○攻略の鍵は揃ったわ

 手詰まりに見えた迷宮探索だけれど、迷宮の核を破壊する鍵は意外と身近に転がっていた。始まりは、土下座のせいで額を赤くしたサクラさんの一言からだった。


「そっか、じゃあやっぱり、ここは地球じゃないんだね。……いてて」

「ご自分の過失です。我慢してください」


 ゼレアの花の蜜が沁み込んだ布をメイドさんに押し付けられながら、サクラさんがこぼす。


「ぐすっ。やっぱりって、どういうこと?」


 鼻をすすった私がそう尋ねると、少し気まずそうに私を見たサクラさんが説明してくれる。


「だってステータスがあるんでしょ? じゃあ結局、ここもフォルテンシアなんだな~って。ま、あの四角いのとか蛇とかの時点でもうお察しだったんだけど」


 そう言ったサクラさんの顔は、飛空艇ミュゼアで見せた寂しそうな顔と似ている。チキュウに似た景色。だけど、やっぱりチキュウでは無くて、フォルテンシアでしかない。

 私はサクラさんに少しでもチキュウに行った気分になって欲しかった。でも想像以上に危険な場所で、しかも、こんな寂しそうな顔をさせてしまうなんて。


「迷宮に行こうって言ったのは、余計なお世話だったかしら? だったら、ごめんなさい」


 丸くなったポトトに背を預けて私の隣で手当てを受けているサクラさんに謝る。面と向き合ってお詫びするのは少しためらわれて、横目でちらりと見たサクラさんの顔は……驚いているのかしら。


「どうしよう。ひぃちゃんが良い子過ぎて、自分がめっちゃ汚れて見える」

「私が良い人? そんなわけないわ。私は人をたくさん殺している。誰かにとって大切な人を奪っているんだもの。根っからの悪人よ」


 見えないとげが刺さっているような痛みを噛みしめつつも、私は事実だけを述べる。私のように平気な顔で人を殺すことが出来る悪人はフォルテンシアに1人だけで良い。狩り以外で命を奪うだなんてこと、私以外にはさせない。この痛みは、私だけの物よ。

 胸元で拳を握りしめてうつむいていた私を、甘い鼻のような香りが正面から包み込む。


「ううん。ひぃちゃんは良い子だよ。例えひぃちゃん自身が否定しようと、わたしはそう言い続ける」

「いいえ。サクラさんが何と言おうと、私は悪い人。これだけは譲らないわ」

「ふぅん? ひぃちゃんが信じてる“フォルテンシアに生きる命”のわたしが言ってることなのに?」


 さっきメイドさんを説得する時に使った私の言葉を使って、サクラさんがとってもずるい言い方をしてくる。もし私がここでを通せば、私がフォルテンシアに生きる命を信じていないことになる。それだと、メイドさんを説得した私の言葉が嘘になってしまう。


「む、むぅ……」

「これはお嬢様の負けですね。サクラ様の方が一枚上手のようです」


 やっぱりサクラさんは賢い。賢くて、ずるい。


「ほら、ひぃちゃんは良い子。悪役ぶってる、ただの女の子なんだよ」

「……だけど、新聞でも、噂でも。死滅神わたしは憎まれていて――」

「ああ、もう、うるさい。友達の言うことを聞かない頑固な子には、こうだ!」


 私の頭を抱いていた腕を脇腹に下ろして言って、くすぐって来るサクラさん。反射的に身をよじってしまう私をステータスのままに抑え込んで、なおもくすぐり攻撃を続けてくる。


「あははは!」

「ほらほら、ここでしょ? 脇と脇腹の間のとこ」

「きゃ! い、いいわ。だったら私も、ふふっ、知ってるんだから」


 サクラさんの弱点も脇腹。そして今、私に抱き着いているサクラさんの無防備な柔らかいお腹が目の前にある。……マッサージで鍛えた私の器用さ、見せてあげるわ!


「わ、わははっ! ちょ、ひぃちゃん、そこダメ! ……で、も、ははっ、負けない!」


 サクラさんと私のくすぐり合いが始まる。先に止めた方が負け。お互いに身体をよじらせながら、死闘を続ける。果たして結果は……。


「わ、悪い、千本木。ちょっといいか?」


 私とサクラさんの戦いが終わった頃を見計らって、ショウマさんがやって来た。私もサクラさんも髪も服も乱れて荒い息を吐いている。そのせいでしょうけれど、ショウマさんはどこか気まずそうにしていた。


「はぁ、はぁ……。ふぅ、ティティエさんの言う『分からせ』完了っと。ごめんね、篠塚しのづか君。どうかした?」

「ハルハルがスカーレットちゃんに話があるらしいんだけど……大丈夫そうか?」


 地面でぐったりとしたまま息を整えている私を見下ろして、ショウマさんが頬を搔いている。ハルハルさんというと、ショウマさんの徒党にいる魔法使いの女性ね。赤い髪に青いローブが印象的な人間族で、死滅神である私を怖がっていたように見えたけれど、大丈夫かしら。

 ともかく、地面に寝転がったまま会うわけにもいかない。威厳もへったくれも無いものね。


「だ、大丈夫、よ。これくらい。余裕だわ」


 とは口で言う物の、全身が脱力して力が入らない。しかも、まだ体力に余裕がありそうなサクラさんが座ったまま私を見下ろして、言う。


「ふぅん、これくらい? 余裕? わたしはもうちょっと続けてもいいよ、ひぃちゃん?」


 その笑顔は、ダメなやつだった。


「ごめんなさいショウマさんもう少しだけ時間を頂戴あとサクラさんごめんなさい」

「分かればよろしい! 素直なひぃちゃんの方が、私は好きだよ?」

「千本木、意外とサドなのか……?」

「姉と言って欲しいかな、姉と。これは生意気な妹のしつけだよ」


 というわけで、もう少ししてからハルハルさんの話を聞くことになった。……それにしても、メイドさん。微笑んでいないで私が起き上がるのを手伝って欲しいわ。あなた、私の従者なのよ? 主人がやられて笑っているなんて、どういうつもり?


『クルールッル クルルクク?』


 私とサクラさんが暴れたせいで、さすがにポトトも起きてしまったみたい。心配そうに鳴いて、私を羽で包み込んでくれる。あなたの存在にどれだけ救われているか。やっぱり頼れるのはポトトだけね。……いつか絶対、メイドさんもサクラさんも倒してみせるわ!

 そんな決意も糧にして、体感にして10分くらい後かしら。衣服と髪の乱れを整えた私は、正面の壁に背を預けて休んでいたショウマさんの徒党と向き直る。通路の真ん中あたりで丸くなっているポトトを背にして座っている私たちとの距離は3mくらい。地面は揺れていない……つまり敵は来ていないから、お互いに座ったまま落ち着いた状態で話す。


「こほん。それで、話って何かしら、ハルハルさん?」

「地面にひれ伏すという恥ずかしい姿を見せておきながらの堂々とした振る舞い、さすがお嬢様です♪」


 胸を張った私にメイドさんが茶々を入れてくるけれど、無視するわね。大切なのは、今だもの。


「えっと、まずは死滅神様。出会った時の失礼な態度、すみませんでした」


 ぺこっと、赤くて長い髪を揺らしたハルハルさん。失礼な態度と言われると、あれかしら。怯えて後ずさったこと?


「いいの。ああいう反応には慣れているし、気にしていないわ」

「そう言ってもらえると、ありがたいです」


 そう言って、少し赤色が混じる瞳を細めて笑顔を見せてくれるハルハルさん。さっきまではあれだけ怯えていたのに、どういう心境の変化かしら。まぁ、嬉しい変化だから気にしないことにしましょう。


「それで、話って何かしら?」

「はい、実は死滅神様にお願いがありまして――」


 問いかけに、一度可愛く喉を鳴らして唾を飲み込んだハルハルさんが話し始めたこと。それは、誰がどう戦っても勝てそうにない金属の蛇の倒し方についてだった。

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