○これは投資なの!

 マルード大陸への準備を進める中で、私にとって大きな問題がある。それは、私が目覚めて生まれてから常に頭を悩ませていた問題でもあって……。


「お金が、無い!」


 リアさんの暴走のせいで乱れた寝間着を部屋着に着直して、朝食を食べ終えた私は、叫んだ。私の声にお手伝いさんがびくぅっとなってしまった。彼女に謝りつつ、私は改めて頭を抱える。

 そう。お金がない。正確には、私が自由に使うことができるお小遣いが無い。タントヘ大陸での費用は、パリの収穫しゅうかくで稼いだお金でどうにかなった。だけど、予定よりも長く滞在していたこと。また、想像以上に物価が高かったこともあって、私の資金は底をついていた。

 というわけで、マルード大陸に向かうにあたって私がするべきことはまず「お小遣い稼ぎ」になる。しかも、なるべく短期間で、効率よくお金を稼げたのなら最高。……そう、短期間で、効率よく、お金を稼ぎたいの。その方法を、私はとあるおじさんに教えてもらっているのよね。




 というわけで……。


「やって来たわよ、エルラ!」


 エルラにある神殿に転移した私、メイドさん、サクラさんの3人。スキルポイントの関係上、明日まで滞在することになっていた。とは言っても、エルラでは感覚が倍近く加速される。だから、体感としては2日間エルラで過ごすになるわね。


「そこでエルラ! ってなる辺りが、ひぃちゃんって感じだよね」


 呆れを隠さない声と顔で、サクラさんが私に言ってくる。そんな彼女の姿を横目に私が見上げるのは、エルラ随一の歓楽街。その一角にある賭博とばく店だった。


「短い間に、楽しみながら、たくさん稼げる(かもしれない)なんて……。最高じゃない!」

「今ひぃちゃん、心の中で『かもしれない』って言ったでしょ?」

「この世に絶対なんてないものね」

「よく言うよ……」


 なんて愚痴を言いながらもついて来てくれている当たりがサクラさんよね。ついでにサクラさんもお金が必要らしい。「お金なんて、いくらあっても良いもんね!」だったかしら。サクラさんの場合はお買い物のついでに、ついて来てくれた形だった。


「ひぃちゃんが浪費しないよう、見張るようにメイドさんに言われてるし……」

「浪費? いいえ、これは投資よ。近い未来にお金を稼ぐためのね!」

「……ひぃちゃん、前に大負けしたこと忘れてないよね?」

「確率は揺り戻すもの。前に負けたからこそ、今回は勝てる……はず!」


 もちろん、前回の屈辱的な大敗は忘れてはいないわ? でも、だからこそ、私は賭博に挑まなければならない。苦手を苦手のまま放置するのは良くないし、負けたままというのはどうしても性に合わない。


「さぁ、行くわよ、サクラさん! 金色の未来が私たちを待っているわ!」


 入り口に立っていた店員さんにはちらりと見られたけれど、問題なく通してもらえた。この賭博店の階級は下の上。子供が初めて行くには丁度いい賭博店として、悪いおじさんことカーファさんが教えてくれた場所だ。そのカーファさんと言うと、今頃、メイドさんと2人で大掃除をしているでしょうね。転移した先の神殿がかなり汚れていて、ついて早々にメイドさんが真顔になった。そしてすぐに町に居た衛兵さんを詰問。カーファさんを発見して、説教をしていた。娘さんに怒られるお父さんみたいで、微笑ましいと思ってしまったのは内緒ね。

 ついでに、私が居ない間にカーファさんが殺した人は1人。各種衛兵さんが集めた資料と共に、殺した人物の悪行についても報告してくれている。


『エルラにも法がある。だから普通はそっちで処理するんだが、あいつの時はかなり抵抗があってな……』


 結局、やむなく“死滅神の従者”であるカーファさんが犯罪者を始末したらしい。今の所、カーファさんに対する職業衝動は発生していないから、恐らく彼の判断は正しかったのでしょう。けれど転移陣が復活した今、出来るなら相談して欲しいと忠告をして別れていた。


 ――とはいえ、無理をして捕まえようとした挙句、カーファさんが返り討ちに遭ったら元も子もないし……。


 またしても殺しに対する自分の姿勢が問われている気がするわね。犯罪者とは言え、私の知る限りで人を4人殺しているカーファさん。“死滅神の従者”である彼にフォルテンシアの目が届かないエルラでの名代を任せているとはいえ、人によってはカーファさんに思うところもあるでしょう。ひょっとすると、恨まれているかもしれない。

 けれど、その恨みはカーファさんではなく、彼に名代を任せている私にこそ向けられるべきなのよね。従者が奪った命を背負うこともまた、私の使命。カーファさんを恨む前に、まずは彼に責任を押し付けている形になっている私を恨まないといけない。


「みんながそれを理解していてくれたらいいのだけど――」

「それで、ひぃちゃん。軍資金は?」

「んぁ?! あ、えぇっと……」


 サクラさんの言葉で、私は意識をきらびやかな賭博場へと戻す。


「あはは、変な声。考え事してた?」

「ええ、少し。それよりもお金の話だったわね」


 話しながら、私は自分の全財産が入った布袋を確認する。


「今日のために引っ張り出したへそくりも含めて、25,000n!」

「おぉう、それが全財産なのが何とも……。で、私も一応遊ぶお金として10,000nだけ持ってる、と。今回行くお店の最低金額が5,000n~だから……」


 最低のかけ金で5回。たった5回の勝負。だけど、どうせ増えるでしょうからもうちょっと遊ぶことは出来そうね。


「ふふ、ふふふ……。今日はどの子で遊んであげようかしら?」

「ナチュラルにめっちゃ悪役っぽいセリフ! でも実際は『どのゲームで遊ぼっかな』だもんね」


 この賭博場には回転盤だけでは無くてカードを使った賭け、図柄揃えの魔道具なんかもあったりする。どれでお金を稼ごうか。見渡していた私は、ふと、面白そうな遊戯ゆうぎを見つける。その名も『ねずみ競争』。8匹走るねずみの順番を当てる簡単な遊び。鼠の人気や、賭け方なんかによって配当が決まるらしい。

 前回の教訓で、自分にはあまり賭け事の運が無いことは、なんとなく……。本当になんとなく、察してはいる。自分の性格が賭け事に向いていないということも、薄々、勘づいてはいる。けれど1つだけ。死滅神として、人や動物を見極める目なら養ってきたつもりだ。


「あれなら、ひょっとして……」


 私の足が、自然と鼠競争の方へと動き出す。きっとこの出会いは運命だわ。不思議と、負ける気がしない。

 やがてたどり着いた鼠競争の遊技場。曲がりくねった透明のくだの中を、灰色の鼠たちが走るみたい。途中には障害物や鼠たちを誘惑する餌の罠なんかもあって、競争の結果を左右しそうね。


「おお、フォルテンシアにしては珍しく普通のネズミ。……番号が書かれた服着てて、可愛い!」

「短い灰色の毛に、毛のない黒い1本の尻尾。大きさは20㎝くらいだし『キュウチュウ』でしょうね」


 かけ金の一部はこの子たちの餌に回るらしい。実際、キュウチュウたちの肉付きはしっかりしていて、健康状態は良さそう。競争は大体1時間に1回行なわれていて、この賭博場では40匹のキュウチュウを順繰りに競争させているみたいだった。

 ついでに、私はあまり食する機会は少なかったけれど、場所によってはねずみだってよく食べられる動物だ。言われてみれば、真ん丸としたこのキュウチュウたちも少しだけ、美味しそう。少し臭うけれど肉質は柔らかいと聞くし、香辛料を振って炭で串焼きにしたらきっと……。


「ひぃちゃん?! なんでよだれ?!」

「おっと。じゅるり……」


 いつの間に垂れそうになっていたよだれをすすって、私は改めて出走するキュウチュウたちを見る。サクラさんが言ったように、全員が1~8と番号の書かれた服を着ている。この中でどの子が勝つのかを予想するのね。今は出走準備ということで、透明のくだの前にある広場みたいな場所でくつろいでいる様子。


 ――途中に餌の罠もあるから、元気でお腹が空いていない子を選ばないと……。


 サクラさんと一緒にしゃがみ込んで1人1人と目を合わせ、やる気なんかを見て行く。こんな時に〈言語理解〉のスキルがあれば、キュウチュウたちの気持ちも分かるのかしら。まぁ、会話が成り立つかどうかは、キュウチュウたちの『知力』にかかっているのだけど。


「そういう意味では、『知力』関係なく動物とお喋りが出来るリアさんを連れて来たら最強だったんじゃ――」

「お、おい! あんたら、新入りか?!」


 私たちがキュウチュウたちの様子を見ていると、後方からやや緊張気味の声がかかる。

 振り返って見てみれば、壁にもたれて腕を組んでいる男の子が1人、私たちを見下ろしている。顔の形からして、人間族ね。まだ顔には少し幼さがあるから、10代前半とか半ばとかじゃない? 短い金髪で、お世辞にも良いとは言えない目つきの彼の目は、サクラさんではなく私の方を向いていた。

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