○私、何を間違えたのかしら

 あの後「ひ、1人で寝ますっ」と言って部屋を飛び出して行ったユリュさん。私も何が何だか分からなくて、ベッドの上に置かれたユリュさんの卵を黙って見つめることしか出来なかった。そのまま、一睡もできずに迎えた翌朝。


「なるほど。で、この微妙な空気、なのですね?」

「ひぃちゃん、また、やっちゃったんだ……」


 腰に手を置いたメイドさんとサクラさんの苦笑交じりの声が、朝食前……8時ごろの邸宅内にはあった。2人はカルドス大陸での用事とやらを済ませて、ついさっき帰って来ていた。


「ねぇ、メイドさん、サクラさん。私、何を間違えたのかしら……? どうすれば、良かったの?」


 居間のソファで項垂れる私は、ひどい顔をしているでしょう。寝室を出ていくとき、ユリュさんは間違いなく泣いていた。だというのに、私は彼女の涙の理由が分からない。それだけじゃないわ。どうして彼女が卵を産みつけようとするに至ったのか、それすらも分からない。


「言いたいことはたくさんありますが、とりあえず。ご飯を食べてください。そして、しっかりと休んでください」

「で、でも! ユリュさんを泣かせておいて、そんな無神経なこと――」

「その涙の理由を考えるためにも。きちんと頭が働く状態にしましょう。ユリュの方は、どういう訳かリアが保護しているようなので」


 メイドさんが荷ほどきをしながら教えてくれたユリュさんの居場所に、私はほっと息を吐く。良かった、あのまま邸宅を出て行ったんじゃないかって、気が気じゃなかったの。ひょっとするとリアさんは、こうなることを予見していたのかしら。


「当事者でもないリアさんでも分かることを見落とすなんて。本当に私はダメ――んぎゅっ?!」


 藍色をしたユリュさんの卵を手でもてあそびながら自嘲していた私の口に、ふいに、極太のパンが放り込まれた。このままじゃ窒息してしまうからひとまず咀嚼そしゃくしつつ、私はパンで私を殺そうとしている人物、サクラさんを睨みつける。


「んぐんぐ……。ぷはぁっ! サクラさん、何をするのよ?!」

「今ひぃちゃんがすべきことは落ち込むことじゃなくて、食べること。それから、寝ること。でしょ?」

「さっきも言ったじゃない! 今はそんな気分じゃ――」

「はい、スープ。飲んで~、飲んで~」

「(ごぼごぼごぼ)」


 その後もサクラさんによって強引に、パンとスープを交互に流し込まれる。最初は必死に抵抗したけれど、途中で料理を味わわないことは失礼な気がして、しっかりと味わうことにする。優しい味わいのスープの温かさが、不眠で疲れた全身を優しく包み込んで。お腹の中で膨らむパンが脳に否応なく眠気を伝えてくる。……ダメよ、私。人を泣かせたのに暢気に眠るだなんて。


「そんなの、ダメ……。だ、め……よ」

「夜警のときすら怪しいのに、徹夜なんてするからだよ。ちゃんと寝て、ちゃんと悪かったところ考えて。そのユリュさん? って人に謝ろうね?」


 耳もとで囁かれるサクラさんの優しい声と、彼女の肩の温もりに包まれて、私の意識は抵抗むなしく遠くなっていった。




 次に私が目覚めたのは、太陽が西に大きく傾いた頃。ちょうど、午後のお茶会を開く時間だった。あんなことがあったのに6時間以上も眠っていた自分の図太さに、ベッドの上で大きくため息をこぼす。


「……? ベッド?」


 眠った時は居間のソファだったはずだから、メイドさんかサクラさん辺りが運んでくれたようだった。そして、ベッドと言えば否が応でも思い出すユリュさんの涙。とりあえずわたしが何かしらの粗相をしたのは確実。じゃあ、何をやらかしてしまったのか。


「今はそれをきちんと把握して、ユリュさんに謝らないと」


 落ち込みそうになる気分を奮い立たせて、私は寝室を出て廊下の突き当り、居間へと続く階段を下りていく。


「あ、ひぃちゃん。おそよう」


 階段を下りて居間が見えてくると、私に気付いたサクラさんが真っ先に挨拶をしてくれる。彼女の手には、何やら分厚い本が握られていた。


「おはよう、サクラさん。えぇっと……」

「ユリュちゃんだったらリアさんと一緒に水遊びに行ったよ? イーラの海を見たいんだって」

「そ、そう……」


 良かった。思わず出そうになった言葉を、飲み込む。いま顔を合わせても、本当の意味で謝ることが出来ない。そんな中途半端な状態で会うことにならなくて、私は内心で大きく安堵の息を吐くことになった。

 手すりを掴んで慎重に階段を下りていると、今度はお盆を持ったメイドさんの姿が目に入る。


「おはようございます、お嬢様。夕食も近いので、軽食を用意いたしました」


 そう言って示してくれたお盆には色とりどりの具材が詰まったサンドイッチと温かいミルキが乗っている。メイドさんに誘われるがまま居間のソファに座って果物とクリームが詰まったサンドイッチを食べること、しばらく。


「さて。それでは今回の悲劇の理由について。わたくしとサクラ様で判明した限りのことをお伝えしましょうか」


 メイドさんが元の大きさになったポトトを連れて、戻って来た。ポトトの首には何やら看板のようなものが提げられている。


「サクラさん、あれは?」

「黒板。あそこに文字を描いたり、消したりできる、勉強のオトモだね」

「おほん、静粛に。それでは……授業を始めます!」

「……サクラさん。メイドさんのあれは?」

「先生モード。ほら、教える時のメイドさんって生き生きしてるから」

「そこっ! 授業中に話さない!」


 なんだかよく分からないノリのもと、私とユリュさんの間にあった“勘違い”の解説が始まった。


「まずわたくしたちが調べたのは、ユリュの発した『貝玉かいぎょくを磨いて待っています』という言葉でした。ですがその前に、早速、まずは謝罪しなくてはなりません」

「謝罪? メイドさん、何かをしたの?」

「いえ。これについて調べるといいながら、緊急性は無いと後回しにしてしまいました。結果、先走ったユリュがやって来たことで、今回の悲劇が起きたと言っても過言ではありません」


 すみませんでした。そう言って、深々と頭を下げたメイドさん。


「あなただけのせいではないでしょう? きっと私にも問題があったはずだわ」

「その点ですが、残念ながら。今回、お嬢様にはほとんど非が無いといっても良いのです。全ては文化の違い……。いえ、主にユリュの勘違いによって起きているのです。」


 全ては従者である自分と、そして、ユリュさんの問題だったと。そう、メイドさんは話すのだった。

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