○魔法生物の造り方

 荷物を取りに行くと言って、研究室の奥へと消えて行ったケーナさん。残されたのは私とイチさん2人。イチさんは不思議そうに部屋を眺めている。興味があると言うよりは、どこか落ち着かないような視線に見えた。


「魔法生命体研究所、ね……」


 私は改めて、この施設の名前を復唱する。ホムンクルスはもちろん、リリフォンで土管の中を流れる水を浄化していた『ジェリー』もそうね。体内に魔石を有していて、体内に入れたものを魔素に変換する機能を持つ生物の総称。それが、魔法生物だったはず。

 こう考えてみると、やっぱり私は私自身ホムンクルスについてよく知らないのだと分かる。そして、知らないことを知ってしまった以上、それを放置するのは怠慢たいまんよね。


「やることも無いし、どうせなら」


 ケーナさんには自由に見て回って良いと言われているし、お言葉に甘えようかしら。そもそも生命の創造と言って良い所業を生誕神以外がどうやって行なっているのか。気にならないわけないじゃない?


「確か、特別なスキルが必要だったはずだけど……」

「スカーレットさん、どこへ?」

「ん? 少し、お勉強をね」


 丸い椅子から立ち上って、私は改めて室内を見渡す。黒い床に壁、天井。まさしく黒塗りの空間ね。部屋そのものは決して大きくないけれど、ここにはたくさん魔法生物、つまりは“私”についての情報があるはず。


「やっぱり気になるのは、あの容器……。イチさんはあそこで目覚めたの?」


 私の問いかけに頷いたイチさん。同じホムンクルスの彼と私。2ふたりを比べれば、見えてくるものもあるんじゃないか。そう思って、イチさんにもう少し話を聞いてみることにした。

 まず、目覚めたときにはある程度フォルテンシアの知識を持っていたらしい。そこは私と同じね。違いと言えば、彼が“市民”という職業ジョブを最初から持っていたこと。私の場合、最初にステータスを見たときはぼやけていた。

 それと、私は容器の中で目覚めたわけじゃない。森で寝転んでいたところをポトトにつつき起こされたはず。誰かが私を運んだ? もしくは意識が曖昧なまま、自分の足で歩いたのかも。あの時、近くに建物はあったかしら。……さすがに2か月以上前のことだし、メイドさんとの出会いが鮮烈過ぎて思い出せない。


「今度、メイドさんに聞いてみましょう。っと、今は……」


 今考えても分からないことは後回しにして、私は明るい緑色の光を放つ容器に歩み寄って中を覗いてみる。


「空っぽ……」


 液体が揺れている事だけは分かるけれど、そこには何もいない。次も、その次も。容器には発光する液体が入っているだけだった。左側の容器3つは全滅。この分じゃ、右の容器も期待薄かしら。


「それでも一応、ね」


 右側にも同じ数だけある容器を覗き見る。と、中で何かが揺れている。よく見れば、それは小さな人間の赤ちゃんだった。


「もしかしてこれが“ホムンクルスの種”かしら……?」

「正解! それは今、ボクが製造中のホムンクルスの試験体なんだ。多分失敗だけどね」


 いつの間にか研究室へと戻って来ていたらしいケーナさんが私の呟きを拾った。失敗……。だとすると、この子はどうなってしまうのか。あんまり想像したくはなかった。


「っと、それより、スカーレットちゃん、手伝って」


 手招きされるまま、雇い主であるケーナさんのもとへ。作業台に彼女が取りに行ったと思われる荷物が入った大きな袋が置かれていた。


「スカーレットちゃんはどうやって魔法生物が造られるか、知ってる?」


 袋の口を縛っている紐をほどきながら、ケーナさんが来言って来る。その問いかけに私が首を振ると、


「まずは、魔法生物の基本たる魔素変換機能を持った特別な魔石を用意する。今回は、これだね」


 そう言って、ケーナさんが白衣のポケットからあるものを取り出す。それは、私の拳より一回りほど小さな透明の水晶だった。ケリア鉱石かと思ったけれど、話の流れから察するにとっても珍しい魔石みたい。

 貴重な魔石をポケットに戻したケーナさんは、袋に入った大きな荷物を取り出しながら言う。


「この魔石を――死体コレに埋め込むところから始まるんだ」


 袋からできたのは、荷物……なんかじゃない。

 角耳かくみみ族の男の子だった。物だと思っていた私は、突然の生物の登場に驚く。さらに、男の子の黒い耳や尻尾には見覚えがあって――。


「この子、先々週の奴隷商が売っていた……」

「お、スカーレットちゃんもあそこに居たんだ。そう、ボクが競り落とした商品」


 作業台に寝転んでいるのはサクラさんとけんかしたあの日、奴隷商に売られていた男の子だった。

 そして、やせ細って生気の失せた顔。冷蔵保存されていたのでしょう。冷たくなった身体は、その男の子がもうすでに亡くなっていることを示していた。

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