○特別な力

 24時間近く眠っていなかった私とリアさんは夕食の後、それこそ魔力源を断った魔法道具のようにぱたりと気を失った。だから、眠った時間は覚えていない。

 背中の寒さと息苦しさで目を覚ました時には、朝になっていた。……嘘よ。鳥たちの声で朝だと判断したけれど、本当は朝かどうかなんて分からない。だって私の視界は、リアさんの柔らかな双丘によって塞がれてしまっているもの。

 お互い、寒さで無意識に抱き合っていたのでしょう。息苦しいから身を離そうと身をよじると、リアさんが甘い声を漏らした。ということは、この子、起きてるわね。


おふぁふょうおはようふぃふぁふぁんリアさん

「はい、おはようございます、スカーレット様」

「……。……。……はふぁふぃふぇ離して?」


 極上の枕であり、布団であり、抱き枕でもあったリアさんがようやく離れてくれる。途端に襲ってきた肌寒さに身を震わせた私は、大きなあくびと伸びを1つずつ。目の前には、長袖の白いワンピースドレス風の寝間着を着ているリアさんが居て、いつものようにぼうっと私を見つめていた。


「改めておはよう、リアさん。まずは消えてしまった暖炉をつけましょうか」


 木のうろの中にあった比較的乾いている木の枝を火種にしようと私が格闘している間、リアさんには近くに落ちている手ごろな枝を取って来てもらう。「何かあったら絶対に叫んで」という指示付きでね。

 なかなか火が付かないし、スキルポイントにも限りがある。仕方なく一番燃えやすいだろう衣服の内、上の下着を燃やして一番小さな火種として利用することにした。


「ごめんなさい、トトノさん……」


 私に合う下着を選んで贈り物にしてくれたトトノさんにお詫びをしつつ、ブラに火を点ける。自然由来の繊維にこだわって作られた工房・ルゥの高級な下着だ。ありがたいことに、とてもよく燃えたわ。おかげで火種が出来て、中くらいの火種にも燃え移った。


「戻りました」

「いい時機ね、リアさん」


 折良く帰って来たリアさんから大小の枝を受け取っていくつかを放り込んだ後、残りは暖炉の近くで乾燥させることにした。少しでも燃えやすくなったら良いのだけど。


「さて。次は朝食ね」


 今日もはぐれないようにリアさんと手をつなぎながら、森を歩く。振り返ったところにあるひときわ背の高い木が私たちの戻るべき場所であることも、確認しておく。

 いつもなら、探索が得意なサクラさんと索敵が得意なポトトが食材の確保をすることが多い。そして、見つけた獲物を私が苦しみなく〈即死〉させるのだけど、昨日はリアさんのおかげで運よくソラウサギを見つけられたけれど、そんな幸運が何度も続くとは思えない。


「長い戦いになりそう――」

「スカーレット様。あちらに昨日と同じウサギさんです」

「――嘘でしょ?!」


 リアさんが指し示した先を見てみれば、確かに。少し青い毛皮に丸くて大きな耳。くりくりした丸い黒目を持つ体長1m近くある大きな兎『ソラウサギ』が居た。……何かしら。昨日から、意気込んだ先にリアさんが全てを終わらせてしまう。さすがに「運良く」「偶然」で片づけるわけにはいかない。


「り、リアさん。どうしてそんなに簡単にウサギを見つけられるの? なにかそういう技術をメイドさんから習った?」


 私の質問に、リアさんは首を振る。


「声が、聞こえます」

「ん? 声? 鳴き声とかそういう話?」

「はい。鳥さんたちが噂する声が聞こえます」


 ……それって鳴き声なの? 私にはピピピとか、チチチにしか聞こえないのだけど。もしかしてリアさんって、動物たちが言っていることが分かるのかしら? そう言えば、ジィエルで散歩していたリアさんに初めて会った時。確かあの時は奴隷の『レイさん』と呼んでいたけれど、ともかく。

 リアさんは黒キャルと何かを話していたように思う。当時は彼女がステータスを持っていないなんて知らなかったから〈言語理解〉があるのだと何気なく流していた。でも……。


「もしかしてリアさん。私の知らないところで〈ステータス〉を使った?」

「いいえ。使わない方が良いと聞いています。使いますか?」

「ダメ、使わないで。使うとしても、自分の意思で使いなさい」


 この様子だと、やっぱりリアさんはステータスを持っていない。だとするなら動物の声が聞こえると言うリアさんの力は、説明のつかない特別な力ということになる。そんなことって、あるのかしら。


「スカーレット様。ウサギさんが逃げようとしています」

「あっ、ええ。そうね、まずはありがたく食べさせてもらいましょう」


 いつも通り〈瞬歩〉と〈即死〉を使ってソラウサギに近づく。そして、突然目の前に現れたわたしを可愛い瞳で不思議そうに見上げるソラウサギに、


「あなたの命。ありがたく頂くから」

『キュ……?!』


 逃げようとした獲物を、死が逃がすはずもなく。数秒後には、私の腕には動かなくなった命が1つ、静かに抱えられていた。急いでリアさんの所に戻って、解体に移る。ナイフを持っていないから、ステータス任せのかなり力任せな解体になってしまう。死んでしまった命にむち打つようで気が引けるけれど、解体・血抜きをしないと兎肉でもかなり臭みが出てしまう。


「これも、命を最大限、美味く頂くためよね」


 〈ステータス〉と【ウィル】。その2つを上手く使いながら、私は大きな兎の肉を解体していくのだった。

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