○味付けは塩味で
リアさんを守る、なんて言ったのは誰だったかしら。
「スカーレット様。あそこに洞窟があります」
「スカーレット様。あそこにウサギさんが居ます」
「スカーレット様。あの木の
スカーレット様。スカーレット様。スカーレット様……。私が何かしようと方針を立てると、リアさんが必ず応えてくれる。そのおかげで、私に出来たことと言えばリアさんが見つけてくれた体長1mくらいの大型の兎『ソラウサギ』を〈瞬歩〉と〈即死〉で狩ることくらいだった。
「スカーレット様。
「あ、ありがとう、リアさん……」
そんなこんなで半日が過ぎた。木々の合間から、地平線の向こうに消えていく夕日が見え始める。そろそろ夜をどこで越すのか、私たちは考えなければならなかった。日のある内でも凍えてしまうくらいの寒さだもの。日が沈んだら、
昼間歩き回って見つけた寝床の候補は3つある。最初に見つけた小屋と、リアさんが見つけてくれた洞窟。それから大木の
「最後に木の
さっき外から見た限りだと、入り口はどうにか2人が入れるくらいの大きさだった。中の大きさは分からないけれど、眠る時はリアさんと肩を寄せ合った状態で座って眠ることになるでしょうね。野生動物に気をつけないといけないのは洞窟と同じ、と。
いくつもの可能性と、今ある物を振り返って。
「……よし、決めた! 小屋から簡易暖炉を持ってきて、今日は木の
「はい」
理由は主に、暖炉の熱がこもりやすいだろうということ。洞窟で焚火をするのもありだけれど、乾いた木が無いから焚火は難しいはず。吹き
昼間に歩き回って分かったのは、半日歩き回ったくらいじゃ踏破出来ないくらいには、この浮遊島が大きいこと。とは言っても、これ以上ないくらい慎重に探索したから、小屋があった島の西の端から大体5㎞くらいしか歩けていないのだけど。
「ふぅ。やっと戻って来られたわ」
時刻は午後の5時くらい。小屋に戻ってきた私たちは簡易暖炉を拝借した後、日が暮れる前に急いで木の洞を目がけて歩き出す。迷う心配は、無い。だって、私たちが目指す木は、他の木々とは比べ物にならないくらい大きいから。帰るべき場所が遠目に分かりやすいと言うのも、私が寝床を木の洞に決めた理由だった。
「明日は、明るいうちに小屋の中の探索と補強をしたいわね」
「はい」
「地面はかなり湿り気があるから、足を滑らせて転ばないように気を付けて?」
「ありがとうございます」
「動物を見つけたら言ってね? 朝ごはんのためにも、ソラウサギをあと1匹くらいは狩っておきたいわ」
「分かりました」
高さ5mくらいの木の間を縫って歩くこと10分くらい。遠目でもわかるくらい背の高い木の足元までやって来た。見上げる大木は、ざっと30mはありそうね。木の幹も太くて、横から見たら10mくらいはありそう。
そんな大木の地上3mくらいの場所にある
「ふんっ! んぐぐ……っ」
ぴょんと跳んで木の洞の
「慎重に、慎重に……」
伸びた前歯とクルっと丸まった尻尾が可愛いホホバリーなんかの野生動物も、木の穴に住んでいることがある。驚かせて攻撃してくるようなことがあれば、双方にとって損しかない。他にも、危ない動物や虫が潜んでいることもある。
「【ブェナ】」
何度か火を起こす魔法を使って入念に
ひとまず肩を並べて、洞の大きさを確かめてみる。
「ちょっとだけ、余裕があるかしら?」
表から見えていたより中はずっと広くて、直径3mくらいの球状の空間、といったところかしら。これなら、横になって眠ることも出来そう。それに、簡易暖炉に残されていた炭と、近くで拾った小枝を使って暖炉に火を点けてみたら、私の予想通り。
「良かった、温かいわ」
洞に熱がこもって、外よりかなり温かく感じる。そうじゃなくても風を受けないというだけで、驚くほど寒さがマシになった。決めた時にある程度予想していたけれど、この熱のこもりやすさが、私が洞を寝床に選んだ最大の理由だ。しばらくすれば〈凍傷〉そのものが消え去って、ゆっくりと『体力』が回復し始めるのだった。
寝床の具合を確かめた後は、晩ごはんの時間ね。お昼に狩って軽く下処理をしたソラウサギ肉の残りを、熱々になっている簡易暖炉の上部で焼く。
「
「そう? じゃあ任せるわ。暖炉には絶対に触れないよう、気を付けてね」
意気込んでくれているリアさんに火加減と焼き加減を任せて、私は木の壁に背を預けて休みを取る。ようやく落ち着くことが出来た私の脳裏をよぎるのは、クシさんが言っていたことについてだ。
彼が言っていたことが全て本当だとするなら。クシさんがリアさんをチョチョさんに売りつけた商人さんということになる。しかもその扱いは極悪で、リアさんを痛めつけては治し、痛めつけては治しを繰り返していたらしい。
――許せない。
もし、日常的にそんなことをされていたのだとしたら、リアさんが感情を失う……いいえ、手放すことを選んだ理由も頷ける。そして、その事実をどこかで掴んだだろうメイドさんが怒り狂って、クシさんの腕を切り飛ばしたことも納得だった。
「でも、どうして殺さなかったのかしら?」
私の中での最大の疑問は、そこだ。あの冷酷で、冷血で、どこまでも非情なメイドさんがクシさんを殺さなかった理由。私の知るメイドさんなら、姉妹であるリアさんを痛めつけた人に容赦をするとは思えない。私だって、容赦しない。次に会ったら、多分……いいえ、絶対に殺す。なのに、どうして――。
「――あっ」
そうして私は、気付く。いいえ、心のどこかで薄々は分かっていたのかも。だから、クシさんによるメイドさんへの復讐に巻き込まれたと言っても良い状況に、私は不満を覚えなかったんだわ。だってメイドさんは、私が何度も言って聞かせた言葉、
『可能な限り、殺しは無しで』
という方針に従ってくれただけだもの。もうこれ以上、クシさんが悪さをしないように。生きて罪を償えるように。メイドさんはクシさんの利き腕でもある右腕を切り落とすだけにとどめた。きっと、はらわたが煮えくり返るほどに怒っていたでしょう。その怒りを抑えてまで、私の言葉を尊重してくれた。
「何が『善処します』よ。ちゃんと、従ってくれているじゃない……っ」
思えば。いつからか、少なくともメイドさんは私の知り得る所で人を殺さなくなっていた。オオサカシュンの時でさえ、きちんと私の言葉を待ってくれていたように思う。あの時だってサクラさんを無茶苦茶にされて、心の底から怒っていたのに、ね。
「むしろ私の方が、感情的に人を殺そうとしていて――」
「スカーレット様」
思考の海に沈んでいた私を、優しい声と香ばしいお肉の匂いがすくいあげる。見れば、目の前には美味しそうな湯気を立てる骨付きのウサギ肉と、私をジッと見つめている紫色の瞳がある。
「り、リアさん?」
「晩ごはんです。食べてください」
「あ、ありがとう……」
私が差し出されたお肉を受け取ると、リアさんも私の隣に腰を下ろした。
「「頂きます」」
胸に手を当てて言う食材への敬意を払う言葉が2人分だけ、洞の中に寂しく響く。暖炉の中でパチパチと爆ぜる木の音を聞きながら、私は思いっきり熱々のお肉にかぶりついた。
「はぐっ……。はむぅ……。はふ、はふ……ぐすっ」
「はしたない」というメイドさんの言葉も、「どう、美味しい?」と嬉しそうに聞いて来るサクラさんも、『クルッ♪ クルッ♪』と足元でご飯を頬張るポトトも居ない。久しぶりの静かな夕食で食べる骨付きウサギ肉は、調味料も無いのに、なぜか少しだけしょっぱかった。
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