○贈り物って難しいわ

 ディフェールルに来て初めての休日。今日はケーナさんの所で働かなくていいということもあって、私はサクラさんとポトトを連れてディフェールルの中央広場で開かれている臨時市場バザーに来ていた。

 報酬が良いこともあって、ここ数日でお金には余裕が出来た。日割りにした宿代をメイドさんに返済しているけれど、それでも余裕があるほどにね。


「今日こそは、メイドさんに何かを買ってあげられたらいいのだけど」


 ポトトと並んで地面や棚に並んだ商品を眺めながら、目ぼしいものが無いか探してみる。くだんのメイドさんは、サクラさんとポトトが一緒なら大丈夫だろうとどこかに消えてしまった。いつも思うけれど、私がいないとき彼女は何をしているのかしら。

 私のために何かをしてくれているのでしょうけど、できれば危ないことをしないで欲しい。メイドさんが帰って来ないなんて、今ではもう考えられないもの。


「ひぃちゃん、これなんかどう?!」


 と、近くにある服を売っているお店からサクラさんが顔を出す。彼女の手にはほぼ無地の白いシャツが握られている。胸元には、共通語の中でも異質な文字――エイ語が書かれていた。


「良いと思うわ。サクラさんによく似合うと思う」

「違うよっ! ひぃちゃんが着るの!」

「え、私……?」


 てっきりサクラさんが着ると思っていたけど、違うみたい。他人に服を買うなんて、考えたことも無かったわ。そうやって驚く私に、サクラさんが口をとがらせる。


「だってひぃちゃん、服のセンス無いし。ブラもつけてなかったから、無頓着なだけなんだろうけど……。今着てるのだって、お下がりなんでしょ?」


 そう言って私を指すサクラさん。今私が着ているのはいつもの『働いたら負け』じゃなくて、『逃げるが勝ち』と書かれた黒い長袖の服。もちろん、ライザさんの娘さんが着ていた服だった。


「そうだけど……。でも服なんて着られればどれでも同じじゃない。下着だって苦しいだけだし、着けなくても支障は――」

「甘いっ!!!」


 持論を語る私を、サクラさんが一喝する。


「この季節のアールぐらい甘々だよ、ひぃちゃん。服と化粧は女の子にとって、とっても大事なんだよ? 確かにフォルテンシアのブラは、ちょっとあれだけど……」


 それでも、と、サクラさんは指を立てて私に説教をする。メイドさんの癖を真似ているのかしら。それとも、クセが移った?


「見た目は大事なの! ……それとも。死滅神の品位にこだわるひぃちゃんは、見た目で見くびられても良いの?」

「……どういうこと?」


 見た目で見くびられるなんてこと、あるの? 外見なんて、その人の一部でしかないはずなのに。ましてや服なんて。


「今のひぃちゃんはダサい……カッコ悪い死神様に見えちゃうってこと」

「問題ないわ。誰から見られてもいいように、言動には気を付けて――」

「そこ! その見られてるってところに服装も入ってるのっ」


 そう、なのかしら。こんな風にサクラさんが熱心に言うからには、そうなのかもしれない気がしてくる。悩む私に、サクラさんが声量を落として言う。


「何よりわたしが、頑張ってるひぃちゃんが服だけで、みんなに馬鹿にされるのが嫌なの……っ」

「あ、えっと、分かったわ! 分かったから、そんな顔しないでっ」


 突然悲しそうな顔をしたサクラさんに思わず慌ててしまう。私の考えなんかどうでも良くて、サクラさんに悲しい顔をして欲しくなかった。

 俯いて服を握るサクラさんに弁明しようと、私は駆け寄る。


「そうよね、服は大事。見た目も大事よね。メイドさんもそうだけど服が職業を表すこともあるし――」

「はいっ、ひぃちゃん捕まえた~」


 ふいに笑顔になったサクラさんが、私を抱き締めてそう言った。そして身を離したかと思うと、困惑する私をよそに、服と私とを見比べる。


「う~ん……。メイドさんのセンスかもだけど、ひぃちゃんの服、全体的に暗いんだよね~。もっと明るい色も似合うと思うんだけどな~」

「……まさか、サクラさん。騙したわね?」

「えへへ、ごめんね。でも、うん。やっぱりこれと……あった! このジーンズみたいなやつを合わせて――」


 素直に騙したことを認めて、謝ったサクラさん。そのまま、立ち尽くす私と服を交互に見ている。その顔はいつもみたいに楽しそうな笑顔で、私は怒るよりも先に安堵してしまった。


「もう好きにして。サクラさんが選んでくれたものを、私が買うから」


 幸い、臨時市場の価格はどれも安い。ここも古着屋さんで、高くても2,000nぐらい。問題はなさそう。そう思って言った私に、サクラさんは首を振る。


「ううん、わたしがひぃちゃんに買ってあげるの。ひぃちゃんに着てもらうために」

ほどこしは要らないわ。おかげさまで、これでもお金には余裕があるもの。サクラさんは自分の服を買って?」

「う~ん……。分かった! じゃあ、そうするよ」


 サクラさんはポトトと一緒に冒険者としてお金を稼いでいるけれど、まだまだ収入は安定していないみたいだし。ここはフォルテンシアで過ごした年月ではお姉ちゃんである私が、余裕を見せないとね。

 それにしても、私が着るというのに楽しそうに服を選んでいるサクラさん。そんな彼女を見ていると、ふと、妙案が浮かんだ。


「そうだ! サクラさんの服を私が選ぶのはどうかしら?! 例えば……これとか!」


 近くにあった、いろんな色が入ったカラフルな服を選ぶ。お腹に描かれた大きな骸骨が良いアクセントになっている。快活な雰囲気があるサクラさんにはピッタリだと思ったのだけど。


「知ってたけどやっぱりひぃちゃん自身のセンスもダメだよね。うん。ごめんひぃちゃんのセンスだけは信用できないからやめとく」


 早口に、それでいて確固たる意思を思って、断られてしまった。……贈り物って、難しいわね。

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