○魚は魚。でっかい魚よ
ウーラの特産品(野菜)をお腹いっぱい食べたお昼の後。待っていたのは、夜の部に向けた食材確保のための狩りだった。
フィーアさんに事情を説明して、巨鳥トィーラの協力を得た後。やって来たのは、海洋を模したドームだ。半径20㎞に広がる海面は、湖にも見えなくない。深さは4,000mくらいあって、深い海の底でしか生活できないような生き物も安心して暮らせるらしかった。
「ここは、
言うや否や、ユリュさんが意気揚々と水の中に飛び込んでいく。止める間もなかったから服を着たまま飛び込んでしまったあの子は、あとでメイドさんに叱られることになりそうね。
まぁ、でも、水場と言えばユリュさんだというのは間違いない。彼女に狩りを任せて、私たちは入り口付近にある浅瀬と砂浜がある区画で吉報を待つことにした。
「ここでは何を
足元。砂浜を歩く、6本足の甲羅を持った生き物『ザザミ』を見ながら、隣を歩くメイドさんに尋ねる。
「はい。ユリュには『自分が狩ることのできる最大の魚を獲ってくるように』と言ってあります」
「……うん? つまり、ユリュさん任せということ?」
「はい。それもまた一興ではないですか?」
なるほど。これと決めて食べるのも悪くないけれど、ちょっとした運も絡めて料理をするのも悪くないわよね。
「でも、待って。ここって、大きな肉食の海洋生物もいるのでしょう? ユリュさんが食べられたりしない?」
知っての通り、ウーラには古今東西、ありとあらゆる生物が存在している。中には当然、肉食の生物だっているわけで、ユリュさんが襲われないとも限らない。そう指摘した私に、メイドさんがそれはもういい笑顔を向ける。
「良い運動になるのでは?」
つまり、ユリュさんが逆に狩られてしまう可能性も十分にある。そう、
「今すぐ呼び戻さないと! ユリュさーん! 集合ー!」
人工的に造られた波が立つ水面に向けて叫んでみるけれど、当然、返事はない。
「ちょっと、メイドさん! ユリュさんにもしもがあったらどうするのよ?!」
「狩りをするとき、自身もまた狩られることを考えないといけない。それが自然の摂理と言うものでしょう?」
「そうだけど、私が言いたいのはそういうことじゃない!」
せっかく生き延びてくれたのに、すぐにサヨナラなんて。そんなの、あんまりだわ。
「ねぇねぇ、見て、ひぃちゃん! でっかいヤドカリ!」
「サクラさん……今はそんな話をしている場合じゃ……。わっ、本当に大きいわね」
「やどかりではなく『カリズマイ』です、サクラ様。塩ゆでにすると美味しいですよ?」
「むっ、どうしよっかな~……」
手に持った50㎝くらいのカリズマイを持ち帰って調理するか否か、サクラさんが悩んでいる。一方で、海鳥たちと
『キャァ キャァ』
「ふふ、そうなのですね?」
『キィ キィ!』
「ふふっ、それは、
多種多様な鳥たちにたかられているのに、まったく気にした様子はない。むしろ普段の無表情とは違って、とっても楽しそうに話している。
「リアにとっても、ここウーラは楽園なのかもしれませんね?」
「そうね。だって彼女、フィーアさんの娘なんだもの」
生物を愛する生誕神が創り上げた根源の方舟。生誕神の血を引くリアさんと相性が悪いはずもない。鳥たちに続いて、
「……大渋滞ね」
「はい。生誕神様がやって来た時には果たしてどんな混沌が待っているのか。
リアさんもフィーアさんも、罪作りな人ね。動物たちに愛されるのも、それはそれで難点が多いのかも。なんて、私が暢気に考えていた時、リアさんの所に集まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。どうしたのかと思う間もなく、今度は、浜辺に近い水面に大きな水柱が立った。
「な、何ご……と……?」
思わず言葉をこぼしながら見上げた先。デアを模した天頂の魔石灯を背景に、巨大な魚影が見えた。
――魚が、空を、飛んでる……?
だけど、ウルラトーラみたいに、滑空するための羽があるようには見えない。だから当然と言えば当然で、その魚はゆっくりと、だけど確実に、私の方へ向けて落ちて来ていて……。
「ユリュ! あの馬鹿は、本当に……っ!」
メイドさんが苦々しく言ったかと思えば、
「お嬢様、失礼します!」
「ふぇ……?」
私を担ぎ上げる。そのまま動きづらい砂浜を全力で蹴ったかと思えば、直後。私たちがさっきまでいた場所に、大きな魚が落ちてきたのだった。
砂を巻き散らしながら、落下してきた巨体。体長は5mくらい? 頭が太くて尾に向かうほど細くなる、そんな流線型の身体をしている。顔は平べったくて、左右から
――巨体を生かして攻撃してきた……?!
メイドさんの肩の上、魚の方が意図して攻撃してきたと、私は推測する。その証拠に、この魚は砂浜の上でもピチピチ……いいえ、ビタンビタン跳ねていて、生きているのだから。
「メイドさん、これって敵襲じゃ――」
「違います。ただ、あの
考え無しって……。そう言えば、魚が落ちてくる直前、メイドさんはユリュさんの名前を言っていたんだったわ。ということは……。
「死滅神様! メイド先輩! おっきい魚、獲りました!」
砂浜で飛び跳ねる魚の上に器用に乗って。私に向けて手を振るユリュさんが、そこには居た。危うく魚に押しつぶされそうになったけれど、そんなことよりも、病み上がりの彼女が無事で私としては一安心。
「ゆ、ユリュさん! 無事で良かったわ! ……ところでこの魚、どうやって捕まえたの?」
ユリュさんは無手だ。武器は持っていないし〈ステータス〉を使ったとしてもこんなに大きな魚には敵わないはず。と、そう思ったのだけど。
「〈隠密〉と〈遊泳〉のスキルを使って、尾ヒレでえいっ、です!」
「え、えいっ、て、そんな軽く言われても……」
「あとは、弱ったところを呪文でポーンでした!」
えいっ、と、ポーン。水中での出来事を、たった二言で片づけたユリュさん。にわかには信じられないけれど。
「お嬢様。ヒレ族は、水中であれば子供のユリュでも時速60㎞は余裕で出せるのです。しかも水面を軽く3m以上も飛び跳ねる尾ヒレの力。全てを使えば、魚を弱らせるくらいは出来るのではないでしょうか?」
「な、なるほど……」
苦笑しながら言ったメイドさんの言葉で、納得できなくもない。陸上生活に大きな不便を抱える反面、水中では無類の強さを誇る。ヒレ族や
「まぁ、ユリュさんが無事で、魚も獲れたならそれで良しとしましょうか」
「何事……って、何このでっかい魚?!」
騒ぎを聞きつけたらしいサクラさんが駆けつけて来て、ユリュさんが捕らえた魚の大きさに驚いている。
「えっと、メイドさん。この魚は?」
「魚です。いえ、大きな魚ですね」
「いや、だから名前……」
「魚です」
「あ、うす。そう言えばフォルテンシアって、魚の名前に関してはガバガバだったよね……」
魔物でもない限り、魚に名前を付けていたらきりがないものね。いえ、本当は“研究者”の人たちが名前を付けていたりするのでしょうけれど、私たちがその全てを覚えられるわけもない。大切なのは名前では無くて、美味しいか否か。そうでしょう?
「見たところ、白身魚でしょう。ユリュ、この魚はどこに居ましたか?」
「底の方……岩の影でのんびりしてました」
「なるほど。では白身で脂の乗った肉質と見るべきですね。後は帰って試食をしてから考えるということで……」
この大きさ。今日の晩御飯はこの子1匹で足りそうね。現代に生きている魚なのかは分からないけれど、少なくともユリュさんは知らない魚らしい。
――未知の食材が、そこにある。
動物に愛されるリアさんにとってはもちろん。新しい味や食感を求める私にとっても、ウーラという町は宝箱同然だ。それに……。
――ずっと昔の人が食べていたかもしれない物を、味わうことができる。
そう思うと、どうしてだか、胸が躍った。
ついでに。この日獲ったこの魚。身は固いし、変に血なまぐさいし、骨は多いし、油はギトギトだしで、びっくりするくらい不味かったことを付記しておくわ。
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