○人って、こんなに怖いの?!

 脈打つ肉塊――ホムンクルスの種に与える食べ物を取りに行ったイチさん。黄緑色の光が照らす薄暗い研究室には、私とケーナさんだけが残された。

 ケーナさんは人間族。言葉だって通じる。だから、話せば分かり合えるはず。そう信じて、私は会話の継続を試みる。議題は、そうね。やっぱり魔法生物についてかしら。


「一応、聞くけれど普通はどうやってホムンクルスを作るの?」

「生誕神ならそれこそ意のままに。それ以外だと、適当な魔石に〈魔素変換〉を〈付与〉。数種類の人の皮膚を用意して〈超速再生〉を一時的に〈付与〉。これで、ホムンクルスの種と呼ばれる赤ちゃんが出来る」


 そうよね。本来は特別なスキルが必要なはず。


「出来上がったホムンクルスの種に、永続的な〈ステータス〉を与えてあげれば下地は完成。〈付与〉を持っている人はそれなりにいるけど、このステータスを与える作業を出来る人が限られている」

「ということは、生誕神がそれをできるわけね」

「そう! 他にも〈模倣〉や〈転写〉のユニークスキルがあればできるとボクは思ってるけど、どうなの、スカーレットちゃん?」


 私に聞かれても困る。首をかしげる私に、同じくケーナさんも首をかしげる。


「あれ? スカーレットちゃん、誰に所有されてるの?」

「何を言っているの? 私は誰のものでもないわ。そもそも誰が私を造ったのか、私自身が知りたいぐらいよ」


 私の返答に、不意にケーナさんが笑顔のまま固まってしまう。そして、しばらく沈黙が続いた後。嫌な間に耐えかねて私が言葉を発しようとしたときだった。


「……そうか。ふふ、そうなのか! あはは、あはははは!」


 突然笑い出したケーナさん。私、何か変なこと言ったかしら。「何かがおかしい」。そう訴えてくる心が少しずつ、私の中に恐怖を植え付けていく。

 だけど今の所、ケーナさんを怖がる理由なんてない、はず……。私はよくわからない恐怖心を無視するために、魔法生物についての情報を集めることにする。


「ほ、ホムンクルス以外の魔法生物は? どうやって作るの?」

「ああ、違うよ。ホムンクルスの失敗作が、世にはびこっている魔法生物の正体だ。ついでに、魔物との違いは後天的に魔石を体内に入れたか、先天的に持っているかの違いだね。そういう意味では――」


 笑うことを止めて、光の無い黒い瞳で私をジィッと見るケーナさん。


「完成されたホムンクルスであるスカーレットちゃんは、魔物と魔法生物の頂点にいるわけ」


 私の鼻先に人差し指を向けて、そんなことを言う。さっきから私に話しているようで、話していないように感じる。ケーナさんの目には、私は「スカーレット」では無くて魔法生物としか映っていないようだった。


「というわけで、所有者と揉めないように我慢する必要も無くなったし、ボクの研究のために解剖するね?」


 一瞬、何を言われているのかよく分からなかった。解剖……生物の身体を切り開いて行なうあれのことよね。それを私に行なう――。


「ど、どういうこと? どういうわけ……?」


 そう言って見上げたケーナさんの顔には、これまではかろうじて浮かべてあった笑顔が消えていた。ただ無機質、無感情な目が私に向けられている。


「その身体を研究すれば、イチの時みたいに何十回も失敗をしなくて済むかもしれないだろ? 経費も浮いて万々歳だ」


 一歩、また一歩と近づいてくるケーナさん。


「ま、待って。まさかその数だけ奴隷の人を使ったわけでは無い……わよね?」

「当然! それ以上の数、失敗を重ねた末にイチは作られてるんだ。まさに努力の成果だね」


 つまり。ケーナさんは軽く10人を超える人々の命を奪ってきたことになる。己の使命を果たすそのためとは言え、余りに多くの命を物のように扱う。

 事ここに至って、私と彼女の間にある“違い”は絶対に埋められないだろうことが分かる。対話なんて、最初から無意味だった。


「じゃあ改めて。良かったね、スカーレットちゃんのおかげで、さらに魔法生物の研究が進むことになりそうだ」


 そう言って、なおも近づいてくるイチさん。……おかしい。言葉だって通じるのに。サクラさんやアイリスさんと同じ、人間なのに。草原で会った魔物アートードよりも、ウルで襲ってきた赤竜せきりゅうよりもはるかに恐ろしく感じてしまう。自然と膝が震えて、全身から力が抜けていく。


「や、やめて……近づかないで!」

「物が人間に指図するな」


 鬼気迫る顔で私ににじり寄ってくるケーナさん。彼女のステータスは分からないけれど、押し倒されればきっと力負けするでしょう。でも、私にできることは〈即死〉ぐらい。つまり、殺すことだけ。

 だけど、彼女は己の役割を果たそうとしているだけで、“悪いこと”をしているわけでも無い。もしケーナさんが悪いことをしているなら、職業衝動が襲ってくるはずで――。


「きゃぁ!」


 悩んでいたせいで足元が疎かになってしまい、配線につまずいた私は尻もちをついてしまう。ケーナさんは、今やもう実験対象でしかない私の隙を逃すまいと正面から飛びかかってくる。


『殺されるから、殺した。わたくしも、レティも、何一つ間違っていません』


 職業衝動のままにドドギアを殺した翌日、メイドさんが言っていた言葉を思い出す。このままケーナさんに捕まってしまえば、恐らく私は殺される。死ぬことは怖いことではないけれど、殺されて意識が途絶えた後に私の体が好き勝手されることに、尋常じゃない嫌悪感がある。


 だったら殺される前に、殺す?


 それは本当に正しいの? 答えが出せず動けないでいる私を、とうとうケーナさんが捕まえる。いつもならメイドさんが、ポトトが、サクラさんが、そばに居てくれた。だけど、今は私1人だったということに遅まきながら気付く。たった、1人。眼前には、目の色を変えた“敵”が居る。


 怖い、怖い、怖い……、怖いっ!


 恐怖心のまま、私が〈即死〉を使う、直前。


「たぁっ!」


 私を捕まえていたケーナさんを押し倒したのはイチさんだった。近くに食べ物が転がっていることから、ちょうど帰って来たところみたいだった。


「イチ! 何をするんだ!」

「に、逃げてください、スカーレットさん!」

「どけ! 大事な研究対象が逃げるだろうが!」


 興奮した様子のケーナさんを押しとどめながら、イチさんが黄色い瞳で私を見て叫ぶように言う。彼が作ってくれた逃げ出す好機、無駄には出来ない。力が入らない足腰を懸命に動かして立ち上がる。そして――。


「ありがとう、イチさん! ……落ち着いた時にまた会いましょう!」

「待てぇ! 待てぇぇぇ!!!」


 興奮しながら叫ぶケーナさんに悪いと思いつつ、私は仕事を放棄して魔法生命体研究所を脱出した。私が人間に対して純粋な恐怖を抱いたのは、この時が初めてだった。

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