○名探偵、私!
所信演説を終えて、死滅神関係の人々との顔合わせも済んだ。私の世話役であるメイドさんを残して、“死滅神の聖女”シュクルカさんはウルセウへ。“死滅神の従者”であるカーファさんはエルラへ、ユリュさんはタントヘ大陸沿岸部の町コーロへと帰って行った。
「ユリュさんが去り際に言っていた『
氷晶宮から邸宅への帰り道。夕暮れに差し掛かったイーラの町を歩きながら、私は隣を静々と歩くメイドさんに聞いてみる。
「
この反応から察するに、博識なメイドさんも知らないみたい。あれかしら。その地方ならではの別れの挨拶とか。タントヘ大陸には沢山の魔族が住んでいるのだけど、彼らの多くは移民でもある。様々な文化や言葉が入り混じっていて、共通語を話せない人も少なくないと聞く。
互いを受け入れて生活する「共生」では無くて、あくまでも我を通しながら互いに一線を引いて暮らす「共存」状態にあると言うべきね。逆を言えば、古くから伝わる文化を大切にしているということ。タントヘ大陸は、フォルテンシア
「タントヘ大陸に行くときは、ユリュさんの居るコーロの町を経由することにしましょうか」
「はい。
知識に貪欲なメイドさんは、少しのやる気を見せながら頷いたのだった。
「戻ったわ」
「お帰りなさいませ、スカーレット様」
イーラの南端、海に面した高台の上にある邸宅に帰った私を出迎えてくれたのは、メイド服姿に身を包んだリアさんだった。
メイドさんが着ている服とは違って、基調になっているのは黒の服。前掛けも腰に巻いてあって、メイドさんのように胸まで隠すものではない。フリルも最低限で、頭に乗っているのはカチューシャではなく丸い帽子のようなもの。機能美を追求したような洗練された造りになっていた。
だけど、私も、ついでに隣に居たメイドさんも、驚きのあまり一瞬あっけにとられてしまう。というのも、
「り、リア……。その髪、どうしたのですか?」
メイドさんが恐る恐ると言った感じでリアさんに尋ねる。私たちが驚きを持って見つめるのは、白く美しいリアさんの髪の毛だ。腰まで届いていたリアさんの髪だったけれど、今は耳を隠すかどうかという長さにまで切りそろえられてしまっていた。
「……? 切りました。」
「いや、そんな何でもない風に言われても困るわ?!」
小首をかしげて、簡潔に答えたリアさん。だけど、あれだけきれいに伸ばしていた髪をどうして切ってしまったのか。せめて理由が知りたい私はリアさんに詰め寄る。
「リアさん、どうして髪を切ったのか、答えなさい」
「はい、はさみで切りまし――」
「どうやって切ったのかでは無くて、どうして切ったのか。髪を切った理由を答えなさい」
「はい。今朝、鏡を見たときにリアがリアでないと感じたので、切りました」
私もメイドさんも、リアさんの言っている意味が全く分からなくて困ってしまう。
「……ひとまず、リアは
「え、ええ。その前に、リアさん。サクラさんを見かけなかった? 帰って来ているはずなのだけど」
演説の前、職業衝動に襲われた私が気を失った時に、サクラさんは邸宅に帰ったと聞いている。氷晶宮から邸宅までは歩いて1時間弱。〈ステータス〉を使えば、数分で着いてしまう。だというのに、
「いいえ。サクラ様は帰って来ていません」
リアさんは、サクラさんがまだ帰って来ていないと言う。周囲の地形を把握する〈空間把握〉のスキルを持つサクラさんが道に迷うとは思えない。それに、イーラの町では多少のいざこざはあっても犯罪が発生したことは無いと聞く。つまり誘拐などの事件に巻き込まれたとも考えにくい。となると、どこかに寄り道をしているのかしら。
リアさんのメイド服姿の謎に、髪を切ったいきさつ。さらには、サクラさんの不在。ほんの一瞬の間に3つの謎が出来てしまった。
「とりあえず、ポトトを探しましょうか」
サクラさんは自分の意思で帰って来ていないと考えて良いはず。となると、今は別に焦らなくても良いでしょう。それでも、もうすぐ日暮れの時間だ。夜になると、いくらイーラの町とは言っても凍えるくらいには寒くなる。
――夜になっても帰って来ないなら、探しに行きましょうか。
着ていた黒いコートを脱いだ私はひとまず、最初に目が覚めた広間のような寝室へと向かう。途中、廊下や階段でポトトを呼びながら探すけれど、姿は見えない。
「ポトトー?」
言いながらたどり着いた寝室に、普通の大きさになっているポトトが居た。良かったという安心もつかの間。
「こんなところに居たのね。明かりもつけずに何をして、いる……の」
言いながら。私は暗がりの中、ポトトの足元に広がる大量の真っ白な髪と、ポトトが
そして、演説の前に仮眠をとった今の私の頭は冴えている。
『クルッ? クルールッル!』
私の姿を認めて、ポトトが駆け寄ろうとしてくる。だけど、ここで私が
「ポトト。待って、動かないで」
『クル? クゥルクク?』
素直に私の言うことを聞いて立ち止まったポトト。……そうよね。罪の意識から人に素直になってしまうその気持ち、よく分かるわ。クリっと首を傾けたポトトの可愛さに、ごまかされるわけにはいかない。
「ポトト。さっき私たちが帰って来てみると、リアさんの髪が切られていたの」
『ル? ルゥ』
私の言葉にポトトは頷いた。つまり、ポトトはリアさんが髪を切ったと知っている。ふっ……これで決まりね。
「ポトト。きっとこの答えは私にしか導けないから正直に言って欲しいのだけど……あなた、やったわね?」
『『ルッル』……?』
私の言葉を
『クルールッル クルク クゥルククク――』
「良いの! 全てを話さなくて良いわ。大丈夫、私が黙っていてあげるから」
何か言い訳をしようとするポトトを、私は手で制する。
「きっと、鋏で遊んでいたらリアさんの髪を切ってしまったのでしょう? リアさんは優しいから、『じゃあ』って感じで髪を切りそろえた」
自分で切ったと語ったリアさんの言葉は嘘ではないでしょう。彼女がついた嘘は、その後の「自分が自分ではない気がした」とかいう、よく分からない理由の方ね。自分の髪を切るなんて、相当な理由がないとしないと私は思う。でも、動物を愛し、動物に愛されるリアさんが失態を犯したポトトを庇おうとして髪を切ったというのなら納得できる。だってそうすることが、リアさんにとって最も大切な“尽くす”という行為になるから。
「ちょうど証拠を消そうとしたところに私が来てしまったのが運の尽きね。さぁ、観念しなさい、ポトト!」
『ルゥ……』
「く……っ。可愛く溜息をついて私を見つめても、今回はダメ! もし謝罪がまだなんだったら、まずはリアさんに謝りましょう? それで、後は私とリアさんが黙っていれば問題は解決! 我ながら名案だわ!」
でも、今ここにメイドさん達が帰ってきたらポトトの犯行がばれてしまう。そうなる前に、鋏とリアさんの髪を片付けましょう。そう思って部屋の魔石灯を点けて証拠隠滅の作業を始めようと、屈んだ私を、
『ルッ!』
あろうことかポトトが上から踏みつけて、動けないようにしてくるのだった。
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