○『ひぃちゃん達と一緒には行けない』
そうして迎えた、眠る時間。町の観光に氷晶宮の見学、からの演説、のち死滅神関係者たちとの顔合わせ。そして、リアさんの散髪騒動。これだけ色んなことがったけれど、実は私がイーラで目を覚ましてから2日しか経っていないというのだから驚きよね。
「くわぁ……はふぅ……」
最初に目覚めた大きな寝室。あの時隣に居たのはリアさんだったけれど、今日は、
「それじゃあ、一緒に寝よっか、ひぃちゃん?」
ベッドに寝転びながら、ポンポンと自分の枕元を叩いて私を誘って来るのはサクラさんだ。これだけ広い部屋で1人で眠るなんて、私には出来ない。だから、お風呂に入っている時にサクラさんに添い寝をお願いしたのだった。
魔素の浪費を控えるために、眠る時は空調設備の動力を落とすことに決めた私たち。その代わり、ポトトの羽毛が詰まった分厚い布団をかぶって眠ることになっている。優しい笑顔で誘って来るサクラさんに引き寄せられるように、私も自分の枕へと頭を落ち着ける。だけど、最後に1つ。私には謎が残っていた。
「ねぇ、サクラさん。聞いても良い?」
大きな窓から差し込むナールのほのかな光が照らしだすベッドの
「なぁに?」
「……今日、どこに行っていたの?」
そう。私が職業衝動で気を失ってから帰宅するまでの間、サクラさんはどこかに姿を消していた。普段なら、別段気にすることじゃない。だけど、職業衝動に飲まれていた私はそれでも、きちんと覚えている。
『私とずっと一緒に、居てくれるのでしょう?』
そんな私の言葉に、とても苦しそうな顔をしていたサクラさんを。
夜、帰ってきたサクラさんは良くも悪くも普通だった。まるで、何もなかったみたいに。本当は、余計なことを聞かなくても良いのかもしれない。普通にしようとしてくれているサクラさんに、甘えるべきなのかもしれない。だけど私はもう、サクラさんに我慢をして欲しくなかった。
ベッドの
「今日。あの後ね、ひぃちゃんとリアさんが行ってた浮遊島に行ってみたの」
「浮遊島に? どうやって……?」
どうやって行ったのか。そして、どうやって戻って来たのか。尋ねた私に、サクラさんが枕の下からある物を取り出した。それは、私の目の色とそっくりな、真っ赤な色をした魔石だった。
「それって?」
「これは〈転移〉の魔石。ひぃちゃんは『クシ』って人にこれを使わされて、浮遊島に行っちゃったの」
「クシ、さん……?」
そう言えば、私とリアさんがどうして浮遊島に行くことになったのか。その辺りを、リアさんはぼかしていた。だけど、これで色々と納得ね。私がしくじったせいで、リアさんもろとも浮遊島に飛ばされたんだわ。そして自分がリアさんを巻き込んでしまった。私がそう考えたのだとしたら、すぐに自決しなかった理由も頷ける。何とかして、リアさんを生かそうとしたんじゃないかしら。
私に負い目を感じさせないように、リアさんは発端の出来事をぼやかしたのでしょう。一方で、メイドさんとサクラさんにはきちんと説明していたみたい。私の服のポケットに入っていた〈転移〉の魔石と、リアさん自身が持っていた緋色のナイフは、合流した時に預かったらしかった。
「ついでに帰って来る時はチャッキー……トーラスを使ったの」
「トーラスを? よく外で使えたわね?」
「ふふん。わたし、これでも運動神経は良い方だし? トーラスの使い方についてはハルハルさんからも褒められるレベルだったし?」
そう言えば、サクラさんはたった1日で、難しい「横乗り」を許可されたんだったわ。今日は天気も良かったし、風も強くなかった。トーラスの扱いはお手の物だったという訳ね。
「そう。浮遊島に行っていたのね。でも、何をしていたの?」
リアさんの話では、小さな小屋と木の家しかなかったと聞く。そんな何もない場所に、どうして行ったのか。尋ねた私を、不意に、サクラさんが抱きしめる。
「理由はね~。いくつかあるけど、1つは心の整理のためかな。わたしがこれからどうしたいのかって言うのを、考えたかったの」
「サクラさんが、どうしたいのか……?」
「そう。わたし、ひぃちゃんに一緒に行こって言われた時、即答できなかったでしょ? それが、なんか悔しくて」
私の頭を抱くサクラさんの腕に、少しだけ力が入った気がした。
「……そうは言うけれど、サクラさんはこっち側に来るべきではないわ。あなたには、胸を張ってデアの下を歩いて欲しいもの」
それに、本格的に私と関わるということは、人殺しに加担するということでもある。チキュウに帰った彼女がフォルテンシアでのあれこれに何も負い目を感じなくて済むように。これまでもサクラさんには人殺しから距離を置かせてきたし、これからも関わらせるつもりはない。
「氷晶宮では、あなたに意地悪をしてしまったわ。一緒に居るというのは、常に私と一緒というわけじゃないもの。サクラさんとの大切な約束を利用してしまって、ごめんなさい」
言って、気付く。私は謝りたかったんだわ。サクラさんとの間に結んだ絆を、職業衝動に飲まれて利用してしまったことを、ね。
私の謝罪を、「ううん」と言ったサクラさんが優しく受け止めてくれる。そして一度私を抱くことを止めて、両手で顔を包んで来た。サクラさんの胸元にある私の瞳と、サクラさんの茶色い瞳が再び交錯する。
「じゃあ、わたしも。苦手なりに考えて出した答えを、ひぃちゃんに言うね」
一度目を閉じて深呼吸してみせたサクラさんは、やがて。覚悟を決めた瞳で私を見て。
「わたし千本木桜は……やっぱり。“死滅神”としてのひぃちゃん達と一緒に歩くことは出来ません」
道を同じくすることが出来ないと、そう言葉にしたのだった。
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