○私たちからの贈り物

 私とメイドさんとで贈る、サクラさんへの贈り物。小さな黒い箱に入ったそれは、極小のヒノカネ、ヒスイノカネをあしらった指輪だった。


「ひぃちゃん、メイドさん、ポトトちゃん……! これって……!」


 驚き。喜び。感謝。色んな感情がない交ぜになった表情で、サクラさんは箱に入った指輪を私たちに見せる。


「指輪の内側を見てみて?」

「え、内側……?」


 慎重に指輪を取り出したサクラさんが、改めて装飾に目を凝らす。


「わ、みんなの名前が入ってる……!」

「それを作るようにお願いに行ったのが、タントヘ大陸に行く前……エルラで稼いだ時だったの。だからユリュさんの名前は無いのだけど……」


 スカーレット、メイド、ククル、フリステリア。そして、身に着ける人の名前――サクラ。5人分の名前が、フォルテンシア語で指輪には彫られている。


「ヒノカネがひぃちゃん。ヒスイノカネがメイドさん。この羽根の飾りが、ポトトちゃんで、お花がリアさんだよね?!」


 天井の魔石灯に透かすように、指輪を眺めているサクラさん。精緻な彫刻をくまなく眺めて、その1つ1つの意味を興奮した様子で推し量っている。


「ふふっ、その通りよ。そして、サクラさんがその指輪に指を通せば“私たち”の完成」

「リングも錆びにくい白金製で、そうそう壊れることもないでしょう。本当はヒズワレアを回収しに行った際には出来上がっていたのですが、小さなものですし、道中無くされては困る。そう思い、今日、渡すことにしておりました」

「うん……。うん!」


 私たちの説明を聞いているのかいないのか。魅了されたように、サクラさんは指輪を熱心に見つめている。


「ふふ! さぷらいず、大成功……って、サクラさん?! どうして泣いているの?!」

「え、あれ?! な、なんでだろ。自分でも分かんないや……」


 自分の感情に戸惑うように、サクラさんは微笑みながら涙をこぼす。おかしいわね。私たちの予想では、満面の笑顔になってくれるはずだったのだけど。この前、邸宅で最後に話した時も急に泣き出してしまったし。


「情緒不安定……はっ! まさかサクラさん、月末のアレの日――」

「ありがと、ひぃちゃん。今ので全部台無しになった。ほんと、相変わらずデリカシーないよね……」

「馬鹿お嬢様」


 ひねりのないシンプルな罵倒ばとう?! メイドさん今、一切のひねりが無い罵倒をしたわ?! いえ、ひねれば馬鹿にしても良いというわけでもないのだけど!


『クルールッル……』


 何よ。ポトトまで私のことを残念なものを見るような目で見て。主人を馬鹿ばかにした失礼な2人に、どうやって受けてもらおうかしら。そんなことを考えていた私の耳にふと、笑い声が聞こえて来た。


「ふふ……でも、うん。あははっ! おかげで、なんか笑えてきた! ぷふ、あはははっ!」


 今度は笑顔で、涙を弾けさせるサクラさん。そう、私たちが見たかったのは、この顔なの。サクラさんには、元気いっぱいに咲き誇る花のような笑顔が一番似合うんだもの。


「ふふん、計算通り! やっぱりサクラさんは笑っていないとね!」

「まったく。どこまでが計算なのやら、このお嬢様は」

『クル? クルル?』


 嘆息するメイドさんと、状況が飲み込めていないらしいポトト。ここまでユリュさんやシュクルカさんが居てずっと騒がしかったから、このどこか落ち着いた空気も懐かしく感じる。この後もしばらくお腹を抱えて笑っていたサクラさんにつられる形で、私もメイドさんも、笑ったのだった。


「ふぅ~……。笑った、笑った。じゃさ、ひぃちゃん。この指輪、はめてくれない?」

「え、私がはめるの? それに眠る前よ?」


 てっきり後は一緒のベッドで眠るだけ。そう思っていたのだけど。


「良いの! ……ひぃちゃんに、はめて欲しいな?」


 左手を私に突き出して、右手で指を手渡してくるサクラさん。どうせ眠る時には外すでしょうし、自分ではめた方が都合がいいはずなのだけど……。


「仕方ないわね」

「やった! これ、やってみて欲しかったんだよね~」


 そう言ったサクラさんはベッドの端までやって来て、腰掛ける体勢を取った。


「フォルテンシアには、指輪をどこにするっていう決まり? みたいなのってあるの?」


 ベッドの縁で足をブラブラさせながら、私が指輪をはめるのを待つサクラさん。彼女の問いの答えを、私は持ち合わせていない。メイドさんはどうかと振り返ってみれば、ニコッと笑うだけ。……いや、どっちなのよ。


「指のサイズについては、サクラ様が眠っている間に測らせて頂きました」

「……なるほど。じゃあメイドさんが選んだ指を選べばぴったり合うはずよね」


 指輪の大きさ。そして、サクラさんの指を見る。メイドさんのように細くてしなやか、と言うわけでもない。リアさんのように、柔らかくて真っ白、というわけでもない。サクラさんの手や指には少し傷のあとがあって、手触りも少し硬い。でも、だからこそ、これまで彼女が泥臭く頑張って来たのだというのがよく分かる手だ。


 ――この手に、私は何度救われたことかしら。


 戦闘だけじゃない。何度も頭を撫でてもらったし、何度も抱きしめてもらった。顔をぶたれたこともあったわね。そんな大切な手と、指輪とをめつすがめつする時間を稼ぐために、私はちょっとした情報を言うことにする。


「ついでに。この贈り物にはカーファさんが一枚噛んでいるの」

「え、カーファさんが?」

「ええ。サクラさんとエルラに遊び言ったじゃない? あの時にどんな贈り物が良いか、話す機会があって。そうしたら『この店で選んだらどうだ、あるじ』って言って、装飾品のお店を教えてくれたの」

「カーファさん、大人のお店とか行ってたもんね。贈り物とかめっちゃ詳しそう……。って、あれ? じゃあカーファさんの名前、入れなくて良かったの?」


 サクラさんが口にした疑問に、私の思考が一瞬だけ止まる。だけどすぐに首を振って、人差し指、中指、薬指の3本に狙いを定める。


「……まぁ、カーファさんは、いいでしょう。カーファさんだし」

「そうです。カーファ様はよいのです。カーファ様ですから」

「さすがにちょっと不憫ふびんだ?! 今度、遊びに行ってあげてね? カーファさん、親戚のおじちゃんみたいに、ひぃちゃんが来るの喜んでたから」

「もちろん! ……よし、決めたわ!」


 ついに、私は指輪をはめる場所を決める。狙いを定めてみれば、不思議とここしかないって感じがするわね。


「じゃ、じゃあ……お願いします」


 息を飲んだサクラさんが、見つめる先。私は膝をついて、サクラさんの左手を取る。そして、慎重に狙いを定めて……。




 手にした指輪を、サクラさんの薬指にはめて見せた。




「予想通り。ピッタリだわ!」

「んふ♪ さすがお嬢様、大正解です。ですが、どうして薬指だと?」

「勘よ、勘。いて言うなら、サクラさんに指輪をはめてあげるならここって、そう思っただけ」


 立ち上がって、呆けた様子のサクラさんに着け心地を確認してもらう。


「どう? きつくない?」

「…………」

「サクラさん?」

「あっ、ううん! きつくは無い、かな。でも……ね?」

「でも?」


 サクラさんが、左手と、その薬指にはめてある指輪を愛おしむように抱きしめる。


「なんだろ。胸がきゅ~~~~~~って。苦しくなった」

「……えっと、つまり?」


 問題があるのか、無いのか。確かめた私を、サクラさんがちょいちょいと手招きで呼び寄せる。何を疑うでもなく、どうしたのかと顔を近づけた私。そんな私の顔を両手でそっと包んだサクラさんは、まるで、リアさんのように。動いているのにそれを意識させない、ゆっくりとした動きで顔を寄せて来て。次の瞬間、


 ――。


 湿った音が寝室に響いた。目を閉じたまま離れていく、サクラさんの顔。私の唇に残る柔らかな感触はどう形容することもできない。だけど確かに感触があったことを確かめたくて口元を指で撫でる、私の横では、


「な……なな……っ!」


 メイドさんが口をわななかせていた。そうして主従揃って固まる私たちを、サクラさんが真っ赤な顔で見上げる。


「改めて、ありがと! ひぃちゃん、メイドさん。あと、ポトトちゃんも! 一生、大事にするね!」


 指輪をした手を胸に当てて微笑むその姿は、風が吹けば散ってしまう花弁はなびらのようにはかなげで。だけど、何度散っても再び咲き誇る、そんな生命力に満ちていて――。




 ふと、私の脳裏に、私の知らない光景が広がった。


 制服を着て、私の前を歩くサクラさん。私も、なぜかお揃いの制服を着ている。手を広げて楽しそうに何かを話すサクラさんの背後には、見たこともないピンク色の花をたたえた木が何本も並んでいた。

 不意に、強い風が吹く。私とサクラさん。お互いに髪とスカートを押さえる中、視線を落とした私の足元に、1輪の花が落ちて来た。なんとなく気になって拾い上げてみれば、5枚の花弁はなびらを持つ、可愛らしい花だった。

 私は、サクラさんの名前の由来にもなっている『桜』の木を見たことなんてない。ないはずなのに、拾い上げたこの花こそが、桜の花だと知っている。


『――!』


 風に舞う桜の花びらに包まれて、サクラさんが私の名前を呼んだ気がした。だけど、上手く聞こえない。そんな私に気付いたのでしょう。きょとんとした後、仕方ないな、と言うように笑ったサクラさんが私のところまでやって来て、手を取る。


『ほら、行くよ!』


 強引に私の手を引いて駆け出すサクラさん。舞い落ちる桜の花弁に包まれて楽しそうな笑顔を見せる彼女の姿は、これまで見て来た世界中のどんな景色や人々よりも、魅力的だった。

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