●ちょっと寄り道 (タントへ大陸→マルード大陸)

○大好きな人、大好きな場所

 “異食いの穴”を調査した翌日のお昼。助け出した女性2人を含む私たち6人は、とある方法を使ってイーラの邸宅に帰って来ていた。女性たちにはとりあえず先にお風呂に入ってもらっていて、今後の身の振り方を考えてもらうつもりよ。ヒレ族の人たちもそうだったけれど、タントヘ大陸の人々はあまり死滅神を恐れない傾向にあるみたい。助けた2人も私が死滅神だからと言って、特段、嫌厭けんえんするような様子はなかった。


「で、本当にその迷宮には何もなかったんだ?」

「ええ、そうなの! ありえなくないかしら?!」


 私の頭上。膝枕をしてくれているサクラさんに、私は愚痴をこぼす。久しぶりのサクラさんの声、匂い、柔らかさ。メイドさんともリアさんとも違う、親しみやすさから生まれる安心感が私を包み込む。

 少なくとも私視点では何もなかった“異食いの穴”。というより、そもそも、覚えている情報があまりにも少ない。一方で、中の安全は確認できた。


 ――召喚者以外は無事に帰って来られている。じゃあやっぱり……。


 やっぱり“異食いの穴”での数少ない記憶――お花畑と細い川に、何か秘密があると見て良いかしら。召喚者が入れば中に魔物が出現するのかと思ったけれど、その場合だと、他の面々が何事もなく帰って来られている理由が思いつかない。残る可能性は、召喚者だけに作用する罠がある、とかかしら。


「お嬢様、紅茶です」

「ありがとう、メイドさん!」


 サクラさん成分をしっかり吸収した私は柔らかな膝を離れて、身を起こす。そして、ソファの前にある座卓に置かれた紅茶を一口、頂くことにした。

 と、身を起こした私の膝に飛び込んできたのはユリュさんだ。衝撃で手に持った紅茶がこぼれる……ことはない。私も、ある程度ユリュさんの行動が分かるようになっている。


「えへへ~、死滅神様のお膝、頂きです!」


 私のお腹の方に顔を向けて、満面の笑みを浮かべるユリュさん。飛び込んできてしまったせいで彼女が着ているワンピースが乱れてしまって、黒い筒のような下着が見えてしまっている。


「ユリュさん? お尻……尾ひれの付け根が見えてしまっているわ?」

「いいんです! むしろ見せています、見てください!」

「あなたそれ、ただの痴女じゃない……」


 紅茶を置いてスカートのすそを直してあげつつ、恐らくタントヘ大陸で一番の功労者である彼女を甘やかす。彼女が居なかったらシャーレイから逃げられなかったし、そもそも、第2層の探索にもっと時間がかかっていたでしょうね。


「いいなぁ、ひぃちゃん。ユリュちゃんに甘えてもらえて。私なんて、まだ目も合わせてくれないもん」

「え、そうなの? ……ユリュさん、サクラさんとも仲良くしてあげてね?」

「『サクラお姉ちゃん』って呼んでくれても良いよ?」

「い、いえ、結構です……」


 サクラさんに話しかけられた途端、私のお腹に腕を回して顔をうずめるユリュさん。サクラさんに慣れるまで、もうしばらく時間がかかりそうね。

 すげなく断られてサクラさんも落ち込んでいるんじゃないかと思ったけれど、そうでもないみたい。むしろ「か、可愛い……」なんて言って、ユリュさんをじっと見つめている。そんなサクラさんの様子になぜか胸がざわついた私は、タントヘ大陸での思い出話に話題を戻す。


「それでね……」

「うんうん」

「あ、それと……」

「へぇ~」

「ギードさんが……」

「え、そうなんだ?!」


 私の話を、表情をころころ変えながら楽しそうに聞いてくれるサクラさん。時間にしてほぼ1か月。お互いに何をしていたのか、話を交換するだけで、時間と紅茶とお菓子が消えて行く。いつの間にか2時間くらいは話し込んでいたことになるのかしら。


「で、こうして帰ってきたわけ」

「ふむふむ、なるほどね。じゃあ帰りはクシが持ってた〈転移〉の魔石を使ったんだ?」


 そう。サクラさんが言った〈転移〉の魔石こそ、私たちの切り札だ。私が胸に提げていたネックレス。そのネックレスについていた赤い宝石こそが、イーラに……イーラの頭上にある浮遊島へと繋がる〈転移〉の魔石だったの。


「そう。昨日は浮遊島のログハウスを借りたの。で、あとは地上に飛び降りるだけ」

「あ~、ね。別荘の時にしたダイブと同じことしたんだ? 【フュール・エステマ】だっけ?」

「そう、さすがサクラさん! 話が早いわ!」


 メイドさんが私たちを風の魔法で受け止めて、無事に帰還することが出来ていた。この時にも、ポトトが頑張ってくれたわ。私とメイドさん以外の3人をポトトが背中に乗せて、飛び降りる。すると、ポトトの羽毛とはばたきが少しだけ落下の勢いを殺してくれたみたい。ユリュさんを始め、初めて飛び降りる全員が気を失わずに済んだという裏話があるわ。これと同じことを、ササココ大陸の別荘に着地する時にアイリスさんもしていたわね。空を飛べないポトトだけれど、地上まで安全に人々を運ぶという仕事はきっちりこなしていたのだった。


「なるほどね~。行きは1か月、でも帰りは一瞬だったんだ?」


 サクラさんの言葉に、私は大きく頷いて見せる。すぐに帰ることができる算段があったからこそ、私は使命を果たすついでに大迷宮の第3層まで潜っていたのだった。


「う~ん。大迷宮の話を聞いて『行ってみたい!』ってなるの。やっぱりわたしもフォルテンシアに毒されてるのかな?」


 私が渡した〈転移〉の魔石を指で転がしつつ、サクラさんがぼんやりと呟く。


「そう? 美しい景色を見たいと思うのは、自然なことだと思うけれど?」

「あ、うん。景色はもちろんだけど、わたしとしてはティティエさんと一緒。どこまで自分がいけるんだろうなって思っちゃった」


 チキュウには、いわゆる未開の地が無いらしい。どこもかしこも人の手が入っていて、空のずっと高い所にある映像機器カメラがあらゆる場所を撮影している。フォルテンシアではまだまだ写真の技術は未発達――〈模写〉〈投影〉なんかのスキルを使う方が早いから――なことを考えると、チキュウの技術体系がどれだけ進んでいるのかが分かるわね。


「その点、フォルテンシアにはまだまだ私が知らない場所がある。誰も行ったことのない場所がある。そこに行けるティティエさんは、ちょっとうらやましいかも」


 もちろん、海を自由に泳げるユリュちゃんもね! と、ユリュさんに話を振るサクラさん。だけどユリュさんはもうとっくにすやすや寝息を立てていて、私たちの話は聞いていない。彼女の紺色の髪にサクラさんが優しく指を絡めると、ユリュさんはくすぐったそうに身をよじる。私もユリュさんのプニプニのほっぺたをつまんで見る。この柔らかさ、リアさんの身体と同じか、それ以上なんじゃないかしら。子供の肌は質感からして違う、なんて言うけれど、確かにその通りね。


「そう言えば、リアさんはどこに行ったの?」

「ん? さっき、メイドさんから大迷宮に居た時の服の洗濯を頼まれてたし、その作業してるんじゃない?」

「そう。今日は彼女と寝ようと思うの。リアさんと一緒だと、よく眠れるのよね」

「分かる! あ、その話で思い出したんだけど、少し前……」


 庭先で丸くなってあくびをしているポトトを居間から眺めながら、私とサクラさんは再び他愛のないお喋りに興じる。途中、なぜか機嫌のよさそうなリアさんと、お菓子を作って持ってきてくれたメイドさんを交えながら。

 私は大好きな人たちと、大好きな場所で、久しぶりの気の置けないやり取りを満喫するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る