○控えめに言って、最高よ
締め切った窓。薄暗い室内。私が見つめる先、きしむベッドの上には半裸のサクラさんと彼女に覆いかぶさるメイドさんが居る。
「はっ! ふぅっ!」
「んっ……、あっ!」
メイドさんの荒い息遣いと、サクラさんの押し殺したような声が響いている。言うまでも無いけれど、マッサージの最中だった。
「ぁいた……、イタタタ、痛いよメイドさん! ストップです、ストップ!」
「大丈夫、大丈夫ですよ、サクラ様。痛くない、怖くないですからね――えいっ」
「その言葉が怖い! だから待って――んぅぅぅ~~~!!! ……あっ」
うつぶせのまま手で口を覆って、必死に声を押し殺して叫ぶサクラさん。そのままピンと身体を硬直させた後、ぐったりと脱力した。……それにしてもメイドさん、楽しそうね。私にしている時も、あんな顔をしているのかしら。
メイドさんとサクラさん。互いに荒い息を吐きながらマッサージを終えた姿を見て、どうしてこうなったのかと振り返る。
奴隷売買、また、それを見ていた私の反応を見て気分を悪くしたのか、早々に宿に帰ってしまったサクラさん。このままでは良くないと思った私は、
「サクラさん。話をしましょう……です」
と、サクラさんに提案した。のだけど。
「先にご飯にいたしましょう、お嬢様」
そんなメイドさんの提案を受けて、ご飯を食べることにした。補足すると、今日のご飯は私が作った。いつものように髪を後頭部で1つにまとめて――ポニーテールというらしい――作り上げたのはティトと言う赤い果物を使った麺料理。甘酸っぱいティトの果汁と、香草から作られた油を和えたソースに麵を絡めたものね。ポルタがあったアクシア大陸北部の郷土料理で、イズリさんのところで一緒に働いていた主婦さんに聞いたレシピだった。味は及第点だったと思うわ。
ポトトには市場で見繕った珍しい野菜を食べてもらったわ。たまには趣向を変えようと思ったのだけど口に合わなかったみたい。それでも残さず食べてくれたポトトには感謝ね。
「ふぅ……食器も片づけたし、サクラさん話を――」
「お嬢様。身体を拭きましょう。理由は、申し上げなくても大丈夫ですよね?」
またしてもメイドさんに阻まれてしまった。おかしいわね、今日はそんなに汗をかいていないはず。けれど、体臭は自分では分からないとも聞くし、もしかしたら臭うのかしら……?
「そ、そうね。タオルを貸して頂戴?」
「昨日は出来ませんでしたし、今日は整体も致しましょう」
メイドさんからの提案を受け入れて、体を拭いてからベッドに横たわる。出会ってかれこれ2か月近く続いている習慣。今やメイドさんのマッサージに痛みは無くて、ただただ気持ち良い。
「ふわっ……、今日も気持ち良いわ、メイドさん。ありがとう」
「お嬢様の身体を整えるのも
「冗談を言っていると、マッサージはサクラさんにやってもらうから」
「それは困ります。役目を奪われないようお嬢様を
軽口を叩き合いながら、気持ちの均衡も取っていく。私がマッサージをされるがままになっていた時。
「――ひ、ひぃちゃんっ!」
向かい側にあるベッドで私たちの様子を見ていたサクラさんが声をかけてきた。それと同時にメイドさんも一度マッサージの手を止めた。
どうしたのかと私が言葉を待っていると、
「お昼は勝手に帰ってごめんね。わたし、テンパっちゃって……。ひぃちゃん、全然悪くないのに」
まだ少し無理をした笑顔を浮かべて私に謝る。
さっきまでの私なら、無理矢理サクラさんの意思を聞こうとしていたかもしれない。だけど、マッサージをされて心が落ち着いている今、ジッとサクラさんの言葉を待つことが出来た。
「ニホンだとさ。奴隷って、遠い世界のお話なの。だから、人が人を買うって行為にすごく嫌悪感があって。それを平気な顔で受け止めてるひぃちゃんが遠い人に感じちゃった」
理解できない生き物を見たとき、生物は恐怖や嫌悪感を持つ。そのことを、私はイチマツゴウやサザナミアヤセから学んだ。恐らくサクラさんも、私を理解できない、気持ちの悪い存在だと思ったのでしょうね。
「だけど、郷に入っては郷に従え。こっちだと『
そう言って、頭を下げて、頭上で手を合わせたサクラさん。茶色い髪がサラサラと揺れる。
別にサクラさんが悪いわけじゃない。私にだって、必ず落ち度はあったはず。少し身を起こして、サクラさんの方を向いて言う。
「私も。配慮が足りなかったのだと思うの。頼りになりすぎるから忘れていたけれど、まだサクラさんがこっちに来て1月も経っていないものね」
フォルテンシアで過ごした時間が長い私の方が、しっかりしないといけないのに。ついついサクラさんに甘えていたのね。
視線を枕に移して反省する私の背後。メイドさんが、
「自身の考えを真っ直ぐに話す点はお嬢様の美徳ですが、時と場合によっては常識の押し付けになってしまいます。それこそ、今回のように。サクラ様が混乱するのも当然かと」
優しい言葉でサクラさんを擁護する。何でもかんでも自分の考えを話すことが必ずしも良いことではないみたい。やっぱり私の方が悪いわ。
腰の上にいたメイドさんを押しのけて起き上がった私は、サクラさんに頭を下げる。
「メイドさんの言うとおりね。その、だから……私も、ごめんなさい。こ、これからも仲良くしてくれると嬉しいわ……です」
「ひぃちゃんっ……。うんっ!」
私の謝罪を、いつもの元気な笑顔で受け止めてくれたサクラさん。
「多分また、同じようなことあると思うけど、大目に見てくれると嬉しい――ってひぃちゃん! 前っ、前っ!」
言葉の途中。急に顔を逸らしたサクラさんの言葉で、私が今、上半身裸だったことを思い出す。すぐにベッドに戻ってうつぶせで寝転ぶ。
「続き、よろしいですか?」
「良い笑顔ね、メイドさん! 半裸だったこと、気付いているのなら言って」
さすがに少しだけ、恥ずかしかった。
「善処します♪」
私の文句にそう言って翡翠の瞳を細めるメイドさん。いつか彼女に仕返しもしたいけれど、それよりも恩返しが先よね。結局、まだ何も買えなかったし。
再開されたマッサージの心地よさと一緒に、ため息をこぼす。と、しばらくしてポトトと遊んでいたサクラさんから私たちに声がかかった。
「メイドさんのマッサージって、そんなに気持ち良いの?」
「控えめに言って最高よ。メイドさん、サクラさんにもやってあげてくれないかしら?」
「かしこまりました♪ では、サクラ様、こちらへ」
「やったっ! どれだけ気持ちいいんだろ~?」
そうして今に至るわけだけど。……ひょっとしてサクラさんが
「では次、こちらを――」
「ちょっ、待ってまだ心の準備が……ひぃちゃん、助けて~!」
メイドさんとサクラさんの楽しそうな声を聴きながら、私はポトトの毛づくろいを手伝っていた。
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