○節操無しみたいに言わないで!

「さて。では改めまして。今回の悲劇は文化の違いが生んだ様々な勘違い……。いえ、主にユリュの勘違いによって起きているのです」

「ユリュさんの、勘違い?」


 一体、ユリュさんは何を勘違いしていたのか。目で尋ねた私に、メイドさんはポトトが提げている黒板に、白い棒のようなもので文字を書き込んでいく。


「なになに……。『お嬢様ひぃちゃんに、求婚された』?」

「その通りです、サクラ様。どうやらユリュは、お嬢様に求婚されたと勘違いしていたようなのです」

「私が、求婚、ですって……っ?!」


 求婚。つまり、つがいになって欲しいと言ったということ。なるほど、それなら昨夜、ユリュさんが私に卵を産みつけようとした理由も分かる。ユリュさんからすれば、私がユリュさんとの子供を欲しがっているように見えていた、と。

 だけど、ちょっと待って欲しいわ。私、そんなこと一言も言った覚えがない。


「……ひぃちゃん、さてはまた、誰彼構わず好き好き言って回ったな~?」

「私を節操無しみたいに言わないで、サクラさん! それに、ユリュさんに対して可愛いと言った気はするけれど、好きだとは言った覚えはないわ!」

「あ、可愛いとは言ってるんだ。ふ~ん? へぇ~? ……立派なナンパ師じゃん」

「なっ?!」


 可愛い、素敵だと相手に伝えることが悪いこと、みたいに言わないで欲しいわ! 自分が言われて嬉しいことは、相手にも言ってあげる。それが、幸せの前提条件のはずでしょう?!


「サクラ様。お嬢様の長所を潰すような発言は控えてください。独占欲は、見苦しいですよ?」

「は~い。……最後の一言、余計ですけどね?」

「こほん。さて、話を戻すと、ユリュはお嬢様に求婚されたと勘違いしていたわけです。『貝玉を磨いて待っている』とは、ある種の隠語でもあるのです」


 貝玉は、もちろん貴重な物らしい。結婚する相手に送るものとして、ヒレ族の間では一般的だそうだ。一方で、貝玉は卵の隠語でもあるらしいわ。


「つまりユリュは『あなたの子種を待っています』と。そうお嬢様に言っていたのですね」

「こ、こだ……?! メイドさん、どぎつい! どぎついです!」

「その年にもなって何をかまととぶっているのですか、サクラ様」

「いや、メイドさんだって未経験者の癖に!」


 なんてメイドさんとサクラさんが言い合っているけれど、つまるところ。最初に別れる時には私がユリュさんに求婚していたことになっていたということ? 思い当たるものがあるとすれば……急にユリュさんが距離を詰めてきた辺りじゃないかしら。思えばその直前に、ユリュさんを褒めた気がする。

 そんな私の考えを、いつものように見抜いてくるメイドさん。


「んふ♪ その通りです、お嬢様。鱗と瞳を褒める。それはヒレ族にいくつかある求婚の言葉でもあるのですね」

「嘘でしょ?! そ、そんなの、日常的に使う言葉じゃない!」

「日常的に相手の鱗と瞳を褒めるかは不明ですが……。特別な意味を持つのは特定の条件下でのみです。例えば、そう。ヒレ族にとって最も大切な物に触れながら言った場合、などでしょうか」


 ヒレ族にとって大切な物なんて、分かり切っている。いいえ、むしろユリュさんが勘違いしたということは、つまり。


「相手のヒレに触れながら、特定の言葉をささやく。それこそが、ヒレ族にとって求婚の証になるようですね♪」

「……そういうことよね」


 そう、ユリュさんと初めて顔合わせをしたあの日。良かれと思ってユリュさんの瞳と鱗を褒めてしまったことが、全ての原因だということ。


「それじゃあやっぱり、私のせいじゃない……」

「阿呆ですか、お嬢様は。事前情報も無しに少数の種族の、局所的な文化知識を持っておくことなど、誰が出来るのです」


 傲慢が過ぎると、メイドさんは呆れ顔だ。


「それに通常、初対面の人物に結婚を申し出られて『はい』と受け入れる阿呆も居ません。大人になることを急いだユリュの早とちりこそが、今回の悲劇の要因と言えるでしょう」


 様々な偶然と、私の阿保さ、ユリュさんの焦りが生んだ悲劇。それこそが、今回のことの顛末てんまつだった。


「ヒレに触ってたからプロポーズになっちゃて。相手が純粋なユリュちゃんだったから成立しちゃって……。そ、そんなピンポイントな確率を引くひぃちゃん、色々ヤバすぎ……。女難の相でもあるんじゃない?」

『ル ルゥ……』


 サクラさんとポトトが若干、引いている気がするけれど、これで。


「これでようやく、ユリュさんにきちんと謝ることが出来るわ」


 私はソファから立ち上がって、ユリュさんのもとへ向買おうとする。けれど、メイドさんから待ったの声がかかった。


「お嬢様。先ほども申しましたように、お嬢様は相手を褒めただけです。勘違いをしたのはユリュの方で――」

「いいえ、メイドさん」


 私は、私を必死で擁護ようごしてくれるメイドさんの言葉を手で遮る。


「知らなかった。分からなかった。それは確かに言い訳にはなるけれど、相手を傷つけて良い理由にはならないと、私は思うの」


 特に今回は、いくつもの引っ掛かりを私が見落としたり、自分の都合のいいように解釈したりしたことがユリュさんの中にあった勘違いを決定づけたと言っても良い。今になって思えば、ユリュさんが貝玉だけじゃなくてナイフも手渡してきたことにも手がかりだったんじゃない? だって、私はルゥちゃんさんの話の時、結婚する相手に女性側がナイフを持っていくことを知っていたんだもの。こじつけかもしれないけれど、少なくともメイドさんだったら、貝玉以外の物を持ってきたことに違和感を持っていたはず。

 きっと、これまでだって私の無知が相手を傷つけたこともあったでしょう。私は鈍いから、なかなか気づいてあげられないけれど、それでも。


「少なくとも、気付くことのできた自分の過ちに対しては。きちんと向き合っていきたいわ」


 そうしたい、そんな死滅神でありたいと。メイドさんの翡翠色の瞳を見据えて我がままを言った私に、


「……かしこまりました」


 優しいメイドさんは、付き従ってくれる。


「本当は、謝罪すればするほど、お嬢様の価値が下がってしまうのですが」


 小言を言いながら、付き従ってくれる。


「先輩であるわたくしを差し置いて卵を産みつけようとした……行為をしようとした時点で、ユリュには一言、二言……三言ほど言いたいことがあるのですが」


 文句を言いながら、付き従って……。


「そもそも。あえて抱卵ほうらんの時期に、しかもわたくしが不在だと知っていてやって来た辺り。ユリュのまんざらでもないというその姿勢がまずは許容しがたく――」

「あぁ、もう、うるさいわね! 早くユリュさんの所に連れて行って!」


 この後すぐ。私は、浜辺で待っていたユリュさんに謝罪をしに行くことになった。出会い頭、ユリュさんの方から土下座しそうな勢いで頭を下げられてしまったけれど。


「あ、う……。今度はお友達から、で、どうでしょうか?」


 と真っ赤な顔で言ってくれたユリュさんの言葉に、私が飛びついたことは言うまでもない。あれだけのことをしたのに、お友達と言ってくれるユリュさんには感謝しかないわね。

 でも、念のためにメイドさんと2人になった時にそのやり取りを報告すると。


「それを無言で了承してはこの先、また、同じことが起きますよ?」

「え、そうなの?」

「はぁ……。本当に、このお嬢様は……」


 なんてやり取りがあったことを、付記しておきましょう。

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