○“所有物”

 魔法生命体研究所。その地下にあるケーナさんの研究室。中央に置かれた作業台の上には、角耳族の男の子の遺体が置かれていた。


「ま、まさかケーナさん。この子を殺したの?」

「そうだよ? でも仕方ないよね。ボクは“研究者”。魔法・科学・スキル・植物……何かを研究することを使命とする者だから」


 恐らく、やむにやまれぬ事情で我が子を手放しただろう両親。彼らはきっと、この子の幸せを願ったはず。なのに、その行く先がこんな形なんて。奴隷は、我が子の幸せを願う親のためにあると思っていたのだけど、もしかして……。


「そんなことより魔法生物の作り方の話。この死体に魔石を埋め込むんだ」


 私が衝撃を受ける横で、何事も無かったようにケーナさんは説明を続けている。男の子の遺体の左胸に開いた穴に、水晶のような丸い透明の魔石を埋め込む。


「さっきスカーレットちゃんが見てたやつとは違って80,000nもした素体だから、うまく行ってくれると良いんだけど……」

「……え、さっき容器に入っていたあの赤ちゃんも、元は人だったの?」

「そうだよ? たしか、短身族の子だったような。わざわざ覚えてないや」


 まるで人を物のように扱うケーナさん。彼女の言っている事、考えていることが分からない。私の全身を一気に悪寒が走り抜ける。横を見れば、イチさんも青い顔をしていた。


「も、もしかしてこれまでも、同じようなことを?」


 私が恐る恐る聞いてみると、


「もちろん! 研究することがボクの役割いきがい職業ジョブだから!」


 さも当然のようにケーナさんは語る。そんな彼女の態度に、私は思わず叫んでしまった。


「そんな! この子を含め、どれも大切な命なのに」

「ううん、スカーレットちゃん。人間以外は動物と同じだ。そうだろ?」


 人間族以外は動物だと語るケーナさんの言葉には、ササココ大陸ではありふれた人間族を至上とする考えがにじんでいた。1つ1つ、大切な命であるはずなのに。

 あまりの価値観の違いに言葉を失くす私とは対照的に、


「ほらほら、変化してきた!」


 嬉々とした顔で作業台を見つめているケーナさん。彼女の目線を追うと、寝かされていた男の子の遺体がブヨブヨと膨らんで、ゆっくりと収縮していく。そうして私のこぶし大の肉塊になったかと思うと、静かに脈動を始めた。


「……これが、ホムンクルスの種、なの?」

「そう! 本来は生誕神とか特別なスキルを持った人々にしかできない生命の創造だけど、こうすれば簡単に作り出せるって言う文献を見つけたんだ!」


 血にまみれた肉塊を手にして興奮した様子のケーナさん。これは命の冒涜じゃないの? そう思うけれど、職業衝動は襲ってこない。つまり、フォルテンシアはケーナさんを許している。これが彼女の役割なのだと認めている。だったら、私が彼女を殺す理由は、無いはず。……イチマツゴウに抱いたものと同じかそれ以上の嫌悪感はあるけれど。

 私は死滅神。自分の意思1つで人を殺すことが出来るからこそ、私情で人を殺すわけにはいかない。


「おっと、すぐに培養液に入れないとね。ここからボクの〈成長促進〉を使って、これを成長させるんだ。必要な栄養を与えて1週間もすれば、人間の10歳児ぐらいにはなるはず」


 軽い足取りで容器へと向かったケーナさんをただただ見送ることしかできない。


「そ、創造主様……」


 と、そこで、今まで黙っていたイチさんがケーナさんに話しかけた。ケーナさんは容器と周辺の器機を触りながら、イチさんに応じる。


「どうしたの、イチ? 何かわからなかった?」

「い、イチも同じようにして生まれたのですか?」


 怯えるように体を震わせ、ぎゅっと両手を握りしめて聞いたイチさん。そんな彼に、


「そうだよ? イチはボクが試行錯誤を重ねて作り上げたホムンクルスの成功体1号だ。だから、イチ」


 容器内部を見つめたまま、ケーナさんはこちらに目もくれず言った。


「本当は人間の成人ぐらいの大きさにしたかったけど、お金と人手が足りなくて妥協したんだ」


 そんなケーナさんの言動に黙っていられず、余計なお世話かもしれないけれど、私が口を挟む。


「そんな言い方ないんじゃない? さっきからまるで物みたいに――」

「物だよ。ホムンクルスは、創り手の所有物だ。人族の中に入っていないのも、ホムンクルスは物だと多くの人が考えているから」


 さっきまで興奮していたことが嘘のように冷たく、確かな口調で言い切るケーナさん。だけどすぐにいつもの疲れたような笑顔に戻って、


「おっと、2人を呼んだのはここからが大事だからなんだ。片方が上にある食べ物をここに持ってきて、もう片方がそれをすりつぶしてこの容器に入れて欲しいんだ」


 お願いという名目の命令を、私たちにしてくる。いろんなことがあり過ぎて、もう私の頭は一杯一杯。


「す、スカーレットさんがここに居てください! イチは……イチが食べ物を取ってきますっ」

「あ、待ってイチさん!」


 私の制止の声を無視して、イチさんは駆け足で研究室から出て行ってしまった。

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