○着替えましょう、メイドさん!

 ポトトの言葉を通訳したメイドさんの話と、リアさんへの確認をまとめると、こうなる。

 リアさんが目覚めたとき、お手伝いさんが家に居たみたい。彼女たちの働きに奉仕の心が喚起されたリアさんが、思い余って師事を仰いだ。その結果、侍女見習いとして色々教えてもらったみたいだった。


「お手伝いさんって言うと、あれだよね。今までこの家の状態を保ってくれてた、信者さん達」

「そうね、サクラさん。メイドさんと違って、本物の侍女さんだったはずよ」

「種族問わず男女5名ずつ。計10名で構成された家事の玄人の方々です。わたくしも家事について色々と教えて頂きましたね。……ところでお嬢様。わたくしもれっきとした侍女メイドですが?」


 にっこりと笑ってメイドさんが訂正を求めてくるけれど、しないわよ? 普通の侍女はキリゲバと戦ったり、主人に隠れてこそこそしたり、主人をからかったり、主人に「馬鹿」だとか言わないもの。何よりメイドさんは私にとって侍女じゃなくて、友達であり、家族だから。

 メイドさんの視線を無視して、私はリアさんがメイド服姿だった理由をまとめてみる。


「で、その人たちが着ていた服が、リアさんが今着ている服だったのね?」


 リアさんに聞いてみると、彼女は首を横に振った。


「いいえ。あちらの部屋にあった給仕服の1つを借りています」


 言ったリアさんが示したのは、食卓の隣にあるだだっ広い居間だ。その居間から続く扉の1つを、彼女は示して見せた。午前中、さらっとメイドさんに聞いた話だと……。


「あそこって、シンジさんの部屋……よね?」

「はい。イーラの町にお越しになったシンジ様がよく寝泊まりされていた部屋です」


 シンジさんと言うと、メイドさんに「メイド道」なるよく分からない心得を説いた人だったはず。そのおかげで? そのせいで? メイドさんはただの侍女メイドではなくなってしまったのだけど。他にも、メイドさんに服を与えたのもシンジさんだった。

 そのわずかな話からも伺えるように、恐らく、シンジさんは……。


 ――メイドというものが、好きだったんでしょうね。


 好き、で済むのかしら。メイドさんにその道を説いた辺り、ちょっとした執着すら感じるわ。そんなシンジさんの部屋にメイドさんが着ているメイド服以外の服があっても、何ら不思議では無かった。


「メイドさんのメイド服って、確か〈修復〉のスキルを持つ魔法道具よね?」

「はい。もうお察しかと思いますが、リアが今着ている服も。恐らく、部屋にあるメイド服全てが魔法道具と思われます」

「おぉう……。確か〈修復〉のスキルを持つ服ってめっちゃ高いってルゥちゃんが言ってたような……」


 メイドさんの推測に、サクラさんがたじろいでいる。魔石を細かく砕いた後、スキルが機能する量を生地に編みこんで再構成するんだもの。職人さんの手間と技術、もちろん〈修復〉の魔石だってそうそうある物ではない。

 そんなものを、何着も作らせていただなんて。


「ひょっとしてシンジさんも、結構アレな人なのかしら……」

「うふふ。お嬢様のおっしゃる通り、愛にあふれた方でした♪」


 思えば、このメイドさんを生みだして、そのメイドさんが尊敬する人なんだもの。失礼かもしれないけれど、まともな人では無いことは想像できたことだったのかもしれないわ。


「そうだ! メイドさんって、そのメイド服しか着ないんじゃなくて、シンジさんから貰った服がそれしか手元に無かったから着ていたのよね?」


 私の問いかけに、スィーリエを口に運ぼうとしていたメイドさんが「はい」とだけ言って頷いた後、可愛い口で小さなおじさんを咀嚼そしゃくする。おくれ毛を耳にかけながら食べる彼女の仕草はいつも、どこか色っぽいのよね。

 でも、この様子。私の言いたいことに気が付いた様子はない。その代わりに、私の隣に座るサクラさんが手を叩いた。


「……あっ、そっか! ナイス、ひぃちゃん!」

「そうよ、サクラさん! いつものメイド服も悪くないけれど、やっぱり雰囲気を変えるのって大事だと思うの」

「メイドさん、ひぃちゃんと同じくらい素材がいいもん。わたしも前からずっと我慢してたけど、今なら――」


 スィーリエをもぐもぐしながら、ぱちぱちと。瞬きをして私たちを見つめたメイドさんに、私とサクラさんは声をそろえて言った。


「「着替えましょう(お着替えしましょう)、メイドさん!」」




 夕食の片づけを手早く済ませた私たちは、メイドさんを着せ替え人形にして遊んだ。まず驚いたのは、シンジさんが保管していたメイド服の多さね。色・形・雰囲気。それぞれ異なる30種類近いメイド服が衣装棚の中には入っていた。

 もちろん、メイドさんは


わたくしの方で選ぶので、問題ありありません」


 なんて面倒臭さそうに言っていたけれど、その実、恥ずかしがっているのだと私もサクラさんも知っている。だから、唯一メイドさんの背後を取ることが出来る人物――リアさんに、メイドさんを拘束してもらった。

 そして、なんやかんやでリアさんには超絶甘いメイドさんが、ぎゅっと抱き着くリアさんを力任せに振りほどけるはずもなくて……。


「くっ……。リアを使うなど卑怯ですよ、お嬢様、サクラ様!」

「だってそうしないとメイドさん、逃げるでしょう? いつも私を着せ替えて楽しんでいるんだから、今日くらい良いじゃない」

「そうそう、ひぃちゃんの言う通り。女の子はお着替えしなくちゃ……。あ、これとかめっちゃ似合いそう」


 サクラさんが、棚の中から色も様式も見たことがないメイド服を取り出す。どうやって着るのか分からないそれも、サクラさんの手にかかれば一瞬で……。


「じゃじゃん! 和装メイド! というより、はかまメイド? とりあえず弓道着に似てるからなんとなくいけた!」


 白いごわごわした生地の服に、折り目が着いた紺色のスカート。だけど袖や前掛けにはフリルがあしらわれていて、どことなくメイドっぽさがある。


「くぅ……っ。サクラ様、後で覚えておいてくださいね……?」


 リアさんに背後から拘束されたまま、翡翠色の瞳でキッとサクラさんを睨むメイドさん。顔を赤らめて、心なしか涙目のメイドさんは、普段の気高く凛とした姿とは対照的で……。何かしら。前にもあった得も言われぬ高揚感が、私の中に再び湧き上がって来る。……折角の好機。普段のメイドさんが絶対に着ないような服を着せてみたいわ!


「サクラさん。この、ウサギの耳の服はどうやって着るの?」

「うわっ、バニーのメイド服だ?! シンジさんって人のことは軽蔑するけど、確かに。顔も体型も外国人っぽいメイドさんには似合うかも」

「そ、その服は……。それだけはシンジ様の頼みでも着なかった服で……。リア、離しなさい!」

「いいえ。スカーレット様が笑顔で、リアもぽかぽかです。それに今のメイドさんの表情……可愛いです」


 リアさんも楽しんでくれていると分かった以上、もう自重することは無いわよね。


「さぁ、メイドさん。観念して、この服を着て、可愛いあなたを見せて?」

「うさ耳メイドさん……。楽しみっ!」


 そうしてメイドさんが一晩中、私たちにもみくちゃにされる……ことはもちろん無かった。途中、興奮したリアさんがメイドさんの身体をまさぐり始めた隙をついて、メイドさんが拘束から脱出。


「……覚悟は、出来ていますね。お嬢様、サクラ様♪」


 メイドさんらしく、口元には柔和な笑みがあった。あったのだけど、あの目は本気だった。本気で、殺されると思ったわ。結局私とサクラさんは正座させられて、小一時間ほど説教されたことは言うまでもない。……だけど、後悔はしていないわ。だって、拘束が解かれるまで4種類。恥ずかしがり屋なメイドさんが絶対に着ないだろうメイド服を見ることが出来たんだもの。


「次は、あの制服っぽい奴を着てもらおうね、ひぃちゃん」

「そうね。その後はあの水着っぽい物も――」

「まだ。りて。いない。ようですね?」

「「ごめんなさい」」


 赤竜よりも、キリゲバよりも大きな威圧感を放つメイドさんの指示で、私たちはメイドさんとリアさんがお風呂から上がるまでの30分の間、正座させられ続けることになった。

 それにしても、どのメイド服もメイドさんにぴったり合う寸法で作られていた。ただ、胸元にだけ余裕が無かったのは、メイドさんの成長のせいか、それともシンジさんの趣味か。いずれにしても、メイドという存在そのものと、メイドさんに対するシンジさんの愛を感じられるものだった。


「帰って来られて良かったわね、メイドさん」

「いつかわたし達で、メイドさんに『お帰りなさい』って言ってあげようね」


 感覚がなくなってきた自分の足の上に座って。私とサクラさんは青い顔で笑い合った。

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