○こうして冤罪は生まれるのね……
ポトトがやってしまったという証拠を消そうと、リアさんの髪を拾い集めようとした私を、ポトトが背後から踏んづけてきた。そのせいで、私はうつぶせのまま
「だ、大丈夫よ、ポトト! あなたのことは私が守……はっ?! まさかあなた、ここで目撃者である私の口封じをするつもり?!」
『クルゥ……』
「なによ、そのこれまで聞いたことのないくらい深いため息は! 私を黙らせるなんて簡単だとでも言いたいの……あっ、ちょっと?!」
私がわめいている間に、ポトトは足で私を押さえつけたまま、私の上に腰を下ろす。モフモフの羽毛に包まれてしまって、私の声は外に届かなくなったことでしょう。しかも、高級羽毛としても有名な吸湿性と保温性に優れたポトトの羽毛だもの。じんわりと心地よい温かさが私を包む。
――このまま私を眠らせる気ね?!
「くぅ……。ひ、卑怯よ、ポトト! たとえ私を黙らせても、
『クルールッル ルククル』
ポトトが何を言っているのか分からない。だけど、面倒くさそうに何かを言ったことだけは分かる。まさかこの子が悪いことを隠そうとする子だったなんて。メイドさん達が助けに来てくれたあかつきには、きちんと話して聞かせないと。
「はー、なー、しー、なー、さー、いー!」
仕方なく〈ステータス〉を使って抵抗を試みるけれど、ポトトは体重もそれなりにあるし、動物だから『筋力』の数値も高い。私なんかの力じゃびくともしない。
――だけど、私は絶対に屈しないわ!
うつぶせに押さえつけられたまま懸命にもがいていると、ふと。気づいてしまったことがあった。
「……髪は女の命だって、サクラさんは言っていたわ。つまり、ポトトは今、リアさんの命を奪ったと言っても良いわよね?」
『……ル?』
「そして私は、殺しを認めない。たとえそれが身内であってもよ。内外で扱いを変えるようなことがあっては、人々に不公平感を与えてしまうもの」
ここまで言ってようやく、ポトトは私が何をしようとしているのかに気付いたみたい。
『ルッ?! クルールッル?!』
「ポトト。あなたがまさか悪い子だったなんて知らなかったわ。……何か、言い訳はあるかしら?」
『ク クルゥ……』
「そう、無いのね。それじゃあ私から直々に、あなたに罰と
そうして私が罰――「1日食事抜き」を宣言しようとした、まさにその時。
「ただいま~……って、ポトトちゃん? どうしたの、そんなところで丸くなって」
『ククルゥ……!』
サクラさんの声が聞こえたかと思えば、私の上から退いたポトトがサクラさんのもとへと駆けて行く。やがてサクラさんに頬ずりをすると、
『クルールッルルー……! ルッ……クルッ……』
鳴いて、泣き始めた。……情に訴える作戦ね?!
「だ、ダメよ、サクラさん! ポトトは犯人なの!」
「よしよし、泣かないで~。……ポトトちゃんが犯人? 何の?」
「え? それは――」
そう言えば、ポトトの失態を隠すために私は頑張っていたのだと思い出す。そして、現状のまずさに気が付いた。サクラさんに鋏とリアさんの髪の両方を見られてしまうと、ポトトの犯行がばれてしまう。私はとっさに手近なところにあった鋏を背中に隠した。
――だけど、この行為が良くなかったみたい。
「ポトトちゃんが、何の犯人なの?」
「……いいえ、何でもないわ。忘れて?」
「うん、分かった。……ところでひぃちゃん。今隠した鋏と、そこにある白い髪の毛……リアさんのだよね? それ、どうしたの?」
と、サクラさんが不思議そうに聞いて来る。まさかあの一瞬で鋏だとバレていただなんて。さすが数キロ先にあるものも簡単に見てしまう射手ね。しかも、折悪く。
「スカーレット様。今のリアはどうですか? 『簡単にですが』とメイドさんに整えてもらいました」
そう言って、短くなった髪を示しながらリアさんが戻って来る。
鋏を咄嗟に隠した私。床に散らばる大量のリアさんの髪。短くなったリアさんの髪型。そして、私を押さえつけていたポトト。それらの情報が揃えば、賢いサクラさんが誤解を導くには十分だった。
「……もしかしてひぃちゃん。リアさんの髪を切ろうとして、やっちゃった?」
サクラさんが言ったその言葉は、どこか、聞き覚えのある言葉だった。
「で、証拠を消そうとしたところをポトトちゃんに押さえられた、と」
「あ、いや、証拠を消そうとしたのは本当だけれど、そうじゃなくて――」
「大丈夫。大丈夫だよ、ひぃちゃん。わたしと一緒にリアさんに謝ろ? ……半分以上髪切って、許されるかは分かんないけど」
「だから違うのサクラさん! これには事情があるの!」
「はい。髪はリアが自分で切りました」
良いわよリアさん! これで私の誤解が解ける、と思ったのだけど。
「リアさん……っ! 髪を切られたのに、ひぃちゃんを庇って……っ! でもダメだよ。ひぃちゃんには悪いことは悪いって教えないと」
サクラさんは、リアさんが私を庇っているように見えるみたい。事ここに至って、私は気付く。……なるほど。もしかしてさっきのポトトも同じような状況だったんだじゃないかしら?
「はい、ひぃちゃん、謝って。いつもの“やらかし”でしょ? これ以上の言い訳はさすがにちょっと」
「そ、そんなぁ……」
どうやらポトトに冤罪を着せようとした私には、手痛いしっぺ返しが待っていそうだった。
その後、場所を台所近くの食卓に移して、それぞれの謎を解決していく。まずは、リアさんの
『リアがリアじゃない気がして』
という言葉ね。私は、膝の上に座るご機嫌斜めなポトトを撫でてなだめながら、メイドさんの話を要約する。
「つまり、リアさんは自分が『フリステリア』である証が欲しくて、髪を切ったのね?」
「はい。今のリアが、リアです」
目覚めてこの方、リアさんはずっと髪を伸ばしたままだった。だけど新しく貰ったフリステリアという名前を大切にしたい。そんな思いを持って、髪をバッサリと切ったようだった。今の自分がフリステリアなのだと語ったリアさんの顔は、心なしか誇らしげに見えた。
「どうですか、スカーレット様。今のリアは、好きですか?」
夕食として出されているスィーリエ料理を食べる手を止めて、はす向かいに座るリアさんが聞いて来る。メイドさんによって軽く整えられた彼女の髪は、やっぱり、かなり短くなっている。肩に届いていないからサクラさんよりも短くて、これまで会った人だとティティエさんくらいの短さになってしまっていた。髪質の問題で、ティティエさんのように少し跳ねるようなこともなかった。
だけど、こうして見てみると、短い髪型もよく似合っていると思う。それは多分、リアさんという素材が良いからでしょうね。
「とっても良く似合っていると思うわ」
「リアのこと、好きですか?」
「……? ええ、大好きよ?」
その言葉でようやく納得したのでしょう。満足したように少しだけ微笑んで、リアさんは食事を再開した。
「で、次はそんなリアさんの格好の方ね。どうしてメイド服を着ているの?」
真っ白な髪から視線を下ろすと、リアさんが着ているメイド服が目に入る。黒を基調とした、機能美を追求した造形。頭にちょこんと乗る髪をまとめるための丸い帽子。可愛らしさのあるメイドさんの黄緑色のメイド服とは似て非なるものだ。
そのメイド服をリアさんがどうして着ているのか。理由を語ってくれたのは、度重なる謝罪と“撫で撫での刑”で機嫌を直してくれたポトトだった。
『クルルルククル クルルクゥククク――』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます