○私、至高の料理と出会う

「お待たせ致しました。1品目は『エディナのガーガルム』です」


 調理場から姿を見せたメイドさんによって運ばれてきた1品目の料理は、エディナと呼ばれる黄色い根野菜をガーガ……お酢で漬けたものだった。

 と、メイドさんと一緒に姿を見せたのは、顔にしわが刻まれた老人の男性だ。耳が小さいから少し分かり辛いけれど、種族は垂耳たれみみ族かしら。毛並みも髪の毛も白髪しらがで、恐らく40代後半だと思う。


わしの畑で育った野菜。たんと食べとくれ」


 しわがれた声で柔和に笑うこの男性こそ、私たちを居候させてくれている人、ハザリムさんだった。


「エディナは栄養価が豊富で、甘く、野生の動物たちに大人気だったそうです。そのため、徐々にその数を減らし、およそ30年前に野生では絶滅した。そうですね、ハザリム様?」

「うむ、うむ……」


 なんていうメイドさんの説明をきちんと聞きながらも、私たちはもう既にエディナのガーガルムを口に運んでいる。


「あ、お酢だけど、思ったよりも酸っぱくないかも」

「そうね。食感はシャクシャク、に近いかしら。みずみずしさというよりはぎゅっと繊維が詰まっていて、甘みが濃縮されている感じ。甘さもねっとりというよりはさっぱり。果物では無くて、あくまでも野菜の甘みを感じるわ。その甘さを引き出すためのガーガということね」

『クルッ♪』


 私たちが美味しく頂く一方、ただ1人顔をしかめているのはユリュさんだ。


「しゅ、しゅっぱいです……!」


 目をつぶり、口をとがらせて、感想を口にする。どうやら子供舌のユリュさんには、ガーガの酸っぱさは早かったみたい。逆に、ポトトと一緒で、味付けをしていない蒸したエディナの方を好んで食べていた。


「ちょっとお酢が甘いけど、地球だとピクルスって料理に近いかな?」

「ぴくるす?」

「そそ。大根とか人参とか、キュウリとか。おんなじように酢漬けにして食べる料理」


 そもそも食べ物を保存をする観点から「ガーガルム」も「酢漬け」も出来たと聞く。人が生きる上で創意工夫をしてきた料理は、フォルテンシアとチキュウ。世界を越えても似通ったものになるのね。


「続いてはドルッテという野菜です」


 そう言ってメイドさんがお皿に乗せて運んできたのは、5㎝大の真っ赤な丸い野菜。ぱっと見は、サンドイッチの定番食材。赤くて丸くてみずみずしいティトの実に似ている。だけど、手に持ってみると、その軽さに驚かされる。


「軽っ?! これ、中身が入ってないんじゃない?」

「んふ♪ それがドルッテの正しい姿です。こちらは氷水に浸して、軽く塩をふっただけになるのですが、それだけで十分でしょう」


 ヘタの部分をつまんで、ドルッテをかじってみると……。


 パリッ!


 軽快な乾いた音を立てて、ドルッテが割れた。案の定、ドルッテの中は空洞になっていて、種のようなものが芯の部分に見える。そして、口の中。パリパリと軽い音を立てながら、肝心の味の方を確かめてみると……。


「ん、美味しい! 噛みしめれば分かるけれど、ちょっとだけ苦いのね。でも、ちゃんと甘みもあって。確かに味付けは塩だけで十分だわ。余計な工程を加えると、苦みが引き立ったり、食感を損なってしまうものね」

おっしゃる通りです、お嬢様。なお氷水にさらしたのは、ドルッテの食感をより引き立たせるためですね」


 ついでにドルッテは、軽くて風に吹き飛ばされやすいくせにヘタが細い。しかも、自生していた場所が島だった。


「だから、実が全部海に落ちて、いつの間にか絶滅したって聞いとるなぁ」


 と、ハザリムさんがのんびり解説してくれた。


「ドルッテ……。ちっちゃいピーマンって感じだけど、ピーマンよりも軽い食感で苦みもマシ。これならユリュちゃんでも」

「(パリッ、パリッ)メイド先輩、おかわりです!」


 ユリュさんは軽い食感と苦みが気に入ったらしい。そもそもヒレ族の主食である魚の肝も苦いから、苦みには耐性があるのね。追加で運ばれてきたドルッテを、次々に口の中へと放り込んでいた。なお、お腹を満たせないからポトトには不人気だったわ。


「それでは野菜編の最後に、ちょっとした変わり種を提供しようと思います」


 やや底が深いお皿に乗ってやってきたのは、水滴のような形をした緑色の野菜。大きさは、30㎝くらいかしら。湯気を上げているということは、熱されているのでしょうね。

 と、その湯気に乗って、香辛料が放つ、独特の刺激臭が漂ってくる。それも、いくつもの香辛料が折り重なったような、そんな匂いだわ。私の苦手な辛い料理……のはずなのに。


 くきゅぅ……。


 不思議と、私のお腹が鳴った。そう、不思議と食欲を刺激してくるのよね。この得体の知れない野菜の正体は何なのか。私が問い詰めるよりも先に反応したのは、サクラさんだった。


「め、メイドさん! これってもしかして……!」

「はい、ずっと前にサクラ様からお聞きしていたあの料理に、そっくりかと思いまして」


 メイドさんが出してくれたこの水滴の形をした実の名前は『ザウディ』。生態として、周囲の植物が飛ばしてきた種子や花粉なんかを、身の中にため込むという性質を持つらしい。本来はその匂いを使って動物や虫たちをおびき寄せるそうなのだけど……。


「匂いが複雑で強烈になり過ぎて、敬遠されるようになった、と。結果、種を運んでくれる動物も虫も居なくなって、絶滅」

「さっきから、絶滅する理由が残念過ぎるって思うの、わたしだけ?」


 ザウディの生態についてまとめた私に、サクラさんがげんなりした顔でお皿を見つめる。


「でも、その性質は、人を引き付けるには十分だったようです」

「確かにそうね。少なくともこのザウディは、とっても美味しそうな匂いをしているわ。どうやって食べるの?」


 冷めちゃう前に教えて。フォークとスプーンを手に催促する私に、メイドさんがザウディの食べ方を教えてくれる。


「では、その身を半分に割いてください。その中に、ザウディがため込んだ種子や花粉などがあります。それをすくって、お召し上がりください」

「実を、半分に……?」


 言われるがまま、私はザウディの実を立てて、とんがった部分から指で半分に割いてみる。熱されているおかげで皮自体は柔らかくて、すぐにザウディの実を割ることが出来た。そうして半分に割れたザウディの実から、


「きゃっ?!」


 とろりとした液体が、深さのあるお皿に滴り落ちる。その色は……茶色。ドロドロしているし、見た目も正直に言って、食欲をそそる色じゃない。……なのに。なのに。


「頂きます……っ」


 気づけば私は、その茶色い液体をスプーンですくっている。だって、仕方ないじゃない。実が閉じている状態でも香っていた複雑な香辛料の香りが、実を割ったことで一気にあふれ出してきたんだもの。こんな香りの爆弾を浴びせられたら、見た目なんてどうでも良い。


 ――まさか、香りだけでこの私が屈するなんて……!


 そう思っている間にも、私が持つスプーンは、口へと向かっている。茶色い液体なんて、飲みたくないのに。絶対に美味しくないのに。


 ぱくっ。


 瞬間、口の中で数えきれないほどの植物たちが花開いた。もちろん、それは幻想なのでしょう。でも、そう思ってしまうくらいに複雑な香りが、口の中。そして、鼻の中に咲き乱れる。


「か、辛い……! なのに、どうして?! 止まらない!」

「んふ♪ そうでしょう、そうでしょう」


 満足そうにうなずくメイドさんには腹が立つけれど、料理に罪はない。私は、ザウディの実からあふれた汁を、次々に口に運ぶ。


「ん! やっぱり! メイドさん、これ……カレーだ!」


 ザウディの実の汁を口に含んだサクラさんが『かれー』なる単語を口にする。


「もしかして、チキュウにもザウディの実があるの?!」

「ううん、向こうだと実じゃなくて、料理なの。野菜とか、お肉とかを入れて、もっと手間暇かけてこの味を作るんだけど……」


 チキュウだと香辛料スパイスを数十種類以上入れて作る煮込み料理の工程を、ザウディは自然の中で再現してしまったということ。


「確かに、ここにティトの実の甘みとか、鶏肉の油なんかを入れると、とっても美味しいスープになりそうね」

「ちっちっちっ。あまいぜ、ひぃちゃん。カレーに合うのは白米って、日本人は生まれたときから教えられるから」

「ハクマイ! コメのことね! 確かにあの甘さとも良く合いそう! いいえ、絶対に合う! だけど、そんな都合よくご飯があるわけ――」


 私が見上げる先には、湯気を上げるコメを手にするメイドさんの姿があった。


「上手に、おねだりしてくださいね、お嬢様?」


 この後、私が晒した醜態しゅうたいは、省きましょう。ただ、ザウディとコメの相性は、私が想像していた以上に最高だったと言いきることは出来るわ。同時に、私はこの日、カレーという至高の料理の名前を知ったのだった。

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