○核の在りか

 迷宮の外で治療がてら鳥車とリアさんを守ってくれているハゥトゥさんの話によれば、金属の蛇がやって来る時には大きな地響きがあるという。実際、地上に出て来た時も地面が大きく揺れていた。


「だから、地面が揺れていない今は、絶対とは言えなくとも安全なはずだ」


 円柱がたくさん並んでいる地下の一角で、私たちは休憩と作戦会議をしていた。私とサクラさんはポトトの柔らかい羽毛を背もたれにしていて、ショウマさん達は壁に背を預けて座っている。唯一メイドさんだけは、私のそばで立ったままだった。

 先の発言はショウマさんによるもの。190㎝はありそうな体躯と耳にかからないくらいの黒髪黒目、細いあご。端正な顔立ちの美青年ね。

 私は彼の言に頷いて、方針を立てる。


「なるほどね。それじゃあ今こそ、リィリさんとユートさんを探す好機ということかしら?」

「そうだな。確かハゥトゥさんたちも地下に逃げてはぐれたと言っていた。多分この地下のどこかに居るんだろうけど」


 そこで言葉を止めて、当たりを見回すショウマさん。言いたいことは分かるわ。ここに来るまでに見てきた地下空間は、迷宮に入る前に想定していた地下の広さよりもずっと広い。どこまで続いているのか疑いたくなるほどにね。その中からユートさん達を探すのは至難の業でしょう。


「それに、スクランブル交差点に地下鉄の入り口があったところから薄々分かってたんだけど。地下は渋谷じゃないんだよね」


 土地勘があるはずのサクラさんの知識も、地下では役に立たない。白っぽいタイルが張られた床と天井に、細長い魔石灯が灯る天井。壁にはケリア鉱石がはめられた両開きの扉がある。その向こうに見える景色はどこかの事務所なのでしょうけれど、ハゥトゥさんの話を信じるなら、扉を開けたら違う場所に行ってしまう可能性がある。地上に出られれば御の字だけど、そうなると今度は他の人を迷宮に取り残すことになる可能性もあった。


「案外、迷宮の核を破壊して全員で外に出る方が早いのかも知れないな」


 迷宮には核になっている高純度の魔石がある。最低でも500n硬貨に使われる翡翠色の鉱石ヒスイノカネ。場合によっては1,000n硬貨のもとになる赤い鉱石ヒノカネ。運が良ければ、10,000n硬貨に使われるキンノカネが迷宮の核になっている。その核を壊すことで魔素が分散して、迷宮は消えてなくなる。これが、いわゆる迷宮探索の依頼の目的だった。


「迷宮が消える……。それって、中に居るわたし達は大丈夫なの?」


 サクラさんがショウマさんに尋ねる。砕けた口調から分かるように、サクラさんとショウマさんは同い年の17歳らしいわ。


「今までは大丈夫だったな。核を破壊すると霧が消える感じで、フォルテンシアのもと居た場所に戻る感じだ。今回で言うと、迷宮が消えれば多分、俺たちは洞穴ほらあなの中に居ると思う」

「なるほどね~。じゃあわたし達って今、霧の中で夢を見てる感じなのかな?」

「感覚的にはそうかもな。でも、痛みも死も、現実の物だ」


 夢みたいな場所なのに、夢じゃない。エルラの町もそうだったけれど、迷宮って本当に不思議な所だわ。


「核を破壊するにしても、どこにあるのか分かるの? リィリさん達とは違って、大きな声で呼べば返事を返してくれるわけじゃないでしょう?」


 人を探して出口につながる扉を全員で探す方が簡単なんじゃないか。そう言った私を見て微笑むショウマさん。片膝を立てて程よい緊張感を持っている姿はいくつもの冒険を繰り返してきたような貫禄がある。様になっていて、格好良い。


「いや、普通の迷宮と違って、ここの核はとても分かりやすい。ついでに、5mはあるヒノカネだった」


 そのショウマさんの口ぶりは、もう既に核の在りかを知っているみたいに聞こえる。ショウマさん達が迷宮に入った後、私たちが入るまでにそれなりの時間があった。中では数時間、ひょっとすると数日過ぎていたでしょう。その間に見つけたのかも。


「だったら話は早いわね。さっさと核を破壊してしまいましょう。それで、核はどこにあるの?」

「ボスが持ってる」


 私の問いかけに、確信を持った口調でショウマさんが言ったのだけど……『ぼす』? ぼすって何かしら。疑問が顔に出ていたのでしょう。ごめんと軽く謝ったショウマさんは、言い直してくれる。


「フォルテンシアで言うところのぬしだな。『ぬし前に休息地帯』の、あの主だ」


 主と言われてようやく私も理解する。多くの場合、迷宮の核は意思をもっているかのように、じぶんを守る『迷宮のぬし』と呼ばれる強力な動物や魔物を作り出す。その主を倒すことが迷宮最大の難関なのだけど。


「じゃあ主が魔石を持ち歩いているのね?」

「うーん、少し違うな。ヒノカネを核にしている魔物が居るって言った方が正しいか」


 何らかの理由で魔石を体内に取り込んだ生物をフォルテンシアでは魔物と呼ぶ。もちろん、体内に魔石を持つ私たちホムンクルスも正確には魔物に該当するわ。

 だけど、今回は、魔石ヒノカネ自身が魔物に取り込まれに行った形になるのかしら。つまり、魔石自身が主になって、強力な魔物を生み出したという訳ね。


「その魔石を破壊しようとして、さっきは返り討ちに遭ったわけなんだ」

「なるほどね。……待って、さっき?」


 さっき、と言うと、ショウマさん達は空飛ぶ四角い箱を相手に戦闘をしていた。


「え、まさかあの箱が主なの?」


 目に見えない無数の赤い雨を降らせてくる金属の塊を相手にするなんて、無茶じゃない。実際、ショウマさん達はかなりの苦戦を強いられていた。もしあの時、金属の蛇が襲ってこなかったら、どうなっていたか……。

 絶望する私に、ショウマさんは微笑んだまま首を振った。……良かった。あれを相手にしなくて良いのね。じゃあ一体、魔石はどんな魔物がもっているのか。改めて視線で問いかけた私に、ショウマさん――ではなく、メイドさんが教えてくれた。


「残念ながら、お嬢様。わたくしもちらりと確認しただけですが、魔石を持っているのは、蛇の方かと」

「……え?」


 ただでさえどうしようも無さそうな金属の箱を襲っていた、巨大な蛇。それこそがこの迷宮の核であり、主でもあるとメイドさんは語る。


「う、嘘よね? あんなの私たちが敵うわけないじゃない」


 確認のためにショウマさんを見た私に、彼は一度大きく頷いて改めて現実を知らせてくる。


「そこのきれいな人……メイドさん? の言う通りだ。ついでに言うと、あの蛇のレベルは100だった。スキルも盛り盛り。まさにチートだ」

「ひ、ひゃく……」


 レベル100なんて、長命なつばさ族が数百年かけてどうにかたどり着ける値じゃない。自然、ステータスだって数百を超えるでしょう。ものによっては1,000を超えるんじゃない? そんな生物に勝てるわけがなかった。

 絶望のあまり私が固まっていると、メイドさんがショウマさんから私を隠すように私の前に歩み出て、ショウマさんに少し厳しい目を向ける。どうしたのかしら。


「どうしてあなたはそのことを知っているのですか? まるで〈鑑定〉でもしたような口ぶりですが」


 メイドさんの言葉で、遅まきながら私もその疑問を思いつく。同時に、恐らくその答えにも。

 そうよね。普通、相手のステータスを覗き見ることなんてできない。だけど、ショウマさんは地球からの転移者……つまり、召喚者だ。そして、サクラさんの〈弓術〉のように、召喚者は強力な固有スキルを持っている。


「まさか、ショウマさん……」


 メイドさん越しに尋ねた私に、


「黙っていてごめん。君たちの予想通り、俺には強制的に相手のステータスを見る特別な〈鑑定〉のスキルがある」


 そう言って、ショウマさんは深々と頭を下げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る