○思い出話は不吉だそうよ?
異食いの穴に向かう、最後の夜。第3層でとどまる冒険者は物好きくらいしかいないから、宿の数も規模も、第2層までとは比べるべくもない。実は建材としても優秀な光る巨大キノコ『アッセ』で作られた小さな宿に泊まった私たちは、3人と3人+1匹に別れて1泊することになっていた。
質素な夕食を食べた後、水浴びを終えた私たち。それぞれの部屋に別れて就寝となる。今晩の私の同室は、メイドさんと、もちろんサクラさん。そして、ポトトだった。
「なんかこの4人って、久しぶりかも」
2つ並んだベッド。そのうちの1つを占有するサクラさんが、寝返りを打ちながら言った言葉で夜が始まる。そうかしら、と尋ねた私に頷いたサクラさんが、枕を抱えて起き上がった。そして、
「ひぃちゃん。メイドさん。ポトトちゃん。それから、わたし。最初は、こうだったもんね」
丁寧に指を折りながら、私たちの名前を呼ぶ。言われてみれば、確かに。リアさんやユリュさんが居なかったなんて、今じゃ考えられないわ。
「あら? 最初、と言えば、
「うわっ、昔の女マウント出た!」
「メイドさん。意地悪を言わないの。それに、それを言うなら私とポトトの2人だったじゃない。ね、ポトト!」
『ルゥル ルゥル!』
珍しくこの時間でも起きているポトトに聞いてみると、鳥かごの中で羽を広げている。きっとポトトも、今日が最後になるかもしれないことを察しているのかもしれないわね。
「リリフォンでひぃちゃん達と会って、最初にあった出来事って言えば……そっか、それこそ、これなんだ」
サクラさんが枕元に立てかけてあるヒズワレアの
「そうね。人族の中でも人間主義者が多い、閉鎖的な国リリフォン。そこで私やメイドさんがホムンクルスであることがバレそうになったんだったかしら?」
「そうそう。でもそれが実は、奥さんを助けようとしてたチョチョさんの愛だったんだよね?」
ジィエルに居るガラス職人のチョチョさん。彼の奥さんが狂人病にかかったことから、サクラさんとの旅路は始まったと言って良いんじゃないかしら。奥さんを救おうと、チョチョさんが試行錯誤の末にたどり着いたのが、奥さんの血肉を完全に引き継いだホムンクルスを生成すること。
「純度の高い魔石を手に入れるために、ギードさんに私たちを襲わせた。そうだったわよね?」
「はい。今でも
「うわ、そう考えるとちょっと運命的かも……」
もし、愛妻家でもあるチョチョさんの奥さんが狂人病にならなかったら。もし、チョチョさんが奥さんの延命治療のために、ポーションの生産地でもあるリリフォンを訪れていなかったら。もし、私たちがリリフォンに立ち寄っていなかったら。あるいは、大型商業施設ゼレアで買い物をしていたところを見かけられていなかったら。
少しでも歯車が狂っていれば、チョチョさんが私たちに固執することもなく、ギードさん達をけしかけてくることは無かった。つまり、サクラさんが異食いの穴に挑戦するための必須武器は、手に入らなかった。
「改めて、気持ちが悪い程に絡み合った運命よね……」
「他にも、ディフェールルでひぃちゃんがやらかすし……。あ、奴隷の話で喧嘩もしたっけ」
「べ、別にやらかしては……。喧嘩の件は、私が浅はかだったわ。ごめんなさい」
私の謝罪を、サクラさんが笑顔で受け入れてくれる。奴隷は、可能ならば無くなって欲しい制度だわ。だから私がイーラの長になってからは、積極的に孤児院にお金を回すようにしている。少しでも不幸な子供を減らすために、死滅神が経営する孤児院は絶賛増設中だった。……まぁそのせいで、資金繰りに頭を悩ませることになっているのだけれど。
「ディフェールルの後は……そう、別荘だ。そこでアイリスさんに剣を教えてもらったんだよね」
「そうね。私はメイドさんにクリスマスの贈り物をしたわ」
「こちらですね。大切に使わせてもらっています」
メイドさんが〈収納〉から取り出したのは、黄色と黄緑色の差し色がされた白いストール。
「……やっぱり、この部分のほつれが気になるわ。直させてくれない?」
「んふ、嫌です♪」
まだまだ裁縫が得意では無かったころに作ったものだから、
「そっか。クリスマスにあげたってことは、メイドさんへのお誕生日プレゼントでもあったんだ?」
ぽむっ、と、手を打ったサクラさんが、私が贈ったストールが2重の意味を持っていたことを教えてくれる。メイドさんも言われてから気付いたみたいで、
「そう、ですね……」
と、どこか嬉しそうにほほ笑んでいた。
「贈り物、良いなぁ……ちらっ」
メイドさんのストールを羨ましそうに見た後、わざとらしく私に目を向けてくるサクラさん。
「な、何よ。私からは何もあげないわよ」
「え~。でもひぃちゃん、わたしに何もくれてないよ?」
「うっ……。実は、ね? 私もそれ、思っていたの」
そう。実は私、サクラさんにこれと言った贈り物が出来ていないのよね。それに気が付いたのは、実は結構最近だったのよね。
「メイドさんには手縫いの、それはもう愛情がこもったストールをあげて~? わたしには無いんだぁ? わたしは結構、ひぃちゃんに
「あら。サクラ様は“見返り”を求めてお嬢様に物を与えていたのですね?」
「そうじゃない! そうじゃないけど、そういうことじゃないじゃないですか……」
ベッドに寝転んで、ぶぅぶぅと文句を垂れるサクラさん。私はメイドさんと目を合わせて、少し前に急いで用意した、ある物を〈収納〉から取り出してもらった。
「サクラさん?」
「なぁに、贈り物をくれないひぃちゃん」
「もう、不貞腐れないで? さっきも言ったように、私からの贈り物は無いわ。だけど……」
私はメイドさんに渡された箱を受け取って、サクラさんの眼前に持っていく。大きさは、片手で持つことができるくらい。装丁は黒色で、上下にぱかっと口を開けることができる。
「私と、メイドさん。2人からの贈り物なら、どうにか用意できたの」
「……え?」
再び布団から起き上がったサクラさんが、私たちが用意した箱を見つめる。私が受け取るように示すと、おずおずと言った様子で受け取ってくれた。
「えっと、これって?」
おっかなびっくり。いつの間にか正座をしているサクラさんが箱を両手で箱を持ち上げて、目を丸くしている。
「開けてみて? 気に入ってくれると良いのだけど……」
私の言葉で、サクラさんがゆっくりと箱の口を開く。箱の装丁でもある黒から一転。白く滑らかな布に包まれた箱の中。そこには……。
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