○死ぬときは、一緒よ?

 確かに、可動域部分を狙った攻撃は効いているように見える。だけど、蛇の身体は大きい。『体力』だって高いでしょう。地道に削ることも出来なくはないのでしょうけれど、蛇の巨体を生かした攻撃を一撃でも貰えば私たちは大きな怪我を負ってしまう。

 それに、集中力と持久力にだって限界はある。実際、時間が経つにつれてショウマさんとキィクさんの動きが鈍くなってきているのが私でも分かる。今なんて、危うく蛇の巨体にショウマさんが押しつぶされそうになっていた。


「まだ……?」


 ショウマさんからの合図を待つ私は、ついつい焦りを言葉に出してしまう。前衛から視線を外して、後衛に向ける。小さな飛行体にも対処は出来ている。だけど、


「やば、やっぱり矢が足りない……っ」

「ワタシも、スキルポイントが……」


 無数の敵を前に、こちらの武器は有限だもの。どうしてもジリ貧になってしまう。撃ち漏らしの数も多くなって、ついにメイドさんが蛇に攻撃する余裕が無くなってしまった。


「まだ……? まだなの、ショウマさん、メイドさん?!」


 このままじゃふとした拍子に誰かが死んでしまう。ただでさえ、勝てない相手に挑んでいるという精神状態があるんだもの。ギリギリ戦線を保っている状態の今、もしここで戦力が欠けるようなことがあれば戦力的にも、精神的にも一気に徒党パーティ全体が崩壊する。

 加えて、懸念事項がもう1つ。私の隣で震えているポトトだ。彼女もまた、私と同じでこの作戦の鍵を担っている。


「行けそうかしら、ポトト?」

『ク、クルッ?!』


 心ここに在らずと言った様子で、ポトトが鳴く。もともとうちのポトト……ククルは臆病な性格をしている。気を失っていないのが不思議なくらい。迷宮に来た当初はきっと、私を助けるという使命感で動いていたのでしょう。もしくは、本能的に金属の蛇が自分よりも強いと察して、全力で逃げる方法を探していたのかもね。

 でも、今回は逃げるのではなく立ち向かっていかないといけない。


「……そうよね。怖いわよね」

『クルッ?! ルッルッ!』


 ぶんぶんと首を振るポトトだけれど、恐怖のあまり逆立って膨れている羽毛は隠せない。ただでさえ真ん丸な輪郭がさらに丸くなっていて、余りの可愛さに不覚にも笑ってしまう。そのおかげで、気付かない間に私の身体に入っていた余計な力が抜けた。


「ふふっ。聞いて、ポトト。私もちょっぴり……ほんのちょっぴりだけど、怖いの。だって私がしくじれば、多分みんな、死んでしまうのよ?」


 メイドさんも、サクラさんも、ポトトも。ショウマさん達だって。私が自分の役割を果たせなければ、みんな死んでしまう。


「ほら、見て? 私の手、震えてるの」


 汗で濡れた手のひらをポトトに見せてあげる。その手は、自分でも笑ってしまうくらい、はっきりと震えていた。膝だってそう。地面の揺れのせいにしていたけれど、ポトトに寄りかかっていたのは気を抜けば力が抜けそうになる足を誤魔化すため。


「何が『立派な死滅神になる』かしらね? 我がままで危険な迷宮にみんなを連れて行って。自分はこうして戦場の外で震えてるの。格好がつかないったら無いわ……」

『クルールッル……』


 ひときわ大きな揺れが、私たちを襲う。振り返って交差点を見れば、地面に大きな窪みが出来ている。恐らく、ショウマさんが見た蛇のスキルのうち、気をつけろと言っていた〈砲弾〉のスキルね。みんなは……良かった、無事みたい。だけど、地形の変化のせいで陣形が大きく乱れてしまっている。具体的には、窪みを挟んでメイドさんとサクラさん、サハブさんとハルハルさんの2人ずつに分かれてしまっていた。

 4人だからどうにか保っていた戦線も、じきに崩壊するでしょう。


 ――私に、クヨクヨしている時間なんてない。


 必死で膝に力を込めて、ポトトに寄りかかるのを止める。


「でもね、ポトト。私の力を使えば、みんなを助けることが出来るの」


 それは、勝てない相手を倒す唯一の方法だ。あの金属の蛇にステータスがあって、ここがフォルテンシアであるということ。その事実に気付いたハルハルさんと、斥候のキィクさんによって立てられたのが今回の作戦だ。


「お願い、私の騎士様ポトト。みんなを守りたいって言う私の我がまま。一緒に叶えてくれない?」


 口を引き結んで、ポトトの目を見て言う。そんな私をじっと見た後、ポトトはもう一度暴れ回る金属の蛇を見る。そして、最後にもう一回私を見ると、


『――クルッ!』


 覚悟を決めた声で、小さく鳴いてくれる。


「ありがとう、大好きよポトト」

『ククルク! クルールッル ルゥルル!』

「好きって言ってくれたのかしら? だったら嬉しいわ。安心して、死ぬときはあなたも私も一緒だから」

『……ルッ?!』


 ポトトが素っ頓狂な声で泣いた時。


「シノヅカショウマ! どろーんの増援が止みました!」


 額に汗をにじませてナイフを振るうメイドさんが、ショウマさんに向けて叫ぶ。私も改めて中空を見てみれば、まだまだたくさんの飛行体『どろーん』が浮いている。だけど、蛇の身体の側面に開いた穴から新しいどろーんが生まれることは無い。

 巨体を振り回して攻撃する蛇の身体を跳躍して避けるショウマさんとキィクさんも、増援が無いことを確認したみたい。


「了解です、メイドさん! ……キィク、囮を頼む!」

「任せてくださいっ!」


 目まぐるしく変わる戦況をつぶさに見て、聞いていた私はようやく、待ちに待った合図を聞く。


「スカーレットちゃん、行こう!」

「――っ! ええ!」


 その声に私はすかさずポトトの鞍に跳び乗る。手綱を持って、私の準備は完了。後は……。


「さぁ、行きましょう、ポトト! 頼りにしているわ!」

『ル…… ル…… ルゥゥゥ……!』


 何かを諦めるように鳴いたポトトと私が地下から飛び出す。金属の蛇との距離は100mくらいかしら。ポトトが全力で走れば、10秒もかからず駆け抜けられる。

 だけど、道中、無数のどろーんが私たちめがけて特攻してくる。ポトトは大きな体に似合わない俊敏性で、避けて、避けて、避ける。それでも避け切れないものがあるのだけど、


「ていっ!」「【デェルス フー】!」


 サクラさんとハルハルさんによる狙撃が撃ち落としてくれる。


「ありがとう! サクラさん、ハルハルさん!」

「行って、ひぃちゃん!」「行ってください、死滅神様!」


 窪みを挟んで左右から激励を飛ばしてくれる2人に頷いて、私とポトトは加速する。弾幕をくぐり抜けて待っているのは、〈砲弾〉のスキルによって出来た巨大な窪みだった。

 ポトトは空を飛べない鳥の種類だ。残念だけど、迂回するしかなさそうね。手綱を左に引いて、私がポトトに迂回の指示を出そうとした時。


「――まっすぐ走りなさい、ククル!」


 メイドさんがポトトに向かって叫ぶ。


『クルルルゥ?!』

「あなた達は必ずわたくしたちが守ります!」

『ルッ ルル クルル……』

「お嬢様が選んだポトトなら、それくらいの穴、飛び越えて見せなさい!」


 ……メイドさん、無茶言うわね。この窪み、直径で30mはあるわよ。いくら何でも――。


「――って、ポトト?!」

『ルッ ルッ ルッ』


 迂回するのではなく、真っ直ぐに。窪みに向けて加速していくポトト。な、なるほど、そうね。私たちに迂回をしている時間なんてない。最短最速で蛇を倒してしまえば良いものね。メイドさんの圧が怖くて自棄やけになっているわけじゃないわよね?!


「ルルルルルルッ」


 走りながら、父親譲りの黒い羽をはばたかせるポトト。……え、まさか。まさかポトト、行けるの?! 〈飛行〉のスキルを獲得したとか?! 普通はあり得ないけれど、私たちのポトトククルならあり得るわ!


「……ええ、行きましょう、ポトト!」


 私も覚悟を決めて、振り落とされないように手綱と鞍を握りしめる。鉤爪かぎづめで強く地面を蹴って、窪みの端に足をかけたポトトは、そのまま。


『ルッルーーー!!!』


 大きく羽を広げて、飛んだ。私は手足に力を入れて手綱と鞍掴まっていることしか出来ない。でも、分かる。分かるわ。足元に見える大きな窪み。私たちを見上げるメイドさん達。……私たち、飛んでる!


「飛んでるわ、ポトト!」

『クルッ!』


 だけど、夢の時間はそこまでだった。……ええ、落ちている。間違いなく地面に向かって落ちているわ。認めましょう。うちのククルは可愛いし優秀だけれど、やっぱりポトトなの。そして、ポトトが空を飛べるはずも無かった。


「きゃぁ~~~!!!」『ルゥ~~~!!!』


 悲鳴を上げながら、窪地の底へと落ちて行く私たち。気のせいかしら。これまでキィクさんの方を見ていた蛇が、私たちを見ている気がする。さらに言うと、私たちに向けて大きく開いた口の中に、筒のようなものが見える気がするわ。

 そうよね。遮るものが何もない所に、無防備・無警戒に飛び込んで来た敵がいるんだもの。〈砲弾〉を使うのは当然よね。そして、ポトトは空を飛べない。今はただ、んでいるだけ。空中の機動力なんてあるはずも無くて、〈砲弾〉を避ける術がない。


「あっ、私たち、死ぬのね」

『クルゥ……』


 私たちが力なく呟いた直後、蛇の口の中にある筒から円筒状の爆弾と思われる物――〈砲弾〉が放たれる。迫りくる光と熱の種。死を前に、ゆっくりに見える世界。ふと私は、空を飛ぼうとした勇敢なポトトを見て思う。届かないと分かっていても、手を伸ばす。手を伸ばしたい。その気持ち、すごくよくわかる。

 自分が前に進んでいる、成長しているのだと示すためには、やっぱりまずは手を伸ばさないといけない。届かないなら工夫して、それでも届かないなら仲間の手を借りて。そうして何かを掴み取ろうとする。そんな試みをしていると、自分がきちんと意思をもって生きているのだと実感できる。……ああ、そうね。


「生きるって、挑戦することだったんだわ……」


 最期に1つ、命について知ることが出来て良かった。死を前にして笑った瞬間に〈砲弾〉がぜて、私の見ている世界を光が埋め尽くした。

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