○フリステリアの蕾

 ディフェールルに来て2週間が経った。明日から12月。元々、フォルテンシアの北に位置するササココ大陸。この頃になると、大陸南部のディフェールルでも雪が降る日がちらほらと増えて来ていた。


「こんなものかしら……」


 黄色がかった茶ベージュ色のモコモコした分厚い上着と前掛け姿の私は、研究所の庭を見渡す。伸び放題だった草を切って、抜いてを繰り返すことしばらく。ようやく、庭の地面が見えるようになっていた。


「うへへ……。頑張った甲斐がありましたね……」


 嬉しそうに微笑みながら、イチさんが私の横に並ぶ。彼は今日も、簡素な服に前掛けという、この時期外に出るにしてはかなり寒そうな格好をしていた。

 以前ほかに服は無いのか聞いてみたけれど、ケーナさんからもらったこの服を着ていたいと言っていた。私たちホムンクルスは生まれながらにして奉仕の精神が強いと言う。イチさんを造ったケーナさんへの敬愛のようなものが感じられて、心が温かくなった。

 私とイチさん。2人並んで見晴らしが良くなった庭を眺める。今日はあいにくの曇り空だけど、日当たりという意味ではこの2週間で改善されたはず。デアの光が気分にも影響を与えることを、私はリリフォンで良く学んだ。

 それに、


「これでイチさんが育てていた花にもデアの光が届くと思うわ」


 そう言って、私は屋敷の建物の近くにあった花壇を見る。屋敷から出ることが出来ないイチさんは休日、家庭菜園をしているらしく、花壇にはもうすぐ花開こうとする冬の花たちがつぼみをつけていた。


「フリステリア……真っ白な4枚の花弁はなびらがきれいなお花です」

「ふふ、咲くのが楽しみね!」


 黄色い瞳で嬉しそうに花を眺めるイチさんを見ていると、私も嬉しくなる。2人して庭の花壇を見つめていると、


「いたいた。スカーレットちゃん、イチ、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」


 私たちの後ろから白衣姿のケーナさんが声をかけてきた。やつれた顔にはっきりとしたクマ。不健康そうな印象は相変わらずね。

 仕事である以上、基本的に、私に断る理由はない。


「すぐ行くわ!」「はいぃ」


 私とイチさん、2人して足早に屋敷の中へと向かう。山から吹き降ろす冷たい風が私の黒髪を大きくなびかせる。フリステリアの蕾が静かに揺れていた。




「2人とも、こっちに来て」


 そう言って、イチさんが消えて行ったのは地下の研究所。立ち入り禁止の場所と聞いていたけれど、ケーナさんが言うのだったら大丈夫でしょう。イチさんと顔を見合わせた後、彼に続いて階段を下りていく。

 何度も折り返しながら下に続いている階段を下りていく。段々と暗くなっていく足元に気をつけながら下りていくと、突き当りには頑丈そうな金属製の扉がある。そして、先に下りたケーナさんが扉を開けて、待っていてくれた。


「入って、入って」


 そう言ったケーナさんに従って、鉄扉をくぐる。と、そこはある程度広さがある地下室になっていた。

 天井に照明はなさそう。それでも室内は薄明るく照らされている。その光源となっているのが、緑色の液体が入った透明な容器。大きさは、人族の中でも最も大きい長身ちょうしん族の男性が収まる程度……4mくらいかしら。

 その容器が左右の壁に3機ずつ、計6機寝かされていて、容器から漏れる黄緑色の光が室内を照らしている。他にも、各種計器のようなものが備わっていて、照明の無い室内を幻想的に照らし出していた。

 私とイチさんが薄暗い部屋に入ると、背後で重い音を立ながら扉が閉められたのだった。


「ようこそ、ボクの研究所へ! なんて言って、ね」


 そう言って部屋の中央で手を広げるケーナさん。彼女の背後には作業台のような金属製の机があって、その奥には資料が詰まった棚がいくつも並んでいた。


「イチさんはともかく、部外者の私が入っても良かったの?」

「問題ないよ。遅いか早いかの違いでしかないから」


 ここで仕事をしていれば、いずれは来ただろうということね。


「とりあえず、そこに座ってて。僕は保管庫に、この前バザーで買った荷物を取りに行くから。あ、触るのはダメだけど、見るくらいなら大丈夫だよ」


 作業台の近くにあった椅子を示しながら言って、早々にケーナさんは研究室を出て行ってしまった。

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