○勝てるはずない!

 戦闘の始まりは、赤髪青ローブ姿の魔法使い、ハルハルさんによる魔法だった。

 そもそも魔法は、スキルと現象との橋渡しをしている魔素に直接働きかける特定の言葉の羅列のことを言うわ。少量の水を生成したければ【ウィル】、火種を作る【ブェナ】、風を起こす【フュール】。この辺りが一般的な物かしら。そんな魔法について研究している人を、魔法使いと呼ぶ。

ハルハルさんの職業ジョブはケーナさんと同じ“研究者”。他にも“究めるもの”“探究者”、呼び方は様々だけど、とりあえず、何かを突き詰めて調べることを役割としている。ファウラル出身のハルハルさんは、地元に伝わる魔法について研究しているらしい。その成果が、これから明かされる。

 場所は、シブヤの町に似た、すくらんぶる交差点のど真ん中。洞穴ほらあなの中のはずなのに晴れ渡って見える空に向けて、ハルハルさんが両手を伸ばした。


「【ル ラ ブェナ ッテル ィクィリ フュール ホゥル エステマ】!」


 フォルテンシアにもとからあった言葉、よね? 物、人、小さい火……「ッテル」と「ィクィリ」は地方語かしら。意味は分からないわ。フュールは優しい風、ホゥルも分からなくて、エステマは「もっと」という意味ね。

 私がそれぞれの単語を分解していると、ハルハルさんが見つめる先に巨大な火の玉が出来上がる。遠目でも大きいと分かるから、直径10mくらいかしら。宙に浮いていた金属の箱と同じくらいの大きさだった。


「【ホゥル ホゥル エステマ カカ ブェナ】」


 ハルハルさんの言葉で、大きな赤い火の玉が小さく、小さくなっていく。すると、火の玉の色が青っぽくなった後、ゆっくりと白色に近づいていく。


「……みんな、準備は大丈夫?」


 両手を掲げた姿勢のまま顔だけ振り返って、戦闘を始めて大丈夫かとハルハルさんが聞いて来る。その問いに答えたのは、ショウマさんだった。


「ああ、やってくれ、ハルハル!」

「分かった! 【フィァズッティエルトレィリ】!」


 ハルハルさんが叫んで、両腕を振り下ろす。すると、小さな白い球はふよふよと宙を漂って、正面100m先にある巨大な建物へと向かって動き出した。


「次に……【デェルスハフペリノ フー】!」


 今度は人族の頭くらいの大きさの赤い火の玉を作り出して、前方に飛ばす。赤い火の玉は、さっき飛ばした白い火の玉を通り越して、建物の壁面に着弾した。同時に、大きな爆発音とちょっとした振動が発生する。


「敵が来るぞ、全員、警戒!」


 ハルハルさんが後に使った魔法が、金属の蛇をおびき寄せるための振動を起こすものだ。蛇は振動を感知して襲って来るんじゃないか。そんな私たちの予想が的中していることを、小さく揺れ始めた地面が教えてくれる。


「もう一回! 【デェルスハフペリノ フー】!」


 同じく小規模な爆発を起こす火の玉を、同じ場所に撃ったハルハルさん。火の玉が建物の壁を焼いた、直後。立っていられないくらいの巨大な揺れが私たちを襲う。


「……き、来たわね」


 隣に居るポトトを支えにしながら私は1人で呟いて、交差点の観察を続ける。数秒間続いた揺れが収まって、刹那せつなの静けさがシブヤを包む。けれど、それは一瞬だった。

 大量の土砂と土煙を巻き上げながら、巨大な金属の蛇が地面から飛び出す。場所は私たちが誘導した通り、交差点で一番目立つ大きな建物だ。そして、地中から現れた蛇が鎌首をもたげた、瞬間。


「全員、耳を塞いで地面に伏せろ!」


 事前の打ち合わせ通り、ショウマさん達の徒党と、メイドさん、サクラさんが身を低くする。私も耳を塞いで、地下の入り口になっている壁の影に隠れる。

 地中から飛び出した蛇に、ハルハルさんが使ったフィァ何とかという魔法が触れると同時。


 ――世界が熱と音に包まれた。


 地面の揺れもさることながら、身体を打ちつけてくる凄まじい音が全員を襲う。体感にして10秒以上。実際の時間はほんの一瞬でしょうけれど、迷宮は光と音と熱に包まれることになった。

 これだけの爆発だ。実は魔物を倒せたんじゃないか。そう思って、恐る恐る壁から頭を出して交差点の様子を伺う。そこには、身体の表面を黒くしながらも余裕を持った様子で身をくねらせている金属の蛇の姿があった。


「――! ――!」


 ショウマさんが何かを叫んで、蛇に向かって駆け出す。それに続くのが、深い茶色の毛並みが印象的な丸耳族の斧使いキィクさんだ。少し後ろについて前衛と後衛の両方を支援するのが長身族の槍使いサハブさんと、私たちの頼れる侍女、メイドさん。後方にはポーションを飲んでスキルポイントを回復するハルハルさんと、弓をつがえるのがサクラさんが居た。


「やっぱり、大きいわ……」


 改めて見てみると、金属の蛇の大きさがよくわかる。頭は地上20mくらいの位置にあって、まず絶対に届かない。そこから5mくらいの箱が連なるようにして胴体があるのだけど、胴回りの太さも3mはありそうだった。赤く光るヒノカネがあるのは、頭の付け根の部分ね。あれを破壊することが、今回の作戦の目標になる。

 巨体に向かって行く人たちは、どうしても小さく見える。あれだけたくましく、格好良く見えたショウマさんの背中ですら、巨体を前にすると小さく見えた。


「「おおおぉぉぉ!」」


 ようやく戻ってきた聴覚が、蛇に立ち向かうショウマさんとキィクさんの声を拾う。だけど、そのすぐ後に返って来た音は、剣と斧が鋼鉄の身体にはじき返される甲高い音だ。


「移動スキルがある方は、関節部を狙いましょう!」


 珍しく声を張っているメイドさんの姿もある。すぐに私の視界から消えた彼女を探すと、地上10mくらいの場所に居た。翡翠のナイフを振るったその場所は、蛇の身体を構成している金属の箱と箱の間にある可動する部分だ。美しい剣筋が描かれて斬られた蛇の身体の中からは、血液ではなく色とりどりの金属の紐のようなものが飛び出している。あれは……なにかしら?

 メイドさんに斬られて身をよじった蛇だったけれど、すぐに次の手を打って来る。蛇の身体を構成している金属の箱の側面がパカリと口を開く。そうして生まれた穴から出て来たのは、クルクルと高速で回る羽をもった小さな飛行体だった。


「ドローンだ! でも、これも情報通り! ハルハルさん、わたし達の出番です!」

「ええ、そうね! 【デェルス フー】!」


 後衛であるサクラさんとハルハルさんが、次々と現れる飛行体を矢と火の玉で撃ち落としていく。地面に落ちた飛行体は少しすると、爆発四散した。

 あの飛行体の情報は、ショウマさん達から聞いていた。なんでも、自爆特攻をしてくるらしい。ショウマさん達は10体くらいで来られたらやられる、何って言っていたけれど、私だったら1体でも特攻されたら死んでしまうでしょう。

 巨大な蛇にも臆せず立ち向かうショウマさんやキィクさん。数が多い飛行体を正確に撃ち落とすハルハルさんとサクラさん。2人の撃ち漏らしを、中衛のサハブさんとメイドさんが処理する。みんな、頑張っている。頑張っているのだけど、改めて思う。


「さすがに、勝てないわね……」

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