○見ていて、みんな
地上に出ている部分だけでも20mを優に超える。そんな巨大な金属の蛇が口にある発射口から射出した極太の円筒状をした爆発物――〈砲弾〉が、ポトトに乗っている私たちを襲った。
爆発した〈砲弾〉が、視界を光で埋め尽くす。続いて、火の粉を含んだ黒煙が揺れている。だけど、それだけだ。熱も、音も、爆風も。その一切が、半透明の壁を境にして一切届かない。
「……死を覚悟して格好つけているところ、悪いんだけど、スカーレットちゃん。約束通り、君を死なせるわけにはいかないんだ」
跳び上がって空中に居た私とポトトの目の前で、白いマントが揺れている。半透明の壁に包まれたままひとまず地面に着地した私たち。
『ルック!』
「
着地の衝撃で硬い鞍に股を打ちつける。だけどそんな痛みもすぐに忘れて、私はポトトの上から救世主の名前を呼んだ。
「ショウマさん?」
「メイドさんも言ってただろ。作戦の要である君は、俺たちが絶対に守る」
首だけ振り返って笑うショウマさんは、すごく格好良い。安心させるように笑いかけてくれる彼の顔を見ていると、こう、ふわふわした気持ちになる。これは、安心感かしら。
少し落ち着いた頭が、先のショウマさんの言葉を思い出す。
「……べ、別に、格好つけてなんて無いわ! 死ぬかも、とは思ったけれど」
「そうか。そうだな」
どこまでも優しい顔で私を見上げるショウマさん。私の見栄なんて全てお見通しだと言わんばかりのその顔は、なんだか無性に腹が立つ。でもそれ以上に、恥ずかしい。全身がむずむずする。
「そ、それより今は蛇に近づくことが優先でしょう? ショウマさん、助けてくれてありがとう! 行くわよポトト!」
『クルッ!』
羞恥のあまり自分でも顔が赤くなっているのを自覚しながら早口に言って、私は再び金属の蛇の所に向かってポトトを走らせる。私たちが着地した場所は、窪みの中心部分。距離は蛇との距離は20mも無い。窪地の周辺部分は傾斜がきつい坂になっているから失速してしまうでしょうけれど、5秒もあれば十分――。
「待て、スカーレットちゃん!」
「なに、ショウマさん?!」
立ち止まった私とポトト、ショウマさんを半透明の壁が包む。時を同じくして、影が私たちを覆った。何事かと上空を見上げた私が見たものは、大きな大きな箱だ。見覚えのあるその箱は地面を向いた無数の穴をわたし達の方へ向けると、
「最悪ね」
無数の赤い雨を降らせ始めるのだった。
あと少しという時に現れた金属の立方体。てっきり蛇にやられてしまったのだと思っていたのだけど、しぶとく生きていたみたい。
ショウマさんが持っている
「ショウマさん。この壁を維持したまま、移動は出来ないの……って、いいえ。何でもないわ」
聞いてから、私は自分で無理だと悟る。もしそれが出来るのなら、最初からこの壁で私を守りながら前進すれば良かった。
「幸い、リエルゼの〈聖盾〉は蛇の攻撃も箱の攻撃も防ぐことが出来ている。この前もそうだったけど、このままアレの弾切れを待つしかない」
「そんなっ?!」
もともと、私が蛇に触れるまでのわずかな時間を稼ぐことがこの作戦の要点だった。だけどこうして足止めされてしまうと、体力にも武器にも限りがある私たちは圧倒的に不利になる。実際、メイドさんたちはもう既に地下の入り口まで避難していた。
幸いなのは、立方体と蛇が仲間同士ではなさそうなことよね。この前みたいに立方体を襲ってくれれば、その隙に逃げて態勢を立て直すことも出来るのだけど……。
「どうしてこの前みたいに箱を攻撃しないの……?」
金属の蛇は私たちめがけて攻撃するばかりで、立方体には見向きもしない。口を開けた巨大な顔が何度も何度も突撃してくる様は、大丈夫だと分かっていても、身がすくんでしまう。
「多分これも音だよ、スカーレットちゃん。弾幕が地面に叩きつける音に反応して、蛇は攻撃しているんだ」
前回は蛇が地中から飛び出した先にたまたま立方体がいただけなのではないか、というのがショウマさんの予想だ。
「それに、立方体も進化しているんだと思う。射出の時の音を減らす、とかね」
「魔物にも少なからず知恵があるということね……」
私は、今もなお巨大な口で〈聖盾〉を攻撃してくる蛇を見遣る。あと少し、ほんの少しの距離が埋まらない。蛇が突撃してくれる以上、〈聖盾〉を解除してもらえば蛇に触れることが出来る。
――そうすれば、〈即死〉を使うことが出来るのに。
勝てない蛇を倒す方法。それこそ、私の〈即死〉の力を使うことだった。私が死滅神であり、〈即死〉を使えると知っていたハルハルさん達。ショウマさんがステータスを見たことによって、金属の蛇がフォルテンシアの「生物」であることを閃いたサクラさん。生物に対する絶対的な私の優位性を説いたメイドさん。私に足りない走力を補ってくれるポトト。
みんなで作り上げた作戦なのに、結局、私自身の力が足りないせいで失敗に終わる。ほんの数メートルなの。あと少しなのに、届かない――。
「うん? 数メートル?」
「どうかしたのか、スカーレットちゃん?」
そう、あと数メートルを私の力で埋めることが出来れば、蛇に触れることが出来るのよね。
確かに私は、弱い。たくさんの人に守ってもらって、運んでもらって、今ここに居る。手を伸ばせば届きそうなところに敵が居るような、そんな場所まで連れて来てもらった。
――だったら、あとは私自身が手を伸ばさないと!
「ショウマさん、私、行くわ」
ポトトの鞍から飛び降りて、私はドレスを整える。
「行くって、どこに? 言っておくけど、〈聖盾〉は解除しない。今解除すれば俺はともかく、スカーレットちゃんは死ぬだろうからな」
そんなことは絶対にさせないとショウマさんは言ってくれる。というよりショウマさんも、あの赤い雨……弾丸をどうにかできるのね。もしかしたらこの場に居る人の中で、あの弾丸を処理できないのは私だけなんじゃないかしら。
いずれにしても、中と外を完全に遮断している〈聖盾〉の半透明の壁を解除してもらわないと、私は外に出て蛇に触れることが出来ない。……普通はね。
「いいわ。ショウマさんはこのまま〈聖盾〉を維持して、ポトトを守ってあげて?」
「その口ぶり。……待て。待ってくれ、スカーレットちゃん。行くな」
私に妹さんの影を重ねているらしいショウマさんが、このまま守られていて欲しいと言って来る。けれど、ごめんなさい。やっぱり私は、守られてばかりは嫌なの。自分の足で立って、自分の意思で進みたい。人族ですらない私だけれど、1人の人として生きたいの。
生きるって、難しい。だから人と出会って、つながって、支え合って。私はこうして生きている。だけど、与えられてばかりじゃ不公平だわ。私もきちんと挑戦して、成長している姿を見せないと。特に、いつもそばで守ってくれているメイドさん、サクラさん、ポトトにはね。
「見ていて、みんな。私だって、やればできるんだから」
目を閉じて、私は集中する。……大丈夫、上手く行くわ。メイドさんとサクラさんにも協力してもらいながら、船の上に居た時から折を見て練習してきたでしょう? だから、震える必要も、失敗を怖がる必要も無い。キリゲバの時とは違って今の私には、ほんの少しだけ届かない距離を埋める力がある。
ぐっと胸元で拳を握って、目を開く。大きな口を開けて〈聖盾〉に突撃してくる蛇は、ええ、やっぱり怖い。けれど、もう震えるのは無し。
――行くのよ、
突撃する
「〈瞬歩〉」
瞬間。私の見ていた景色が変わる。まず聞こえてきたのは質量を持った物体がぶつかる大きな音だ。それは私の足元、〈聖盾〉に突撃する金属の蛇があげた音だった。続いて、大量の弾丸が〈聖盾〉に弾かれる金属音が聞こえた。立ち上って来る焦げ臭い匂い。〈砲弾〉の余波で熱気を放つ地面。
見えない壁に守られていた時は聞こえなかった音が、匂いが、景色が。地上10mの場所に出現した私を迎えてくれる。
「これが、戦場……」
五感すべてで私がこれまで立つことが許されなかった景色を味わう。……許されなかったんじゃなくて、怖がっていたの間違いね。
「だけど今はっ! 〈瞬歩〉!」
スキルを使って、足元――〈聖盾〉に突撃した直後の蛇の頭に移動する。上空からの〈瞬歩〉はあまり練習していない。おかげで、変な体勢で着地することになって、尻餅をついてしまった。変わろうとしても、なかなかうまく行かないものね。
「だけど、届いた」
みんなで作ってくれた道を歩いた先。私はようやく、自分がいるべき場所にたどり着いた。後は、自分の役割をきちんとこなすだけ。
ちっぽけな私の存在になって気付かないまま、蛇がもう一度〈聖盾〉に突撃しようと首をもたげて助走をつける。
「きゃっ、うぅっ……」
「レティ!」「ひぃちゃん!」
遠く、メイドさんとサクラさんの声が聞こえてくる。……ふふっ、そんな顔をしないで? 2人とも、心配性が過ぎるんだから。振り落とされないよう、必死に蛇の頭にしがみつく。鍛錬をしておいて良かった。きっと前までの私なら、簡単に落ちてしまったでしょう。
そうして蛇の首が地面と垂直になる。突撃までの溜めを作る刹那の間。極度の集中状態になった私の耳は、一切の音を拾わなくなっている。まるで、時が止まったみたい。
「ごめんなさい。あなたに恨みはないし、罪もないけれど――」
本来この力は、フォルテンシアの敵を殺すことだけに使うべきだ。それを個人的な事情で使うことに謝罪しながら、私は蛇の頭を構成する冷たい金属に触れる。
「
時を止めたような世界で、蛇の頭が〈聖盾〉に向けて突っ込もうとする、その前に。
「さようなら。不思議な不思議な、金属の蛇さん。――〈即死〉」
私は触れただけであらゆる生物を
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