○1か月ぶりは、止まらない

 迎えた、夜。カーテンを開けた窓から差し込むナールの光が、広い寝室を照らす中。私は予定通り、リアさんを抱き枕にして眠りに就こうとしていた。


「リアさん。私、あなたのことを勘違いしていたみたい」


 そうして切り出した私を、リアさんは無言のまま紫色の瞳で見つめてくる。


「私、リアさんって世間知らずで、私があれこれ教えてあげないと、なんて、うぬぼれていたの。だけど、違うのね?」


 あれはタントヘ大陸に着いた頃だったかしら。リアさんの数々の言動が、彼女の聡明さによるものだと気づいたのは。リアさんにはある程度フェイさんの記憶があって、場合によっては他の人の記憶があるのかもしれない。逆に私には、ちょっとした一般常識と、1年にも満たない勉強の成果しかない。


「リアさんは私よりもずっと物事が見えていて、よく考えて行動していた。私なんかよりもっと、ずっと、賢かった。心のどこかであなたを庇護ひご対象だとあなどっていたこと、きちんと謝らせてもらうわ」


 私を見つめるリアさんの目を見て、謝罪の言葉を口にする。けれどリアさんはフルフルと小さく首を振ってみせた。


「いいえ。フェイ様の記憶が戻るまで、リアはシロでした。なので、スカーレット様は間違っていません」

「シロさんだった……? えぇっと……」


 何も知らない、ただ誰かに奉仕するしかない存在だったということなの? そんなことを聞いてみると、リアさんは首を縦に振る。


「何も考えず、何も感じない。そんな『シロ』でした」

「なるほど。その後、色々とあったけれど今は……」

「はい。『フリステリア』になりました。スカーレット様がくれた、大切な名前です」


 ほんの少しだけ口角を上げて、笑ってみせてくれるリアさん。魅力的な彼女の笑顔に、私も思わず笑顔になってしまう。


「そう言ってくれると、嬉しいわね。フリステリアの花は、私の友達が大切にしていた花なの」

「スカーレット様のお友達……?」

「ええ。イチさんといって、私たちと同じ、完成されたホムンクルスだったわ」


 魔法道具の研究が進んでいたディフェールルの町での出来事を思い出すと今も、寂しさと悲しさと、やるせなさが蘇って来る。


「……スカーレット様。リアの胸を使いますか?」


 暗い想いが顔に出ていたのでしょう。リアさんが寝そべったまま腕を広げて、その柔らかな肢体へと私をいざなってくる。思えば、こうした気遣いも彼女の観察眼と、聡明さが根っこにありそうね。奉仕したいという自らの強烈な欲求だけで行動していた「シロさん」「レイさん」と違って、リアさんはきちんと相手の気持ちを考えた行動をしようとしている。たまに奉仕の気持ちが暴走することもあるけれど、やめてといったらきちんとやめてくれる。


 ――こうして見ると、まだまだ自分のことで精一杯な私が一番、姉妹の中で幼いのでしょうね……。


 相手の気持ちを考える。相手がして欲しいことを察する。そうした能力は、メイドさんやリアさんがずば抜けている。メイドさんなんて、たまに未来予知に匹敵する予測力を見せてくるもの。……私の行動が読みやすいというのもあるのかもしれないけれどね。その点、私はまだまだ相手をおもんぱかることが苦手だ。

 だけど、私は立場上、幼いままではいられない。目覚めてから……この世に生を受けてから1年しか経っていないなんて、他の人には関係ないもの。1日でも早く一人前になって、フォルテンシアに生きる全ての生き物から苦痛や悲しみを取り除いてあげないと。


 ――甘えてばかりじゃ、ダメよね。


 全てを包み込んで、受け止めて、許してくれる。そんなリアさんの甘美な誘いに首を振って、私は自分の弱さを否定する。


「ふふっ、気を使ってくれてありがとう。だけど大丈夫よ。この想いは、私1人で受け止めないと」


 抱擁ほうようを拒否した私の態度に、腕を伸ばした姿勢のまま2度3度と瞬きをしたリアさんだったけれど。


「分かり、ました」


 やや残念そうな顔をして、腕を引っ込める。もしかして久しぶりの再会にリアさんが抱き着きたかっただけなんじゃないか、なんて邪推をしてしまうけれど、まさかね。それよりも私は、最初にリアさんに謝った目的を話さないと。


「リアさん。以前聞いたかもしれないけれど、あなたの記憶の中に召喚者をチキュウに帰す方法はないかしら?」


 実はこの質問、破壊神のギードさんにもしていた。けれど、彼の答えは「すまんが、知らぬ」だった。ダメもとだったとはいえ、フォルテンシアの生き字引と言って良いギードさんですら知らなかった。その事実は、結構こたえている。


 ――とは言っても、人の興味はそれぞれだもの。


 フェイさんもかなり研究が好きだったみたいだし、彼にはシンジさんという召喚者の友人が居た。私と同じように、故郷に帰してあげたいと考えて、色々と研究していたかもしれない。

 そんな私の淡い期待も、首を振ったリアさんによってあっけなく消え去る。……まぁ、そうよね。ナグウェ大陸の中央図書館にも無かったんだもの。そうそう簡単に見つかるわけがないわよね。って言うかそもそも。シンジさんはフェイさんを助けるためにわざわざ職業ジョブを獲得するくらい、フォルテンシアに入れ込んでいた。シンジさん自身が帰りたいと願っていない――。


「あれ、そう言えば……」


 ――サクラさんって、チキュウに帰りたいのかしら? 


 なんて考えて、私はすぐにかぶりを振る。私が「帰りたい?」と聞いても、優しいサクラさんは本心を言ってくれないでしょう。となると、必要になるのは私の姉妹が大得意な相手の気持ちを考えることだ。でも、私にはまだその技術がない……。


「スカーレット様は、サクラ様をチキュウへと帰したいのですか?」


 と、折よく、リアさんがそんなことを聞いてくれた。その質問の意図は、サクラさんがチキュウに帰りたいかでは無くて、私がサクラさんをチキュウに帰したいのか。これなら自分のことだから、簡単に答えられる。


「ええ。だって、大切な家族が待っているはずだもの」


 家族って、大事。ナグウェ大陸に行く直前、私は自分の起源を知ることができた。メイドさんやリアさんとの確かな繋がりがある。ちゃんとした生まれがある。たったそれだけのことだけど、なんというのかしら。私がこの世界にきちんといるのだと、居ても良いのだとそう言われたような気がした。


 ――地に足が付く、というのかしら?


 だけど、召喚者であるサクラさんにはそれがない。私との約束が彼女の中でどれほどかは分からないけれど、きっと、家族のつながりには遠く及ばないと思う。どこまで行ってもサクラさんにとってこの世界は訪問先で、私たちは訪問先に居た現地の人でしかないでしょう。


「それに、サクラさんには……」

「……?」


 中途半端に言葉を止めた私を、首を傾げたリアさんが見つめてくる。……ええ、そうね。サクラさんには、悔しいことに私以上の親友『アマシキシズク』さんが居るんだもの。小さい頃からずっと一緒だったと聞くし、サクラさんにとって欠かせない存在であるはず。そんなシズクさんを放って、フォルテンシアで一生暮らす……。


 ――あり得ないわね。


 サクラさんは、とっても義理堅い。フェイリエントの森で助けただけでしかない私を友達と呼んで、いつも支えてくれている。そんな彼女が、一番の親友を悲しませたままの現状を容認しているとは思えない。


「やっぱり、サクラさんにはチキュウに帰ってもらわないと!」


 本人の意思は、関係ない。私がサクラさんを居るべき場所へ帰したいの。それにきっと、サクラさん自身も内心ではそう思ってくれているはず。


「スカーレット様は、サクラ様をチキュウに帰したい……。分かりました」


 暗闇の中、無表情ながらに紫色の瞳をきらりと目を輝かせたリアさん。


「リアも、お手伝いします」

「ええ。メイドさんにも協力してもらって、私たちでサクラさんを大切な人たちの所へ帰すの! だけど……」


 サクラさんをチキュウに帰すということは、もう2度と会えなくなるということ。みんなを明るく照らすデアのようなサクラさんが居ない。そんな未来を想像して痛む胸を、服をぎゅっと握ることでどうにかこらえる。

 現状、チキュウに帰るための手がかりになりそうなのは昨日行った“異食いの穴”くらいしかない。フォルテンシアで最も情報が集まるアクシア大陸の、最も情報が集まる冒険者ギルドで働くアイリスさん。彼女からの目ぼしい情報も今のところ届いていない。もし他に手がかりを求めるのなら、私が唯一訪れていない場所を訪ねるしかない。それこそ、私たちが今いるハリッサ大陸の裏側……マルード大陸とかね。


「まだあそこに居るフォルテンシアの敵は殺せていないし……。決めた!」


 次の目的地をマルード大陸に決めて、私は目をつむる。マルード大陸も、ハリッサ大陸に負けず劣らずの極寒の地だ。そこを訪れるには、色々と準備が必要になって来る。滞っているイーラの執務もこなさないと。また明日から、忙しくなりそうね。


「だから、んっ……リアさん? 服の中をまさぐるその手を止めて? 今日は寝かせて欲しいわ」

「いいえ、リアがご奉仕した方がよく眠れます。スッキリです。なので――」

「あ、んぅっ、ちょっ、どこを……そこはっ、はんっ?!」

「ふふっ。スカーレット様、可愛いです」


 1か月ぶりのリアさんの暴走は、私が気を失うまで続いたのだった。

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