○メイドポイント! ……ってなに?

 根源の方舟。生誕神の神殿を表す言葉であるそれを、私はあの巨大な木のことだと思っていた。だけど、その実、合計7つあるドームのすべてが、生誕神の神殿なんだそう。恐らく、フォルテンシアで一番大きな神殿が、この場所じゃないか。そんな風に、メイドさんが説明してくれた。


「では、恒例『その地の特産品を味わおう!』の会です」

「わぁ~!」

「わぁー」

「わ、わぁ~?」

『ルゥ~!』


 メイドさんの掛け声に、私、リアさん、ユリュさん、ポトトが続く。

 場所は、ハザリムさんの家の居間。ナグウェ大陸でも見かけたタタミに置かれた机を、私たちは囲んでいた。


「ちょっと、サクラさん! ノリが悪いわよ?」

「いや、そもそもそんな会あったっけ、って言う疑問が先に来ちゃった」

「これまでもあったでしょ?! ……あれ? あったわよね?」


 各地を旅して、その場所その場所にある特産品を食べてきた気がする。


「そんなことは、どうでもいのです、お嬢様、サクラ様! 美味しいものを、美味しく頂く。それだけで良いではありませんか!」

「メイドさん、たまにテンションおかしくなるよね。別に良いけど」


 腕を組んで私たちを見下ろすメイドさんに、サクラさんがツッコミを入れている。でも、ええ、そうね。メイドさんの言う通りだわ。美味しい物を、最高の状態で頂く。それ以上のことはない。


「それで? ウーラの特産品は何になるの?」


 実は、ウーラの町に来てゆったりとした時間を過ごすのってこれが初めてなのよね。ここ数日、本当にいろんなことがあった。だから、まだこれと言って観光もできていないし、料理を楽しむなんて余裕もなかった。


「ふむ、話を進めるお嬢様の質問、さすがです。メイドポイントを1差し上げましょう」

「やった! ……ところで、メイドポイントって何?」

「さぁ? わたくしも存じ上げません」

「いや本当に、メイドさんのテンションがおかしい?!」


 私とメイドさんとのやり取りに、またしてもサクラさんがツッコむけれど、これじゃあ話が進まない。とりあえずメイドさんの様子には目をつむって、その地の特産品を味わおうの会を進めていきましょう。


「コホン。ではまず、ウーラの町の特色を。根源の方舟と呼ばれるこの場所には、世界各国、古今東西。あらゆる大陸の植物が自生しています」

「ええ、そうね。もし大きな気候の変動があって動物や植物が絶滅しても、このドームの中でだけは生きている。だからこそ、生き物たちの楽園……方舟と呼ばれているのよね?」

「その通りです、お嬢様。よく勉強していますね。メイドポイントをまた1つ、差し上げます」


 人差し指を立てた手を振って、私にメイドポイントをくれるメイドさん。


「つまり、フォルテンシア全ての特産品を、ここでは味わうことができるのです」

「はい、メイド先輩! それじゃあウーラの町の特産品自体は無いみたいに聞こえます!」


 元気いっぱい。皮膜の付いた手を挙げて、ユリュさんが自身の考えを叫ぶ。


「その通りですね、ユリュ。病み上がりなのに頑張っているあなたには、メイドポイントを2あげましょう」

「やりました!」

「むむ、やるわね、ユリュさん……」


 たった1つの発言で、ユリュさんに追いつかれてしまったわ。私もどんどんメイドポイントを稼いでいかないと。……メイドポイントが何なのか。それから、集めればどういう利点があるのかも、知らないけれど。とにかく集められるものは集めたい。だって、大好きなメイドさんの名前が付いたポイントだものね。

 と、ユリュさんに対抗心を燃やしていると、私の隣でスッと手が上がる。袖のないシャツにスカートという、いつも以上に無防備な姿をしているリアさんだ。


「どうしましたか、リア?」

「はい。ウーラでは、場所だけではなく、これまでフォルテンシアにあった植物、動物たちも居ると野菜を売っている方やお肉を売っている方から聞きました」

「ふむ、それで?」

「絶滅してしまって、現在では手に入らない食材。それこそ、リアがスカーレット様に食してもらいたいです」


 お使いに行って、いろんな話を聞いて来たらしいリアさん。彼女の発言に、メイドさんも腰に手を当てて大きく頷いて見せる。


「その通りですね、リア。自分の意見を持つだけでなく、勇気をもって言葉にした。その成長をわたくしは何よりも嬉しく思います。メイドポイントを3あげましょう」

「なっ?!」

「ありがとうございます」


 私よりもユリュさんよりもたくさんのポイントを手に入れたリアさん。羨ましくはあるけれど、メイドさんの言葉には共感できてしまう。ここは、私が頑張ることで挽回しましょう。


「えっと、じゃあつまり、過去にフォルテンシアにあって、絶滅してしまった食材。それこそが、ウーラの特産品だということかしら」

「その通りですね、お嬢様」


 やった! これでメイドポイントがもらえる! 思わず膝立ちになって、何ポイント貰えるのか。期待を込めてメイドさんを見つめる。


「(ワクワク!)」

「本日は数多あまたある絶滅した食材のうち――」

「ポイントは?! メイドポイントはくれないの?!」

「おねだりは効果的に行なってください、お嬢様。わたくしの話をさえぎったため、ポイントはありません」

「そんな……?! くっ……」


 自分の迂闊うかつさに、ため息が出る。腰を下ろしつつ、次の機会をうかがう。


「コホン。本日は数多あまたある絶滅した食材のうちわたくしが厳選した物をお届けしようと思います」

「あ、なるほど。これするために、メイドさんって毎晩、遅くまで料理してたんだ?」

「え、そうなの?」


 サクラさんによって明かされた秘密に、私は思わず聞き返してしまう。マユズミヒロト達の情報を集める傍ら。また、眠っていた私やユリュさんの看病をしながら。メイドさんは、ウーラにある食材の研究をしていてくれたという。


「メイドさん! 私のために……?!」

「お嬢様のためだけではありません、勘違いをしないで下さい。この場に居るみなのために、趣味で、料理をしていただけです」

「わっ、メイドさんが分かりやすく照れてる。可愛い」

「サクラ様? 余計なことは言わないで下さい。メイドポイントを1、減点します」

「とか言って、照れてるくせに~。メイドさんってば、可愛いなぁ~! うりうり」

「……殺しますよ?」

「調子乗りました、ごめんなさい! だ、だから翡翠のナイフは止めて! 本当に、防げないやつだから!」


 メイドさんとサクラさんの仲の良いやり取りに、私の胸のかにあるモヤモヤが大きくなっていく。


「め、メイドさん! 私、もう我慢の限界!」

「おや、こらえ性のないお嬢様ですね。ですが素直で可愛らしいので、メイドポイントを2差し上げましょう」


 私としてはメイドさんとサクラさんが仲良くしている姿を1秒でも短くしたくて、つい口から出てしまったでまかせなのだけど。まさか、メイドポイントを貰えるなんて。『落ちた先に宝箱』ね。


「では、お嬢様のためにも早速調理を初めていきましょう。あ、ついでに。ここまで一切発言をせずに眠りこけていたポトトにはマイナス100メイドポイントを差し上げます」

『ルゥ…… ルゥ……』

「ふむ、殺気を当てられても起きないとは。本当にこの駄鳥ポトトは。後で唐揚げにでもなってもらいましょうか」

「メイドさん、目がガチだ……」


 ポトトに死刑宣告をしたのち、メイドさんは調理場の方へと姿を消す。


「……ねぇねぇ、ひぃちゃん。メイドさんのあれ、なに?」


 正面。机を挟んだ向かい側に座るサクラさんが、声を潜めて聞いてくる。メイドさんの様子が変なことを言っているのでしょう。

 これは、私の推測になるけれど。多分、マユズミヒロトとの因縁が無くなって、やり場のなくなった感情をどこに向ければ良いのか、分からないんじゃないかしら。

 思い出すのは、ササココ大陸にあった別荘での話。これまでは、フェイさんを討った「敵」が居た。だから、メイドさんも頑張って、頑張って。自害することなく、ここまで生きることが出来た。


 ――でも、今は……。


 自分が何のために、どうすればいいのか、分からなくなっている。そんな風に、私には思える。それゆえのカラ元気に見えなくもない。本当は、こうなる前に、私が新たな主人として彼女の生きる意味になってあげたかったのだけれど……。


「私が、不甲斐ないから、かしら?」


 すぐに聞こえて来た調理の音に耳を済ませながら、私は戸惑う従者に想いをせることにした。

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