○文化の違いが生む悲劇
夕食後、私、リアさん、ユリュさんの3人でお風呂に入ることになった。
そもそも言語が違うように、タントヘ大陸にいる人々は文化や考え方が大きく違うことがある。ヒレ族のユリュさんも例には漏れない。
「え、ユリュさん。普段は洗剤を使わないの?」
「は、はい。身体に匂いが付いてしまうと、お魚さんが逃げてしまうので……」
髪をリアさんに洗ってもらいながら、私は隣で洗髪剤と悪戦苦闘しているユリュさんに驚きの目を向ける。私たちよりも自然に近い生活を送っているヒレ族の人にとって、人工的な物はなるべく避ける風潮があるみたい。
「じゃあ普段はどうしているの? 洗剤を使わないにしては体も臭わないし、髪もきれいよね?」
「あ、えと。海藻をすりつぶして出てくるヌメヌメの液を使うんです。髪もつやつやになるから、おすすめですよ!」
他にも海藻から作った液体には保湿効果があるから、肌や鱗の保湿に使えるのだとユリュさんは教えてくれる。
「身体を洗う時は柔らかい
心を許してくれたのか、口数が増えたユリュさんは自分についてたくさん教えてくれるようになった。こうして聞いていると、彼女たちヒレ族が海ととても近い生活をしていることがよく分かる。いつもお世話になっているから珊瑚の赤ちゃんを守ったり、デアの光が届くように海藻を間引いたり。まさに海と共に生きているって感じね。
「今日は洗髪剤を使っても良かったの?」
「は、はいっ。こ、この後、死滅神様に磯臭いと言われないようにしないとなので……」
少し恥ずかしそうに言って、ユリュさんは髪を洗う手を必死で動かすユリュさん。この後、一緒に眠ることになっているから、その時のことを言っているのでしょう。
とまぁ、こうしてユリュさんはたくさん話してくれているのだけど。
「……えぇっと、ユリュさん? さっきから、どうして目を合わせてくれないの?」
「え、それは、その……。あぅ……」
そう。さっきからユリュさんは、全く目を合わせてくれない。最初は慣れないお風呂に戸惑っているだけだと思っていたのだけど、かれこれもう5分は経つ。その間、ユリュさんは顔を赤くしながら俯いてばかりだった。
「もしかして、恥ずかしい……とか?」
人によっては裸を見たり、見られたりすることに抵抗があるとサクラさんが言っていたような気がする。もともと人見知りで、恥ずかしがり屋なユリュさんももしかして。そう思って聞いてみると、濃い青色の耳ヒレをぴくっとさせた後、ゆっくりと頷いた。
聞けば、ヒレ族の人は基本的に、明るい環境で身体を洗うことが無いらしい。せいぜいナールの光でぼんやりと相手の姿が見えるだけで、こうしてはっきりと他人の裸体を見ることなどほとんどないらしかった。お風呂に一緒に入ろうといった時に少しだけ渋った理由も分かるというものね。
「そうだったのね。無理をさせてしまったのなら、ごめんなさい」
「い、いえっ!
全くふくらみが無いつつましやかな胸の前で拳を握って、やる気を空回りさせているユリュさん。彼女を見ていると、不思議と、守ってあげたくなるのは私だけかしら。生きてきた年数で言えば彼女の方が圧倒的に長いのに、どうしても年下に思えてしまう。ついでに、ユリュさんは8歳。ヒレ族は成人が10歳前後、寿命が50年程度らしいから、ユリュさんももう青年期、なのでしょうけれど。
「ふふっ、本当に無理はしないでね?」
舌を噛んでしまった痛みと恥ずかしさで涙目になる彼女は、どうしても幼く見えてしまった。
迎えた、就寝の時間。「
1人で眠るにはあまりにも大きいベッドに寝そべりながら、私はやけに緊張した面持ちでだだっ広い寝室を見渡すユリュさんを誘う。
「こっちよ、ユリュさん」
「ひゃ、ひゃいっ」
ぴょんぴょんと小さくジャンプをしながらベッドに近づいた後、そっと腰掛けるように座ったユリュさん。今の彼女は、普段私が使っている丈が長めのTシャツ1枚姿だ。私の身長が150㎝弱。対して立った状態のユリュさんは100㎝あるかないか。だから、人で言う股下10㎝くらいの場所に、Tシャツの裾がきている。ユリュさんが動くたびにちらっと見える黒い腹巻のようなものが、ヒレ族が使う下着だそうだった。
やがて、ユリュさんがゆっくりと。私の横にある枕に頭を置く。緊張でガチガチのままベッドに寝そべるその姿は、なんだか、まな板の上に乗せられた魚のようにも見えた。
「鱗用の道具も……ちゃんとあるわよね。じゃあ電気を消すわね?」
ユリュさん用にベッド横の机に用意してもらった、たらいとタオルがあることを確認して、部屋全体を照らす魔石灯を消す。枕元の弱い光を放つ間接照明に照らされた薄暗いベッドの上。ユリュさんと横に並んで眠る体勢を整える。
「今日はどうだった? 私、きちんとおもてなしできたかしら?」
私の問いかけに、ユリュさんがベッドの
そういう意味では、ある意味身内であるユリュさんが私にとって初めての来客で良かったのかも。もし粗相があっても、ある程度は目をつぶってくれそうだものね。
「初めてがユリュさんで、本当に良かったわ」
「え……。死滅神様、初めてなんですか?」
「そうよ? 実を言うと、今もすごく緊張しているの。ユリュさんに失礼が無いようにってね」
「そ、そんな!
間接照明が照らすベッドの上。寝返りを打ったユリュさんが、ようやく私と目を合わせてくれた。暖色系の明かりが、ユリュさんの美しい紺色の瞳を照らし出す。
「ふふ、そんなわけないじゃない。どうしてそう思うの?」
「だ、だって……」
そこまで言って、もにょもにょと言葉を濁すユリュさん。いずれにしても、経験豊富だと思うくらい、私のおもてなしが上手だったと、そういうことよね。たとえお世辞だったとしても、褒め言葉は素直に受け取るものだと思う。
「ありがとう、ユリュさん。至らないこともあると思うけれど、これからも私のことを支えてくれると嬉しいわ?」
「死滅神様……っ! は、はい!
顔を真っ赤にして、それでも、従者として支えてくれるといってくれるユリュさん。
「それじゃあ、一緒に眠りましょうか。えぇっと、もうちょっとこっちに来てくれる? その、手をつなげるくらいの距離感だと、嬉しいのだけど……」
「は、はいっ」
もぞもぞと動いて私の所まで来てくれたユリュさんはそのまま、私の胸に頭をすっぽりと収めてくる。この距離感の詰め方に毎回戸惑うけれど、きっとこれもユリュさんなりに頑張って仲良くなろうとしてくれている証よね。
私もユリュさんの頭を抱き返して、枕元の明かりを消す。
「おやすみなさい、ユリュさん」
「お、おやすみなさいです、死滅神様っ」
緊張で震えるユリュさんの肩をそっと抱き返すと「あっ」という声がユリュさんから漏れる。冷たい海の中でも活動できるように、平熱が低いらしいヒレ族の人々。触れ合う肌はひんやりと冷たくて、体温が高いらしい私からするととても気持ちいい。
しかも、小さいユリュさんはちょうど、私の胸の中にすっぽりと納まる大きさなのよね。私よりもさらに細い方なんて、寝ぼけて抱きしめれば壊れてしまいそう。なのに、しっかりと柔らかさはあって。
「死滅神、様」
ユリュさんも私の胸に顔をうずめながら、尾びれを股の間に入れてくる。内ももの辺りに鱗のひんやりとした感触が伝わって来て、きゅっと股で挟むとこれがまた絶妙な抱き心地。ゆっくりと体温が下がる感覚と共に、急激な眠気が襲ってくる。
徐々に夢の世界へと旅立つ、最高に気持ちのいい時間を過ごしていた時だった。
「……死滅神、様?」
私の股の間で尾びれを必死に動かしていたユリュさんが、どこか困惑したような声を漏らした。
「どうしたの、ユリュさん?」
「あ、あの。死滅神様の場合、これをどっちに入れればいいですか?」
「んぅ? これって、どれ……?」
眠気と戦いながら、どうにか薄目を開けてユリュさんを見る。すると「んっ」と甘い声を漏らしながら、布団の中でごそごそと何かをしていたユリュさんが、自身のお腹の辺りから楕円形の球体を取り出した。
「えと、これ、です……」
これ、と言われても。私には、何やら粘性の高い液体がまとわりついた直径2㎝ほどの球体にしか見えない。暗くて色もよく分からない。
「そ、その。
「あの、卵……?」
どの卵かしら。眠りへ落ちようとする頭を必死に動かして、いくつか言葉を変換すると。今ユリュさんが持っている物が、ユリュさん自身が産んだ卵だということを理解した。……そう言えば、ヒレ族が人族に入れない理由の1つに、彼女たちの繁殖方法が特別だから、というものがあった気がする。
そして、今。ユリュさんは私に卵を産みつけようとしている……?
「えぇっと。ユリュさん。急にどうしたの?」
「……えっ?」
「……。……え?」
「「……え?」」
暗い寝室で、私とユリュさんの困惑した声が重なる。そうして生まれた、沈黙。
ユリュさんの手にあった青色の卵からとろりと
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