○ファウラルの勇者
ハゥトゥさんの仲間である、リィリさんとユートさんを助ける方法は2つ。1つは地道に広大な地下を探すこと。どこに居るのかは分からないけれど、どこかに居ることは分かっている。私はこっちの案を押していた。だって、もう1つの方法――迷宮を作っている核を体内に有している金属の蛇と戦って勝つことなんてできないと思っていたから。
だけど、ショウマさんの徒党の魔法使いであるハルハルさん、丸耳族の男性キィクさんによれば、金属の蛇を倒す方法があると言う――。
ショウマさんの徒党と連携を取りながら、丸1日を休息に当てる。その理由は主に、金属の箱との戦闘でスキルポイントを消費していたショウマさん達に万全の態勢で戦闘に臨んでもらうためだった。
「金属の蛇は振動で獲物の位置を探しているのかもしれない」
耳にかからない黒髪と黒目の高身長美青年ショウマさんの予想通り、ジッとしていれば特に大きな問題はなかった。2回くらい近づいてくるような振動があったけれど、みんなで息を潜めていれば、どこか別の場所に離れて行った。
そうして迎えた、作戦当日。地上に上がった私たちは、まず、宙に浮く立方体が居ないことを確認する。遠くを確認する役割は、〈
「……駅の近くには居ませんね。どこ行ったんでしょう?」
「僕たちが会った時は音も無くやって来てた。多分、〈浮遊〉なんかのスキルがあるんだろうね」
私の視線の先で、サクラさんと丸耳族の男性キィクさんが話している。ショウマさんの徒党で斥候を務めているのがキィクさんらしいわ。安全だと分かったところで、全員が地下の入り口から出る。不思議なことに、あれだけ大きな戦闘があった大きな道路……『すくらんぶる交差点』の地面は何も無かったように元通りになっている。
「……どういうこと?」
「そもそも迷宮の中の物は全て、魔素によって具象化しているものに過ぎません。傷ついているように見えても魔素の塊が抉れているだけで、しばらくすれば元に戻るんですね。これが俗に迷宮の修復作用と呼ばれるものです。こう考えると、この建物1つ1つが魔石と捉えることも出来るでしょう。しかし、あくまでも低密度。魔石と呼ぶには魔素の密度が足りないようなのです。その証として、迷宮で作られたものを外部に持ち出すと魔素になって雲散霧消することが確認されていて――」
うんたらかんたら。早口にまくしたてられても、さっぱり分からない。メイドさんのこういうところは可愛いけれど、説明の配慮が抜けがちなのが頂けないわ。ほら見なさい、メイドさん。この人こんなにしゃべるんだって、ショウマさんたちが驚いているじゃない。
指を振りながら楽しそうに話すメイドさんのことはいったん放っておいて、私は改めてショウマさんに作戦の流れを確認する。
「えっと、ショウマさん。私はポトトと一緒に地下の入り口で隠れていれば良いのね?」
「ああ。ハルハルの魔法で大きな音を立てて蛇をおびき寄せてから、スカーレットちゃんを除いた全員で対処する」
前衛にショウマさんとキィクさん、中衛の遊撃として長身族の槍使いサハブさん。後衛に魔法使いのハルハルさん。そんな、均整の取れた陣形を取るのがショウマさん達の徒党だった。
今回はそこに、中衛としてメイドさん。後衛にサクラさんが加わる。私は戦闘では役に立たないから、最後方の位置取りよ。
「それで、合図があったらポトトに乗って走る……?」
「そうだ。ちゃんと覚えていて偉いな」
「これくらい当然よ。私、子供じゃないんだから」
睨みつける私を、ショウマさんは「ごめん、ごめん」と軽く流す。チキュウに居た頃、ショウマさんには妹さんが居たらしい。見た目は似ていないけれど生意気なところと勝気な目元が似ている。そんな風に言っていた。……あれ、今思うと生意気って褒められているのかしら。まぁいいわ。
そのおかげで、ショウマさんは最初から私に友好的に接してくれた。先に迷宮に入ったのも、私がわざわざ危険を冒さなくていいように、という思いがあったそうよ。家族や妹さんについて話すショウマさんは、頼れる格好良いお兄ちゃんと言った雰囲気だった。
そうして、私が数時間前の出来事を振り返っていると、ショウマさんがこちらを見ているのに気が付く。
「どうかしたの?」
「……本当は、スカーレットちゃんに危ないことをさせたくはないんだけどな。出来るなら、今からでもユート達を足で探す作戦に変えたいところだ」
「だけど、ユートさんとリィリさんが亡くなっている可能性もある。そうだった場合、労力が無駄になるし、時間も食料も有限だもの」
これは、ハルハルさんが作戦の概要を伝えた時にも話したことだ。メイドさんの〈収納〉の中にも食料はあるけれど、ショウマさん達を含めた全員分の食事は1週間ほども無い。迷宮内には、私たち以外にも小動物たちが迷い込んでいる姿を目撃している。彼らを狩れば数日は生きられるかもしれないけれど、限りがあることに変わりはない。
加えて、時間にも限りがありそうなの。というのも、改めて自分たちのステータスを確認した時、サクラさん、ショウマさん、私以外の全員の状態欄に〈病気/小〉が記載されていた。効果は、1時間で20の『体力』減少らしい。
眠ればある程度『体力』は回復するけれど、日ごと少しずつ減る計算だった。普通の空気とは違う匂いがする、と言ったのは丸耳族の斧使い、キィクさんだったかしら。毒にも似た成分が、空気中に充満しているようだった。
「心配してくれてありがとう、ショウマさん。だけど、私は大丈夫。絶対に自分の役割をこなしてみせるわ」
私にも、私にしかできない役割がある。それを全うしてみせる。覚悟を持ってショウマさんの黒い瞳を見つめると、ショウマさんが諦めたように肩をすくめる。
「俺が魔物のステータスを見てしまった……見ることが出来てしまったから、か」
「そうね。そのおかげで、蛇が見かけによらずフォルテンシアの生物であることが分かった。それが突破口になるんじゃない」
私たちでは、金属の蛇に勝つことはできない。だけど、倒すことはできる。ハルハルさんは確かにそう言った。
「ショウマ! やるわよ!」
『妖精のいたずら』ね。すくらんぶる交差点の中央で、ハルハルさんがこちらに向かって手を振っている。
「了解だ、ハルハル! ……スカーレットちゃん、それにククル。合図が無い限りは絶対に飛び出すな。もし俺たちがやられたら、迷わず逃げるんだ」
私とポトトを順に見て、そんなことを言うショウマさん。だけど、おあいにく様。
「それは無理よ、ショウマさん。逃げるなら、みんなを助けてから逃げる。ね? ポトト?」
『ク、クルッ!』
心配ないと笑う私と、戸惑いながらも羽を広げたポトトを見て、ショウマさんが苦笑する。
「そうか。それじゃあ、スカーレットちゃんが無理をしないようにするためにも。俺たちはピンチにならないようにしないとな」
「ふふっ、そうね。危ないと思ったら、すぐに駆けつけてやるんだから」
「……本当に。
最後にそう呟いて、ショウマさんは戦闘組が待つ場所へと歩いていく。彼の全身を覆うのは鈍く輝く鎧。マントにはファウラルの国の紋章である赤い砂時計が描かれている。歩くたびにはためくマントの影からのぞくのは、右手に持ったファウラルの国宝、
「格好良いわね、ポトト」
『クル♪』
ファウラルが召喚した勇者の後ろ姿を見送って、私もポトトも自分の持ち場である地下の入り口へと移動するのだった。
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