○みんな笑顔が一番!
野菜、魚、と来たら、最後はもちろんお肉よね。
ウーラに来て7日目。今日中にイーラに帰ることになるから、その前にウーラならでは食材……現代では絶対に手に入らない動物のお肉をありがたく頂くことにする。
今回の食材は『アマルガン』。砂漠に棲む、体高1m、体長4mくらいの大きな生物ね。四足歩行で長い尻尾を持つ。ぎょろりとした目は不気味だけれど、サクラさんからすれば可愛いらしい。やや尖った口は大きく開くことが出来て、獲物を丸飲みして捕食する。
「音や振動などで獲物を捕捉。砂の中を滑るように移動して、足元の砂ごと丸飲みにする。そんな生態を持つそうです」
「実際、そうだったものね。メイドさんが
「さすが死滅神様です!」
「さすが、スカーレット様です」
一切の無駄のない、完ぺきな作戦だったと自負できる。胸を張った私に、お留守番組だったユリュさんとリアさんが目を輝かせてくれる。
「まぁ、アマルガン以外にもでっかいミミズみたいなのとか、サソリみたいなのとか出て来て『あ、死んだな』ってなってけどね」
砂漠ドームで一緒に狩りをしたサクラさんが、要らない情報を口にする。
「『必要以上の狩りはしないでよね!』と、生誕神様も
「ポトトちゃんが居なかったら、多分、ひぃちゃんはまた食べられてたよね……」
「そ、そんなことないわ。〈瞬歩〉と〈ステータス〉。2つを使えば余裕よ、余裕。あと、サクラさん。私は『また』と言われるほど、食べられてない。……食べられてないわよね?」
なんて言いながらも、私たちは着々と調理を進めている。場所は、フィーアさんが暮らす生命の樹。その居住区画にある、調理場だった。だから、当然、この場所の主――フィーアさんもこの場には居る。
「フィーアさん。マユズミヒロト達の様子はどう?」
私がアマルガンのお肉を
「あの子たちなら、まだ、大丈夫よ。しっかりとアタシの世話をしてくれていますわ。この場を整えてくれたのも、あの子たちですわよ? ……リア、これをどうするのかしら?」
「はい、フィーア様。棒状に切ったお肉を
今日のキャラである「お嬢様キャラ」を演じながら、私の問いに答えてくれたフィーアさん。だけど、すぐに彼女の興味はリアさんの作業工程に向けられる。
ああして2人を並んでみると、年の離れた姉妹、あるいはもう、親子みたいにしか見えない。いえ、まぁ、実際に親子と言って差し支えない関係ではあるのだけど……。事情を知らない人が見れば、親と子は逆に見えるでしょうね。
「死滅神様。このお肉は生でも食べられますか?」
私の隣。少し低い台の上で調理を進めるユリュさんが、そんなことを聞いてくる。焼くか、生か。基本的にはそんな生活をしてきた彼女はしばしば、お肉を生で食べようとすることがあった。ここ最近はユリュさんなりにいろいろ勉強をしてその癖も収まっていたのだけど、記憶を失って、再び癖が出て来てしまったらしい。
「ダメよ。基本的に、魚以外のお肉は生食出来ないと思って?」
「あぅ……。じゃ、じゃあ、塩焼きにします」
料理の幅も少しずつ増えて来ていたところだったのに、また、塩焼きから。
――下を向いてはダメよ、
「ふふっ、そうね。だけど、塩焼きだけじゃあ私たちに勝てないかも知れないわよ?」
「あぅあぅ。えとえと、じゃ、じゃあ……」
ユリュさんが、調理台に並んでいる食材や調味料とにらめっこを始める。
実は今回。料理をすることができないポトト以外の全員で、料理対決をすることになっていた。食材はさっきも言ったように、アマルガンのお肉。部位はどこを使っても良くて、味付けや付け合わせも自由。だけど、あくまでもアマルガンのお肉を主役として引き立たせることが条件だった。
「審査員は、フィーアさん……。採食家だからお肉料理を食べないし、見た目重視の一本勝負。絶対にリアさんが有利だよね」
「おや、サクラ様。その発言、なぜかピッタリな
「あ、ありがとうございます。って言うか、その謎のポイント制、まだ続いてたんだ……」
私の背後にある机で調理をするメイドさんとサクラさんも、話しながら手際よく作業を進めている。と、サクラさんの発言を不服そうに拾ったのはフィーアさんだ。
「安心して頂戴。アタシ、その辺りは公平にジャッジして見せますわ?」
調理台に隠れる小さな身体。その全身を使って、公平な判断を約束する。……けれど。
「フィーア様は、リアを選んでくれないのですか?」
「……。…………。公平に、ジャッジして見せますわ?」
「いや、
ほんの少しだけ、娘であるリアさんが有利なことには変わりなさそうだった。
ついでに、優勝賞品はフィーアさんからの金一封100,000n。治療費がかさんでいる私としては、なんとしても手に入れたいところよね。
――お金と言えば……。
建物の修繕費は、フィーアさんが全て建て替えてくれた。生み落とした“職人”の人たちの訓練にもなるから、というのが建前だったけれど、私たちにもマユズミヒロト達にもこれ以上の負担をかけさせたくない。そんな、フィーアさんの優しさがある気がしてならないわ。
あらゆる生物を愛する彼女らしい、なんて考え事をしていたら、ユリュさんと反対側から香るお日様の匂いに気が付いた。
「メイドさん? どうしたの?」
「お嬢様こそ。料理の最中に別のことを考えるとは、不用心ですね。メイドポイントを1、減点します」
「そんな?!」
でも、メイドさんの言う通りでもあるのよね。刃物を扱ったり、火を扱ったり。料理はふとした気のゆるみが、大きな事故になることも多い。私は気を引き締め直して、再度、調理を進めることにする。
「お嬢様が使っておられるのは……すじ肉ですか?」
私の手元を覗き込むメイドさんが、白身の多い肉から部位を言い当てる。
「ええ。全ての部位を美味しく頂く。それが私の信念だもの。人気のない部位をどう美味しく調理するか。それも、料理の
「んふ♪ そうですね。こま切れにして丸める……。王道のハンバーグでしょうか?」
「いいえ。今回はとろみをつけた甘辛いタレを
水分の少ない砂漠に棲んでいたアマルガンのお肉は、どちらかと言うと固めのお肉。お肉自体を柔らかくしているらしいメイドさん、サクラさんと違って、私は口当たりを良くすることに重きを置いている。だからこま切れにして、まずは食べやすさを確保。すじ肉のコリコリとした食感と、根菜のシャクシャク食感で口当たりに強弱をつける。
――フィーアさんもユリュさんと同じで子供舌。つまり、ユリュさんが好きな味付けをしてあげれば、好印象のはず。
だからこそ、ショウユ、料理酒、ガーガ、ほんの少しのお砂糖を使った味付けでまとめる。付け合わせはこの前ユリュさんが気に入っていた甘い野菜エディナと、サクラさんが「タマネギ」と呼ぶ、万能野菜シャック。それから、あえて食感を失わせたドルッテを入れるわ。
加熱すると野菜は苦味や辛味が減って甘くなるって言うのはこれまでの料理で知っているから、きっと甘辛いタレとも合うはず。彩りも良くなるはずよ。
「肉団子、ですね。どのように調理を?」
「油を多めに使って、高温で揚げ焼きにしようかしら。鍋の中でタレも作ってしまって、お団子と合わせた方が、温度にも一体感が生まれるんじゃない?」
「なるほど。油で焼けば表面がざらつくのでタレも絡みやすくなると。……うふふ、美味しそうです♪」
「でしょう? メイドさんの料理も、楽しみにしているから」
その後も、ワイワイと。勝負の割には楽しい雰囲気で料理対決は進んで行って――。
「勝者、フリステリア!」
「うん、知ってた!」
サクラさんが叫んだように、誰もが予想通りの展開で幕を閉じた。……いえ、まぁ、見た目はもちろん、リアさんが作った『アマルガンのお肉を使った花びら丼』が最高に美味しかったのは事実だものね。低温でじっくり時間をかけて火を通したアマルガンのお肉。恐ろしく細かく入れられた隠し包丁のおかげでお肉は柔らかいし、コメの温度で肉の脂が溶け出して……。酸味が聞いたさっぱりとした味付けのタレと、お肉の脂がしみだしたご飯まで美味しく頂ける。そんな逸品だったわ。
でも、メイドさんが作った『ゴロゴロ具材の黒シチュー』も、サクラさんが作った『
「「ご馳走様でした!」」
刃傷沙汰もあったウーラだったけれど、みんなが笑顔で手を合わせて幕引きとなったことを嬉しく思う。やっぱり、美味しいものを食べると、どんな人でも笑顔になれるものね。
「さて。それではお嬢様。イーラに戻り次第、
「アレ? アレって、なに? 何の話?」
「サクラ様がリズポンを倒すための秘策です。……まさかお忘れだったわけではないですよね?」
「も、もも、もちろん、覚えているわ。当然よ! アレよね、アレ。ええ、ちゃんと覚えてる!」
そう言えば、私。サクラさんがどうやってリズポンを倒すのか。その方策を、考えないといけないんだったわ。
「そう、剣よね、剣。さぁ、サクラさん! メイドさんが帰ってくるまで、私と一緒に剣の鍛錬をしましょう!」
「う、うん……。うん、そうだね、ひぃちゃん!」
刻一刻と、サクラさんとの別れの時が近づいていた。
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