○悪い報せと、最悪な報せ

 先の見えない真っ暗な洞穴を前に、装備を整えた私とメイドさん、サクラさん、ポトトが立つ。ステータスが無くて戦えないリアさんはハゥトゥさんと鳥車に残ってもらっている。

 今の私はエルラの町で着ていた戦闘用の黒いドレス姿だ。お腹や胸などの急所を、服の中に隠された白金のプレートが守ってくれる。動きやすさと防御力を兼ね備えた、メイドさん自慢の一品だった。


「いいですか、お嬢様。絶対に、1人で先行しないでください」


 キリゲバと戦った時と同じかそれ以上の真剣さを持って、メイドさんが私に言ってくる。私の我がままに付き合わせているんだもの。言われたことはきちんと守りましょう。


「分かっているわ。万が一メイドさんやサクラさんに危ないことがあっても、ポトトと一緒に逃げる。絶対に1人で行動しない。これで良い?」

「はい、上出来です♪ はぐれた際もその場を動かず、お渡ししている胸元の翡翠石で今いる場所と状況を説明してください」


 指を立てて念押ししてくるメイドさんに、私はメイドさんの瞳と同じ色の石がはまった胸元のペンダントを握りしめる。

 メイドさんの言う翡翠石は、リリフォンでも渡されていた翡翠色の魔石のことだ。声を送る〈発信〉の翡翠石と、送られた信号を受け取る〈受信〉の翡翠石がある。通常は耳飾りとして両耳に装着するのだけど、いかんせん貴重で高価な代物。これまではずっと〈発信〉と〈着信〉が1組しかなかったのだけど、ジィエルで〈着信〉の翡翠石をメイドさんが見つけて買っていたのだった。お値段は聞いてびっくり500,000n。


「いつも思うけれど、どうやってメイドさんはお金を工面しているの?」

「今回は、キリゲバから手に入れた素材などの売買でしょうか」


 キリゲバの素材を売ったとしても、そこまで高額にはならないでしょうに。……あれ、高額と言えば。ガラス細工の名工チョチョさんから貰ったグラスをあれ以来、見かけていないわね。そして、メイドさんは明らかにチョチョさんを嫌っていたように見えた。嫌な予感がするわ。


「メイドさん。チョチョさんから貰ったグラスはどうしたの? あなたが売った『素材など』に含まれていないでしょうね?」


 さっきまでの真面目な顔から一転。きょとんとした顔を見せたメイドさんだったけれど、


「……役に立たない工芸品よりも、命の方が大切です♪」


 言葉尻軽く、とぼけるようにそんなことを言う。言っていることは正しいのでしょう。だけど、だけど……このメイド、さてはやったわね。主人の私に内緒で、やったわね!


「ヒズワレアの時にも言ったけれど、せめて一言だけでも言って?! あのグラス、結構気に入ってたんだから!」

「あら、それは申し訳ないことをしました……。善処します♪」


 私には約束させるくせに、メイドさんは一向に約束をしてくれない。何かしらこの不公平感。


「ひぃちゃんもメイドさんも。遊んでないで行くよ~!」

「あ、待ってサクラさん。……メイドさんせいで怒られたじゃないっ」

「緊張しているお嬢様の気を紛らわせただけです。出来るメイドによる気の利いた冗談ではありませんか」


 よく回る口ね。だけど。


「冗談で良かったわ。ということは、グラスはあるのね……って、どうして目を逸らすの?」

「……いえ♪」

「え、気の利いた冗談なんでしょ? ……グラス、あるのよね?!」

「それより、お嬢様。ほら、行きますよ?」


 あ、このメイド、ごまかしたわ。今日という今日は逃がさない!


「ちょっとその辺りのことについては真剣に話し合いましょう? 毎度毎度、知らない間にお気に入りを売られてしまってはたまったものじゃないもの!」

「そうですね。迷宮を出た後にでもお話をしましょうか♪」

「なんだろ、今のメイドさんの言葉で一気に不穏な空気が……」

『クルッ?! クッルルー!』


 暗闇の先に未知が待ち受ける迷宮に入るにしてはいささか緊張感が足りない。そんな騒々しさに包まれながら、私たち4人は並んで迷宮へと入って行く。……あ、そう言えば、リアさんにハゥトゥさんを襲わないように言い忘れているような。まぁ良いわ。リアさん当番、頑張って、ハゥトゥさん!




 そして、暗闇をくぐり抜けたと思ったその瞬間。私たちの目の前には、乱立する建造物群と、透き通るような青色をした空があった。建物はどれも首が痛くなるくらいの高さがある。人力じゃ作れないだろうし、どれも創造神が建てた物でしょうね。たくさんある信号機に、平らに舗装された黒い道路。色とりどりの看板。極めつけは、中空に渡された大きな道路。明らかに発展しているその都市は、だけど。

 路傍から高い建物の先端に至るまで、紐のような植物に覆われている。人1人居ない草木に覆われたその町は、朽ちてから数十年以上が経っていることが分かった。


「寂しさと言うか、もの悲しさを感じる場所ね。サクラさん。これが、チキュウなの?」


 そう。空飛ぶ鉄の塊。箱が連なった蛇。そう聞いたサクラさんは、あの時。確かに言ったのだ。


『多分、ですけど。迷宮の先って、地球かも知れないんです』


 サクラさんの故郷、チキュウ。迷宮の先がそこにつながっているかもしれない。そう聞いて、メイドさんも明らかに危なそうな迷宮に入ることを決めた。例え、迷宮の核になっている魔石を砕くまでの短い間でも、サクラさんにとって思い入れのあるチキュウに行くことが出来るのなら。そんなわけで、最大戦力をもって迷宮に入ったのだった。

 だけど、ここがチキュウなのか尋ねた私に、サクラさんは曖昧に頷くだけだ。


「う~ん、多分?」

「多分って、どういうことよ。サクラさんの知らない場所とか?」


 呆然とした様子で周囲を見渡しているサクラさん。チキュウも大きな惑星だと聞く。サクラさんの知らない場所の方が多いでしょう。そう思って聞いた私に、サクラさんは茶色い髪を揺らしてフルフルと首を振る。


「ううん。知ってる。知ってるんだけど、違う場所って言うか……あっ」


 何かを見つけたらしいサクラさんが、木々に囲まれた一角へと駆けて行く。私たちも後に続いてみると、そこには台座に乗った動物の石像が置いてあった。


「これは、ガルル……かしら? それにしては愛らしいけれど」

「やっぱり、これ、ハチ公だ。ってことは渋谷しぶやなんだろうけど……」


 ハチコウというらしい動物の名前を確認して、もう一度サクラさんはあたりを見回す。


『クルッ!』


 ポトトが鋭く鳴いたのは、その時だった。この鳴き方は警戒を促す時のもの。私もすぐに緊張状態に移行する。すると、遠く、私がこれまで聞いたことも無いような音が聞こえて来る。こう、身体の芯に響くような音と言うべきかしら。まるで質量を持ったような重い音が、ゆっくりと近づいてくる。


「ふむ……。お嬢様。悪いしらせと最悪なしらせ。どちらからお聞きになりますか?」

「メイドさん、それ、選択肢が無いのと同じよ。とりあえず、悪い報せからお願い」


 私の選択に頷いたメイドさんは、自身の背後を振り返る。


「これはある程度想定していたことなのですが、少なくともすぐに迷宮から出ることは出来そうにありません」


 言われてみれば、どこにも私たちが入って来たような穴が見当たらない。つまり、出口がない。だけど、これは私でも想定できていたことね。鉄の塊に襲われたハゥトゥさん達がすぐに逃げ出せなかったことから、目に見える出口が無いことは分かっていた。


「で、最悪の報せというのは?」

「はい。恐らく、“敵”の襲来です」


 笑顔で言ったメイドさんの声が掻き消えてしまうくらいの轟音が、もうそこに迫っている。改めてその方向を見て分かったのは、先に迷宮に入っていたショウマさん達が“敵”と戦っている姿。距離は50mくらいあって詳細は分からないけれど、苦戦していそう。

 そして、ショウマさん達が戦っている相手――メイドさんが“敵”と評したソレは、まさに。


「なるほど、金属の塊ね」


 四角い立方体をした、金属の塊だった。

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