○小屋を探索してみる

 朝食を頂いた後、私たちは予定通り小屋の探索をすることにした。

 デアの位置からして、時刻は10時頃だと思う。崖の端からは、白銀の大地と鮮やかな海、空と海を割る水平線が見て取れた。


「私が中を探索するから、リアさんは小屋の周りを調べて。使えそうなものがあったら、後で教えてね?」


 私の言葉にリアさんが頷いたのを確認して、私も小屋の中の探索を始める。正直、小屋の周りに目ぼしいものは無い。それでもリアさんに探索をお願いしたのは、崩れてしまうかもしれない小屋の中に彼女を入れないためだ。

 私が持っているスキルには、小屋が倒壊した時にリアさんを守れるものなんてない。しかも私たちは2人とも、宿フィンデリィで履いていた靴底の薄い館内靴だ。歩いたりするぶんには問題ないけれど、とっさに逃げたりといった激しい運動なんて到底できない。だけど、私1人なら〈瞬歩〉で小屋の外まで逃げることが出来る。


「我ながら、良い判断だと思う」


 きちんと頭が回っていることを自覚して、それでも調子に乗らないように。慎重に、小屋の中へと入っていく。


「お邪魔するわ」


 一応、家主にお詫びを言いながら木製のドアを押し開く。ギギギと怪しい音を立てたドアの様子からも、小屋のひなびた具合が分かるわね。光源は日の光しかないけれど、小さな部屋を隅々まで探すには十分過ぎる光量だった。

 いつかの地下室で嗅いだようなかび臭さと、湿気を帯びた木特有の香りが私の鼻をつく。チラリと外から見た通り、窓が割れて吹きさらしになった小屋の中は散々な有様だ。ベッドも棚も、机も椅子も、ついでに床や天井に至るまで。そのどれもが腐って朽ち果てている。私が足を踏み出す度に、床からは不穏な音がする。……いつか、床が抜けてしまうんじゃないかしら。天井が崩れるのも時間の問題でしょう。


「変な音がしたら、〈瞬歩〉を使う」


 恐らく一番大切なことを口にして確認しつつ、入り口から部屋を見渡す。

 大体10m四方の部屋。左手手前には台所、奥に食卓だったと思われる場所がある。右手奥には原型をとどめていないボロボロのシーツと布団がかけられたベッドがあって、右手手前――私のすぐ隣には棚が2つあった。


 ――思いのほか、きちんと生活感があるわね。


 どことなく人の営みの残り香を感じながら、私はまず台所を探す。その目的はナイフを探すためだ。枝を切ったり、獲物をさばいたり。ナイフは万能に使うことが出来る。もしもの時は、武器にもなるしね。


「ナイフでなくても、何か使えそうな物があると良いのだけど……」


 独り言ちながら、金属製の流し台の中を見てみる。そこには、汚れているけれど陶器で出来た食器があった。


 ――やった! これなら洗えば使えそう!


 だけど、喜びもつかの間。嬉々として手に取った瞬間に、どれもこれも割れてしまった。……これ、私のせいじゃないわよね?


「いいえ、むしろもろくなった食器でご飯を食べる方が何かと危険よね?」


 ふぅ。危うく取り返しのつかない失敗をするところだったわ。仕えない食器のことなんて放っておいて、次は流し台の下を確認しましょう。

 両開きの戸棚を開けてみると、腐っていた扉が両方とも外れてしまった。……これも、ええ、仕方がないわよね。私、きちんと慎重に開けたもの。

 気を取り直して、戸棚の中を見てみるけれど、やっぱりこれと言って何もない。ナイフも2本あったけれどやいばびていて、とても使えそうになかった。


「うーん、残念。私の中での本命はナイフだったのだけど……」


 結局、使えそうな物と言えば、縦30㎝、横50㎝くらいの金属製の流し台それ自体でしょう。試しに台所から外れるのかを試してみると、木が腐っていたからか簡単に外れた。しかも思っていたよりずっと軽い。これならリアさんでも持てそうね。しっかりと中を洗った後、底の排水溝を塞いで、小さい桶として活用させてもらいましょう。


「食卓とベッドに何かあるとも思えないし、次は棚かしら」


 私は足元に気をつけながら、出入り口のすぐ右手にあった2つの棚の探索に移る。本来はたくさんの書類があったことが、床に散乱したたくさんの紙片から伺える。だけど長年、風雨の影響を受けたせいで散り散りになってしまっていた。かろうじて四角い形を保っている紙も黒ずんでいて、何が書かれていたのかは、はっきりしないものが多い。


「何とか内容が分かる物は、これかしら」


 私が手に取ってみたのは、棚の引き戸の中に入っていた冊子だ。黒い紐で閉じられた赤い装丁の冊子には、数十ページに渡って絵が描かれている。顔のない、様々な人族の男女が各ページに1人ずつ描かれていて、衣服だけはやけに丁寧に書かれているのが印象的だった。


「いい絵だけれど、これじゃあお腹を満たせないし……。結局、収穫無しね」


 個人的に有力だと思っていた2つの場所が、空振りに終わった。残すは、ベッドと食卓ね。探すとしたら、ベッドとサイドテーブルかしら。


「一応、探しておきましょうか」


 相変わらずギシギシとなる床の上を慎重に歩いて、サイドテーブルへと歩み寄る。と、よく見ればサイドテーブルには上下に2つ、引き出しがあることが分かった。


「お願いだから、何かあってっ」


 一縷いちるの望みをかけて上の引き出しを開けて――開けようとしたけれど、開かない。そう言えば、メイドさんから聞いたことがある。木は水を含んで膨らむことがあるとかどうとか。木造の建物はそうしたことも考えられて立てられていてうんぬんかんぬん。

 メイドさんが得意げに語っていたその内容の詳細は覚えていないけれど、とりあえず湿気を吸えば木は膨らむ。この引き出しも、きっとそれが理由で開かなくなったのでしょう。


「……仕方ない、わよね?」


 さすがにこの小屋を誰かが今も使っているとは思えない。


 ――だったら万が一、家具が壊れてしまっても大丈夫よね。


 手と足を使って力を込められる体勢を整えつつ、


「〈ステータス〉!」




名前:スカーレット

種族:魔法生物 lv.26  職業:死滅神

体力:222/485(+15)  スキルポイント:42/216(+6)

筋力:72(+2)  敏捷:69(+2)  器用:118(+4)

知力:92(+3)  魔力:154(+5)  幸運:28(+1)

スキル:〈ステータス〉〈即死〉〈ナイフ術〉〈瞬歩〉〈調理〉〈掃除〉〈魅了〉〈交渉〉〈スキル適性〉〈状態耐性:病気/微小〉〈果敢〉

状態:〈凍傷〉




 鍛錬のおかげで「2」も高くなった『筋力』を全力で使って、引き出しを無理矢理こじ開けようとする。私はてっきり、突っかかりながら引き出しがゆっくり開くものだと思っていた。

だけど私の予想は大きく外れて、


「え?」


引き出しの前面が大きな音を立てて外れるという結果になった。

予想外の展開に、私は勢いそのままに後ろに倒れる形になる。そしてもちろん、倒れる先には腐って黒ずんだ木製の床があって――私は後頭部をしたたかに打ち付ける結果となった。


「~~~~~~!」


 服が汚れるのも構わず、私は痛む後頭部を押さえながら小屋の床を転がる。今ので貴重な体力が26も持っていかれた。でも、床が砕けたおかげで衝撃をある程度和らげてくれたのが幸いね。もしこれが硬い地面だったら、数倍の『体力』が無くなっていたでしょう。


 ――体力26以上の物、絶対に見つけてみせるわ!


 どちらかと言うと、何かを見つけようと躍起になり過ぎていた自分の迂闊うかつさに涙を浮かべつつ。私はサイドテーブルの引き出しの中を確認する。そこには……。


「何、これ……?」


 真っ赤に燃え盛るような美しい緋色の刀身を持つ、刃渡り40㎝ほどのナイフが収められていた。

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