○“死者の階層”の2大名物ね

 前回、ティティエさんが居た時より少しゆっくり、4日をかけて3層へと続く洞窟500㎞を進んだ私たち。早朝に第2層から400㎞地点の町を出た私たちは、お昼を前にして第3層へとたどり着くことが出来ていた。


 日付にして10月の6日目。黄色に光るキノコ『アッセ』を始め、色とりどりに光るキノコだけが光源となる第3層。衛生面からしても、ユリュさんには早々に川から上がってもらう。ここからはポトトが引く鳥車の出番ね。船を〈収納〉して鳥車を取り出して、スキルポイントを大きく減らしたメイドさん。不測の事態でもない限り、彼女には休んでもらうことになった。


 前回よりもホムンクルスの数が多いからかしら。鳥車に乗り換えてすぐ、私たちは不死者の魔物アフイーラルの群れに襲われた。前回はつの族のティティエさんがちぎっては投げ、ちぎっては投げの大活躍をしてくれたから、順調に進めた第3層の道中。けれど、今回はそうも行かない。


「そう、思っていたのだけど……」


 メイドさんに代わって鳥車を下りた私。向かってくるアフイーラル達に、本当の死を与えていく。1時間で積み上げた死は優に10を超え、ちょうど今私が殺したうろこ族の人で17になっていた。

 けれど、そんな私よりもアフイーラル達を救っていたのは、シュクルカさんだった。


「〈治癒〉」


 アフイーラルを見つけた端から、〈治癒〉のスキルを使用していくシュクルカさん。通常、〈治癒〉のスキルにはステータス上の『体力』を回復させる効果しかない。なのに、どういうわけか、アフイーラル達は〈治癒〉のスキルを受けると『体力』が減ってしまうみたい。

 しかも、シュクルカさんはフォルテンシア随一の治癒能力を持っている。結果として、彼女の〈治癒〉の光に包まれたアフイーラル達は、そのことごとくが安らかな死を迎えていた。


「ふぅ……。これで最後でしょうか?」


 特段、汗をかくこともなく。涼しい顔で周囲を見回すシュクルカさん。アフイーラル迎撃部隊の私、サクラさんが合流して、辺りに敵がいないことを確認する。


「お疲れ様です、シュクルカさん。大活躍ですね」

「いえ。傷をいやす。人々の痛みを和らげることこそが、ルカの役割ですから」


 サクラさんからのねぎらいの言葉に、シュクルカさんが楚々そそとした受け答えをする。


「お疲れ様、サクラさん、シュクルカさん。アフイーラルに〈治癒〉が効果的だなんて、今でも信じられないわ」

「え、そう? アンデッド系の敵に回復魔法はめっちゃ効く。これ、チキュウじゃ常識だよ?」

「常識なの?!」


 傷をいやす魔法が不死者たちに効くことが?! ひょっとしてチキュウって、私が思っている以上に危険な場所なのかしら。そんな場所にサクラさんを帰すことに少しだけ躊躇ためらいを覚える私の横で。


「ルカはアイリス王女殿下から聞きました。不死者には〈治癒〉のスキルを使うと効果的だと」

「邸宅に居た時ですね。さすが超優秀受付嬢のアイリスさん。抜け目がなさ過ぎる……」


 シュクルカさんとサクラさんがそんなことを話していた。

 とにかく、想定以上に襲ってくる数が多いアフイーラルも、シュクルカさんの活躍によってどうにか押し返すことが出来ている。この調子なら、最低限、旅は続けられそうね。


 ――気を付けるべきは、鳥車の故障だけね……。


 今はユリュさんを背に乗せたポトトが引いてくれている鳥車。あれが壊れてしまったら、私たちは無理を押して〈ステータス〉を使った強行軍をしないといけなくなってしまう。視界も悪く、アフイーラルが襲ってくる中を、ね。


「多少の怪我ならシュクルカさんもいるから大丈夫。絶対に、鳥車だけは死守しましょう」

「うん」「はい」


 サクラさん、シュクルカさんが順に頷いて、私たちは魔石灯が灯る鳥車の荷台へと引き返した。




 ところで、第3層の名物と言えばアフイーラル以外にもう1つ、見どころと言うか特徴があったのを覚えているかしら。それは、そう“幽霊の行進”。そして、それに伴って発生する、メイドさんの消失だった。


「きゃぁっ」


 可愛らしい悲鳴を上げて、メイドさんの姿が荷台から消える気配がある。一方で、私の目の前には目と口に黒い穴がぽっかりと空いた人型の白い霧が見えていた。……でも、私は前回の旅でもうすっかり慣れてしまっているのよね。なんなら、


 ――今回は作りが甘いわ。40点ね。


 なんて幽霊の出来を採点するくらいの余裕はある。他方、この鳥車には幽霊の行進に初めて遭う3人もいる。まずは、サクラさんの反応から見て行こうかしら。


「わ、なにこれ?! 幽霊?! ちょ、ひぃちゃん! メイドさん! どこ?! わたし、どうしたら良い?!」


 四つん這いになって荷台を行ったり来たりしている。驚いているし、困惑はしているみたいだけれど、怖がっている様子はない。行進が終わってからは「わたし、初めて幽霊見ちゃった!」と、どこか興奮して様子で語っていたわ。不思議ファンタジーな出来事が大好きな彼女にとって幽霊の行進は、恐怖よりも好奇心の方が勝っているみたいだった。

 続いて、リアさん。彼女の場合、多少、予想は着いていたのだけれど……。


「……?」


 特に何の反応を示すわけでもなく、膝を抱えて座ったまま、ぼうっと虚空を見つめている。言ってしまえば、普段と変わらない。ただ、幽霊の行進が長時間にわたった場合、人の温もりを求めてよたよたと移動する。幻聴や幻覚に襲われている間は、かなりの孤独感にさいなまれる。恐らく私以上に孤独を恐れるリアさんらしいと言えば、らしいと言える反応だった。

 最後に、シュクルカさん。彼女の反応は、かなり分かりやすい。だって、


「きゃいんっ……」


 尻尾を股の間に通して丸め、耳を塞いで、全身を縮こまらせる。あらゆる幻聴、幻覚を遮断するような態度を示すわ。ただ、幻覚・幻覚と言うように、感覚を遮断しても幽霊の行進は防ぐことができない。結果的に恐ろしい幽霊の姿を見ることにはなって、


「嫌、来ないで下さい……っ」


 少し可哀想になるくらい、全身を震わせて怯えていた。私たちよりも五感が優れていて、より動物に近い習性も持っていると言われる耳族の人たち。自分ではどうしようもない幽霊に対する本能的な恐怖が、私たちより色濃く出ている、と見て良いかしら。


 ――そういう視点で言うなら……。


 みんなよりも早く幽霊の行進が終わったらしい私は前方、ユリュさんとポトトに目を向ける。


 ――ポトト達はもうちょっと怖がっても良いように思うのだけど……。


 特に、臆病なポトトは慌てふためくと思っていたのに、前回の旅も今回の旅も、ポトトが幽霊の行進に翻弄されている様子はない。


「ポトト、あなた、大丈夫なの?」

『クル? クルールッル?』


 私の問いかけに反応するその姿も、普段と何ら変わらない。


「……まさか、ポトトは幽霊の行進に遭っていない、とか?」


 立ち止まっているのも、みんなの様子がおかしいと感じ取っているからじゃないかしら。

 もしそうだとするなら、私たちとポトトの違いと言うと『魔力』があるか、ないか。あるいは知能や想像力の差、なんかも考えられるかしら。今度、ポトトと話せるメイドさんやリアさんに聞いてみてもらっても面白そうね。

 そんなことを考えていた時、ふと、かぐわしい臭いがしてきた。


 ――この臭い……。


 臭いの出どころを探すと、やっぱり、シュクルカさんだわ。全身を丸くして震える彼女の服と、そのお腹の辺りが濡れていた。恐怖のあまり、と言ったところかしら。私も初めて幽霊の行進に遭ったとき、お腹の下の辺りがきゅんとしたものね。


「こほん。戻りましたお嬢さ……この臭いは」


 幽霊の行進に遭った瞬間どこかに〈瞬歩〉で移動して、ようやく帰って来たらしいメイドさん。すぐに、異臭の正体に気付いたみたい。さっと荷台を見回して、発生源も突き止める。


「後でシュクルカさんには優しくしてあげましょう。あと、彼女の着替えを用意してあげて」

「……かしこまりました。加えて、洗濯用の桶に水を張っておきましょうか」


 少しして、全員が幻覚、幻聴から解放される。同時に、シュクルカさんが自身の状態に気づいて、泣いてしまった。


「えぐっ、えっぐ……。ルカはもう、大人なのに……」

「泣かないで大丈夫です、シュクルカ。仕方のないことではないですか」


 嗚咽おえつを漏らすシュクルカさんを優しく抱いて、なだめているメイドさん。汚れた服はリアさんが洗濯をして、濡れた荷台の掃除は私とサクラさんとで行なう。


「排せつって、大変なのね?」

「お花摘み、ね、ひぃちゃん。そうだよ、旅の時は特に。しかもこの階層、まっ平らで隠れる場所ないし……。って、えっ。今気づいたけど、わたしもどうしよ」


 何かに気付いてしまったらしいサクラさんが、一気に顔を青ざめさせる。


「ねぇ、ひぃちゃん。野営ってする予定ってある……よね?」

「場合によっては、ね。町が多い階層ではないし」

「まじか……。我慢、できるかなぁ……」


 遠い目をしたサクラさんと2人。シュクルカさんの粗相の後始末を続けるのだった。

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