○命に愛されている
緋色のナイフを見つけた後、もう少しだけ小屋の探索を行なった。探索に夢中で気づかなかったけれど、どうやら1時間近く探索をしていたみたい。小屋を出るころには、朝というには遅い時間になっていた。
「リアさん、お待た……せ……」
とりあえず目ぼしい物を持ち出して小屋を出た私が見たもの。それは、ふかふかの芝生に腰を下ろして肩や頭、指先に小鳥や小動物を侍らせる白髪の美人さんの姿だった。
その美人さんというのはまぁ、リアさんのことなのだけど。木漏れ日の中、優しそうな笑みを浮かべて動物たちに囲まれるリアさんの姿は、
――まるで、命に愛されているみたい……。
そんな感想を抱かずにはいられないほど、とても神秘的な光景だ。白いワンピースドレス風の寝間着姿なのも芝生や木々の緑と対比的で、屋外という場違い感が「触れてはいけない」みたいな雰囲気を出していた。
私の呼びかけに気付いたリアさんが、ゆっくりと紫色の瞳を向けて来る。その瞬間、時が動き出したかのように一斉に動物たちが逃げ去って行った。
「あっ……」
「お帰りなさい、スカーレット様」
「え、ええ。ただいま。それと、ごめんなさい。お話の邪魔をしてしまったわよね……」
どうやら動物と何かしらの形で話が出来るらしいリアさん。今もきっと、何かを話していたんじゃないかしら。なのに、私が……死が近づいてしまったせいで神聖な空間を汚してしまった。その事実を詫びた私に対して、リアさんは白くて細い髪を揺らしながらフルフルと首を振る。
「いいえ、問題ありません。スカーレット様は悪くないです」
「で、でも――」
「悪く、ないです」
無表情に戻って少し強めの口調でそう言われてしまう。気を遣われてしまった私としては申し訳なさで一杯だ。でもこれ以上食い下がっても、時間の無駄でしょう。ここはリアさんの気遣いに甘えておこうかしら。
その代わりではないけれど、私は最大の収穫物である緋色のナイフを見せることにした。
「リアさん、見て。これ、多分だけれどヒノカネと緋石を使った魔法道具のナイフだと思う」
「はい。
「リアさんが」というよりは「フェイさんが」なのだけど、まぁ良いわ。どうやらリアさんの記憶と照らし合わせても、このナイフは特別な力を持っていそう。さっき試しにナイフに魔素を通してみたら、スキルポイントが3減った。少なくとも何かしらのスキルを持つナイフだと見て良いでしょう。
そして、刃物に付与するスキルなんて相場が決まっている。
「見ていてね……」
私は小屋の近くに落ちていた木切れを手に取って、ナイフを振るってみる。すると、一切の手応え無く木切れは両断された。
「やっぱり。恐らく〈切断〉のスキルね」
「はい。つまり、性能は
金属の中でも、ヒノカネやヒスイノカネは全く錆びないことでも知られている。だから硬貨としても使用されているのだけど、こうして刃物にしてしまえば折れにくい上に錆びにくい、そんな最高級の逸品になる。
じゃあどうして、そんな
「まずは大樹の
「分かりました。
私たちは小屋で手に入れた物を分担して持ちつつ、簡易暖炉が待つ寝床へと帰ることにした。
動物と話せるって、私が思っている以上に便利な力だった。なんたって、
「これは青い鳥さんが大丈夫だと言っていた木の実です」
「このキノコは目の周りが白い鳥さんの好物だそうです」
「あ、これは食べてはダメなものです。丸い尻尾の動物さんが言っていました」
怖くて手を出せなかった木の実やキノコの選別を、この森の住人と言って良い動物たちがしてくれる。お肉だけだと、どうしても味気ない。ホムンクルスは食べた物すべてを魔素に分解するから、本当は栄養を考えなくて良いのだけど……。
「やっぱり食事は心でも味わうものよね!」
いつも同じ味・食感のものを食べていると、食事が作業になってしまう。命に対して失礼な態度は、絶対にとりたくない。というわけで、お昼は香りのある木の葉っぱでキノコを包んだ『3種の謎のキノコ 謎の葉っぱ蒸し焼き(味付けなし)』を頂くことにした。
「ちょっと味気ないけれど、これはこれで、なかなか……。それぞれのキノコ本来の香りが分かって、良いわね」
調味料が無い分、やっぱり少し物足りないけれど、十分に満足できる食事になったと思う。午後は『体力』の回復も兼ねて、小屋で見つけた日記を木の洞で読むとして……。
寝床と食事がある程度確保できた現状、考えるべきはこれから先のことだ。具体的には、どうやってこの浮遊島から出て、地上に行くのか。地上に下りたとしても、雪景色の中を寝間着なんていう薄い生地の服で出歩くわけにはいかない。
「小屋があった。つまり、人が住んでいたということよね。なのにその人の姿はない……」
となると、何らかの方法で地上に下りる手段があると見て良いんじゃないかしら。島にはまだ、私たちが調べていな場所も多い。そのどこかに地上へ戻る手掛かりがあるのだとすると、かなりの手間と時間がかかることになる。
――それでも。
キノコを頬張りながら横目でチラリと見遣るのは、黙々と食事を続けているリアさんだ。彼女を巻き込んでしまった私には、無事に生きて帰らせる義務がある。一方で、私には“死滅神”としての使命もある。
畜産では無い、採集の暮らしには限界があるとメイドさんは言っていた。だから人は畑を作ったり、家畜を飼ったり……。長い時間をかけて生活基盤を整えてきた。だけど、私には暢気に農業をしている時間は無い。だって私が浮遊島で足止めを食らっている間、フォルテンシは“死滅神”が居ないと言っても良い状況になっている。
「限度は、1か月かしら」
それまでに帰還の目処が立たなければ、リアさんには悪いけれど、私は自決しようと思う。だってそれが、フォルテンシアのためになるから。
「自決なんてしないで済むようにするためにも、死に物狂いで地上への帰還方法を探さないと」
決意を新たに、私は最後まで残していた極太の美味しそうなキノコを口一杯に頬張るのだった。
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