が断たれてしまったのなら、どれだけ良いことかしら。
――でも、まだ私たちにはサクラさんをチキュウに帰せるかもしれない手段がある。
選ぶのは、サクラさん。そしてサクラさんは、リズポンと戦うことを選んだ。その勇気ある選択を応援することこそが、たくさん悩んだ末に導き出した、今の私のしたいこと。
「……分かりました。なら、今日はリアもいっぱい、サクラ様といちゃいちゃします」
「いや、イチャイチャはちょっと。リアさんの場合、シャレにならないから……ちょま、んむ?!」
「ぷはっ。リアを求めてきたのは、サクラ様です。なので、リアもご奉仕します。ちゅむっ」
数は少ないとはいえ、一応、衆目があるにもかかわらず、
「……とりあえず、宿を取らないと。ね、ポトト?」
『ルゥッ!』
私を放って騒がしくする勝手な人たちのことは放っておいて、私は宿を探すためにそそくさと鳥車の御者台に乗り込む。
「ぷはっ、ちょっ、ひぃちゃん助けて! 良いの?! このままじゃわたし、リアさんに食べられちゃう!」
サクラさんの悲痛な叫びも、今は流しましょう。だって今はリアさんが、サクラさんを独占する時間だものね。私は今晩、メイドさんと一緒にサクラさんを独占できれば問題ないし。
「美味しいものはみんなで食べる。そうでしょう、サクラさん?」
「意味、違う! それにその言葉、ちょっと怖い!」
「大丈夫です、サクラ様。リアがサクラ様を気持ちよくします」
「あ、待ってリアさん! せめて荷台で――」
……荷台でなら良いのね。つまり、サクラさんもまんざらでもないと言うこと。メイドさんの言う通り、むっつりさんだったのね。なお一層助ける気がなくなったわ。
「ふんだっ。行きましょう、ポトト。……メイドさんも。あんまり2人をいじめないであげてね」
ユリュさんとシュクルカさん。2人を縄で拘束しているメイドさんに、明日に差し障らない程度のお説教にするよう、言っておく。でも私の忠告にメイドさんは笑顔を見せた。
「大丈夫ですよ、お嬢様。もしやり過ぎても、シュクルカが居ます」
「あっ、そう言えばそう……ん? 大丈夫なのかしら?」
「はい、大丈夫です。というわけで2人とも。お嬢様の安眠のために、町の周りにいるアフイーラル達をもう少しだけ間引きましょうか」
「まさか、メイド様! ルカ達にこの状態で戦えと?!」
焦ったように言ったシュクルカさんの言葉に、やっぱり、笑顔で応じるメイドさん。なぜか「さすがメイド様……」なんて言って鼻息を荒くするシュクルカさんは、まぁ、いつものこととして。ユリュさんの方は正しく顔を青ざめさせていく。
「あぅあぅ……! た、助けてください、スカーレットお姉ちゃん!」
「う~んと……」
今回、ユリュさんの行動は正しかったのよね。シュクルカさんによるメイドさんへのセクハラを阻止したんだもの。
「メイドさん。ユリュさんは預かって行っても良い? さすがに私とポトトだけじゃ、自衛する時に不安だから」
私の言葉に、ユリュさんが一気に表情を明るくする。
「はぁ……。本当に甘いですね、お嬢様は。かしこまりました」
「死滅神様、大好きですっ!」
縄を解かれてすぐに御者台に座っていた私の胸に飛び込んできたユリュさん。彼女と、どうにか荷台には乗り込めたらしいサクラさん、リアさんの2人を乗せて。私は今晩泊まるための宿を探すのだった。
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