○なるほど、ここが死後の世界――

 ――もし死後の世界があるのだとすれば、きっとこのことを言うんじゃないかしら。


 それが、ビュッフェなる至高の場所に抱くことになる感想だった。




 色とりどりの野菜がボウルに入れられて並ぶサラダエリア。その横に、黄色や茶色が印象的な揚げ物エリア。多種多様な一品料理が並ぶメインエリア。隅には5種類のパンを焼いてもらったり、ブルの肉を炙ったりしてもらえる場所もある。

 全ての料理を食べることは前提として、好きな物をたくさん? それとも均等に食べるべきかしら。いいえ、落ち着いてスカーレット。それよりまずは、どれから手を付けるか考えるべきか、でしょ。思い出すのはレストランで出された料理の順番。あの時は確か、野菜が最初に出て来たわね。


「そうと決まれば、まずはサラダからね!」


 パリ、ティトの実はもちろん、甘くて黄色いつぶつぶの実が特徴のピーラ、独特な苦みが逆に好まれる中が空洞の野菜カラッカル、光沢のある緑色が美しい緑豆りょくずなどなど。計10種類の野菜たちが私を迎えてくれる。2種類は海藻だった。


「野菜を絡めるソースも4種類! 全て制覇するには……」


 調子よく手にした皿に野菜を盛っていく。次に気付いた時にはお皿が畑のように、色とりどりの野菜で一杯になっていた。早速、席に持って帰って、


「頂きます!」


 新鮮な野菜たちを頂く。やっぱり野菜はどれも美味しいわ。食感も楽しいし全然飽きない。加えて、甘い、酸っぱい、こってり、さっぱり。4種類のソースがあるから、味の変化も楽しめる。……最高ね。ついでに、噛んだ瞬間に口の中でパチパチはじける種を持つリルトの実が個人的なお気に入り。香りも草原を駆ける馬のような独特のさわやかさがあって良いわ。


「ご馳走様!」


 野菜とソースを制覇した私は次に、パンエリアに向かう。今、サラダソースのおかげで口の中が少しだけうるさい。これをしずめるには、広い土地でのびのび育つ穀物特有の甘さと香りが必要だった。


「いらっしゃいませ。あら、可愛いお嬢ちゃん。どれにしますか?」


 長身族の女性従業員さんが笑顔で迎えてくれる。どうやら彼女に注文して、パンを焼いてもらうみたいだった。


「そうね。どれもおいしそうだから、全部を2つずつ、焼いて欲しいわ」

「ぜ、全部ですか?! お父さんお母さんの分も頼まれてるの?」

「いいえ、私が全部食べるわ。普段、贅沢なんてできないからこういう時こそ食べないとね!」

「は、はぁ……」


 戸惑いつつも従業員さんはパンを焼いていく。何か変なこと、言ったかしら。まあ、良いでしょう。パンが焼き上がるのを待つ間、揚げ物エリアへと向かう。ポトト揚げ、焼くと「つ」の形になる海洋生物プルツの衣揚げ、根野菜の揚げ物も2種類あるわね。中でも存在感があるのは、定番中の定番。細長く黄色に揚がったガラ芋。似てよし焼いてよし揚げてよし。三拍子そろっていて、しかも“親芋”さえあれば子芋がどんどん出来上る。どんな不毛の地でも育ち、日持ちもすると言われるガラ芋は市民の味方よ。

揚げ物にすると、ガラ芋ならではの土のような香りと塩気が絶妙に相まって食べる手が止まらないの。


「ポトト揚げ以外、頂きましょう」


 まだポトトのお肉を食べることには抵抗があるからそれ以外を頂くことにする。1種類食べられない分、少し多めに取っていると、パンが焼き上がったと声がした。ひとまず揚げ物が乗ったお皿を席に運んで、5種類2つずつのパンが美しく盛られたかごを受け取る。……うん、いい香りね! この匂いを嗅ぎながら眠ったら最高なんじゃないかしら。

 パンエリアには牛乳から出来上がる優しい塩味が特徴の「バター」と果物を甘く煮詰めた「ジャム」なんかの付け合わせも自由に取り分けて、持っていくことが出来る。


「たっぷりの方が、美味しいわよね?」


付け合わせを気持ち多めに取って席へ運ぶ。そして、


「頂きます!」


 胸に手を当て、目をつぶって感謝を述べた後、パンと揚げ物を食べていく。この中だと、砂糖が中心にまぶされた丸いパンが好きね。周りをかじればパンの原料ユェダの芳醇な香りと甘さが来る。だけど、中心の大粒砂糖と一緒に食べると衝撃を受けるわ。砂糖を食べているから確かに口の中は甘いのだけど、なぜだかその後すぐに甘みが消え去って、パンの香りだけが鼻に抜ける。その時にもう一度鼻の奥で甘い砂糖の香りがして、ほんの少しだけ風合いを変えるの。パンだけを食べる時よりもパンらしさを感じられるなんて、不思議だわ。


「パンなのにデザートらしさもあって、満足感のある1品ね!」


 あと、サラダのソースを吸ったプルツの衣揚げもプリッとした食感と塩気、海鮮の香りが楽しめて良かったわ。サラダのソースはパンや揚げ物にも流用できるのね。こういう遊び心にも似た新発見があるのもビュッフェの良いところなのかも。


「ご馳走様でした!」


 さて、続いては一品料理を――。


「はい、そこまでです、お嬢様」


 立ち上がろうとした私の肩を、メイドさんが押さえつけてくる。周りを見れば、メイドさんもサクラさんも、とっくに食べ終わったようだった。


「嘘、でしょう? 冗談よね、メイドさん?」

「泣きそうな顔をしても、ダメです♪ 最初に申し上げましたよね、食べ過ぎないようにと」

「だ、だけど。まだ前菜しか食べてないわ! それに2,000n分も食べてない! 今ここで引き下がるわけにはいかないの!」


 私の必死の訴えが届いたのかしら。少し考えるそぶりを見せたメイドさんが、


「……かしこまりました。ですが明日、あるいは今晩。苦しまれても知りませんよ? わたくしたちがホムンクルスであること、お忘れなく」

「ええ、大丈夫! じゃ、行ってくるわ!」


 その後、私は6種類の一品料理の全てと焼き肉、その合間に4種類あった飲み物全てを制する。その後はデザート5種類。小さなケーキなんかを2つずつ食べる。これだけ食べたのは生まれて初めてで、なんだか幸せな気持ちになった。


「ご馳走様でした!」


 大きく膨らんだお腹が少し苦しいけれど、問題は無いでしょう。むしろもう少し入るくらい。最後にもう1回、取りに行こうかしら。……いいえ、明日の朝ご飯もあるし、ここまでにしておいてあげましょう。


「ビュッフェ……。最高ね!」


 お腹も心も一杯にして、私たちは部屋へ戻る。その道中。


「メイドさん、メイドさん」

「はい、どうかしましたか、サクラ様」

「な、なんでか分からないですけど、ひぃちゃんが痛い目を見るのをほんのちょっとだけ期待している自分がいるんですけど!」


 そんな会話をメイドさんとサクラさんがしている。サクラさん、普通にひどいわよ? だけど今は、おなか一杯で幸せだから許すわ。私はお姉ちゃんだしね。

 それにしても、どうしてかしら。さっきから気持ちがふわふわする。全身も熱いし、少しだけ目が回っているような……?


わたくしの経験からすると、今夜は少し大変になるかもしれません。覚悟しておいてくださいね、サクラ様」

「は、はぁ。……了解です?」

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