○かぞくだから、が良いわ

 1辺10mはありそうな巨大な鉄の立方体から、赤い雨が降っている。赤い雨の勢いはものすごくて、大きな音を立てながら地面を深く、深く抉って行く。あの雨が掠りでもすれば、間違いなく、周囲の肉ごと身体が持っていかれるでしょうね。

 そんな雨に打たれているのが、好青年の召喚者ショウマさんが率いるキィクさん、サハブさん、ハルハルさんの徒党パーティだった。


「なるほど、鉄の塊ね」

「わたし、てっきり飛行機とかヘリコプターとか思ってたんだけどな~……。普通にただ四角いヤツが浮いてて、銃かなんかを撃ちまくってる」


 サクラさんも唖然とした顔で、中空に漂う鉄の立方体を眺めている。


「……ってそうじゃなくて! 助けないと! サクラさん、弓を撃てる?!」


 赤い雨を防いでいるのは、多分ショウマさんのスキルね。赤竜を相手にシュクルカさんが使った〈聖壁せいへき〉にも似た黄色い半透明な膜が、赤い雨からみんなを守っている。とは言え、スキルポイントには限界があるでしょう。もし、今、あの膜が無くなったら……。考えるまでも無いわ。


「ああ、うん、そうだね! そう、だね……」


 言いながら弓を引こうとしたサクラさんだけれど、


「あ、あれ? 力入らない……」


 弓を引く手が分かりやすく震えている。……どうしたのかしら。赤竜の時も、キリゲバの時も。サクラさんはどんな相手にも臆せず、弓を引いてきた。だけど、今になってどうして? 早く攻撃しないと、ショウマさん達が危ない。


「メイドさん! どうにかできない?!」


 こういう時こそ頼りになるメイドさんを振り返ってみたけれど、メイドさんは首を振る。


「迂闊に攻撃をしてこちらに敵意を向けられれば、わたくしではお嬢様をお守りすることが出来ません」


 気づかれていない今のうちに、どこかに身を隠そう。メイドさんはそう言いたいのだと思う。だけど。例え今逃げおおせても、いつ迷宮から出られるか分からない現状。もしあの立方体に再び出くわすようなことがあれば、私たちはなすすべなくやられてしまう。だったら、合理的に考えて。


「メイドさん! ショウマさん達はあの赤い雨から身を護る術を持っているわ。彼らの助力が、今は絶対に必要なんじゃない?」

「それは……ふむ。そうかもしれません」


 メイドさんは私よりもさとい。言葉足らずな私の意思を、今のやり取りだけで察してくれる。


「とは言え、金属の塊です。ご主人様のナイフを使っても、斬れるかどうか――きゃっ」

「きゃぁっ!」「わわっ」『クルッ?!』


 メイドさんがそう言った時だ。突然地面が揺れ出したかと思うと――草木が生えた地面を割って、巨大な何かが飛び出してきた。いくつも細長い金属の箱が連なったような見た目をしたソレは、ハゥトゥさんの話にあった金属の蛇かしら。

 土の塊や瓦礫を天高く舞わせながら鈍く光を返す蛇が飛び出したその場所は、ショウマさん達が戦っていた場所でもある。地中から鎌首をもたげるようにしていた蛇は、メキメキと。硬い物を無理やり割るような音が響かせて、


「うそ……。電車に、口が出来ちゃった……」


 サクラさんが呟いたように、ギザギザとした歯を持った巨大な口が、蛇の頭の部分に出来上がった。そして、そのまま、ショウマさん達――ではなく、宙に浮いていた金属の立方体に嚙みついて、地面に叩きつける。


「きゃぁっ! いたっ!」


 またしても大きく揺れる地面に、私はたまらず尻餅をついてしまう。無理して立ち上がらずに座り込んだまま私が見つめる先で、なおも立方体と蛇の戦いは続いている。地面に立方体を押し付ける蛇に対して、立方体は蛇に向けて上向きに赤い雨を降らせる。質量を持った赤い雨は蛇の体表を抉って穴をあけるのだけど、時折、弾かれた雨が私たちの方にも跳んでくる。


「一体、何がどうなってるの……?」

「レティ!」


 瞬時に私の前に現れたメイドさんが腕を振るう。響いたのはカキッという金属同士がぶつかり合う音。どうやら、あの赤い雨の1つ1つが金属の雨粒らしかった。


「あ、ありがとう、メイドさん……って、きゃっ! ど、どうしたの、ポトト?」

『ルルッ! ルルルッ!』


 私を置いて、どんどん事態は動いてく。今度はポトトが、地面にへたり込んでいた私の首根っこを咥えてどこかに移動し始めた。向かう先には、地下に続く階段がある。なるほど、地上に居たら危ないものね。


「メイドさん! サクラさん! 今のうちに地下に逃げましょう!」

「はい!」「う、うん!」


 蛇は今、地上で立方体と戦っている。ということは、差し当たって地下はまだ安全なはずよ。ポトトに咥えられて運ばれるという威厳もへったくれも無い姿だけど、命の方が大事。


篠塚しのづか君~! 今のうちに、こっち~!」


 ショウマさんたちが居た方に、サクラさんが手を大きく振って合図をする。遠くを見る〈望遠〉のスキルを使ったのかしら。それに、良かった。ショウマさん達は無事だったみたい。


「サクラさんも、早く中に!」

「うん! おっとと」


 自分の方に跳んできた赤熱する金属の塊をサクラさんが首を傾げるだけで華麗に避けて、地下の階段まで駆けて来た。……メイドさんもそうだけれど、あの目に見えない速度で飛んでくる金属を避けられるのって普通なの? 私なんて、メイドさんが弾いてくれてようやく飛んで来ていたことが分かったくらいなのに。

 サクラさんが来てから10秒くらいして、


「た、助かった!」


 ショウマさん達も地下の入り口までやって来る。地上、高い建物に囲まれた場所では、金属の箱と蛇の戦いが今も続いている。


「天井や壁の老朽化具合を確認しながら、今は地下に退避しましょう」


 ナイフを手に、壁や天井を見渡しながら階段を下りていくメイドさんを先頭に、私たちも地下へと降りていく。その道中。同じチキュウ出身のサクラさんとショウマさんが話す声が聞こえた。


「篠塚君。ここって、一応、渋谷だよね?」

「悪い。俺、愛媛出身でさ。東京のことはあんまり知らないんだ。でも、そうだな。テレビとかで見る渋谷のハチ公前広場にそっくりだ」


 ハチコウ。確かガルルに似た銅像の名前よね。どんな動物なのかしら。サクラさんに聞いてみましょう。


「ねぇ、サクラさ――」

「愛媛! 蜜柑のとこだ!」

「それ、県外の人絶対に言ってくる」

「だってその印象めっちゃ強いもん。でもそっか、愛媛か~。行ったことないな~。そうそう、蜜柑だけどフォルテンシアだとレモンのことを言うんだよ?」

「知ってる。たまにファウラルにも流れてくるんだ」


 わいわいと、チキュウの話をしているらしいサクラさんとショウマさん。お互いに同郷の人に会えて嬉しいのでしょう。さっきまで死にそうになっていたのが嘘みたいに、話が弾んでいる。サクラさんが、私の知らないこと、理解できないことで笑っている。そう思うと、嫉妬とは違う、何か寂しさのようなものを感じる。


「……今はそっとしておいてあげようかしら」


 湧き上がって来た寂しさを抱えたまま向かう先は、集団の先頭にいるポトトとメイドさんの所だ。


「……ポトト。小さくなってくれる?」

『クル? ルルッ!』


 小さくなったポトトを抱え上げて、胸に強く抱く。だけど、少し物足りない。だから、壁や天井が崩れないかどうか慎重に確認して進んでいるメイドさんの腕に、抱き着く。


「……邪魔ですよ、お嬢様?」


 私にちらりと目を向けて、だけど気にした様子もなく点検作業に戻るメイドさん。


「良いの。今はこうさせて」

「お嬢様が良くても、わたくしは良くないのですが……」


 予想はしていた。分かってもいた。だけど、目に見えない速度で飛んでくる金属1つ避けられないなんて、やっぱり私は足手まといになっている。今もこうして、メイドさんを困らせている自覚はある。


「あなたの言う通りだったわ、メイドさん。やっぱり私に誰かを助けることなんて、出来ないみたい」

「あら、急にどうしたのです?」


 点検の作業を止めて、私と私に抱えられているポトト。そして、背後で楽しそうに話しているサクラさんを見たメイドさん。私の心の内を見透かすように、優しい笑顔を浮かべると、空いているもう片方の手で私の頭を優しくなでる。


「寂しがりですね、レティは。こうして他者の温もりを求める所は、リアとそっくりです」

「今ならリアさんの気持ちが少しだけ、分かるかもしれないわ。それに、寂しがり屋さんなのはあなたもでしょう?」


 別荘での出来事を思い出しながら言った私に、


「……はて、何のことでしょうか?」


 そう言って、メイドさんはとぼける。こうしてみると、なるほど。私も、メイドさんも、リアさんも姉妹みんな、寂しがりなのね。それは、同じ細胞を引いているから? それとも、他者に依存しがちなホムンクルスだからかしら。


 ――願うなら、同じ細胞を持っている姉妹かぞくだから、が良いわ。


 邪魔だと言いながら引き剥がそうとしないメイドさんの優しさとお日様の匂いに包まれながら、私はしばらく薄暗い地下を歩き続けた。

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